あ~ん?
………………………。
…また、「水」の中だ。
…足は、ない。
…前は見えない。だが、目の前に「何者」かがいるのは、視えずとも解る。
…目は、見開いている気がする。
…息はしなくていい気がする。
……。
…同じ様な状態に。
…つい最近、いや、昨日陥った。
…なら、これから、視えて来るものがどんなものか、解っていた。
…目の前にいるもの。それは―――
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「クぅ~~~~!!!!!」
「…!?」
「起~~~きてぇぇぇぇぇ~!!」
思わず耳を塞ぎたくなる。つんざく声。
「………。」
うるさい。けど、どこかか弱さと可愛らしさのあるその声の主は。
「ク~ぅ!今日『デート』してくれるんでしょっ!早く起きて準備しよっ!」
無理やり、体をゆさゆさと揺らしてくる。
「……おはようございます。」
「おはよっ♪ねっ起きて準備しよ?」
すぐ横に座ってきた彼女は、顔色を窺うように、寝起きの僕の顔を覗き込んでくる。
「…コクリ。」
「うんっ!朝ごはん用意しとくねっ♪」
そう言うと、接せと小走りで部屋を出ていてしまった。
今日は、いーださんと共に「デート」という物をすることになっている。
何やら、二人っきりで出掛けて、「遊ぶ」物らしい。
体を起こして、自然と鏡の前に立つ。
昨日鏡に写った者と、まったく同じものが映し出される。
白髪の、目の色が、右が紺色、左が水色。
それ以外は特徴のない、僕。
ボーっと立っている。
隣の部屋に向かおう。
彼女の、何か手伝いができるかもしれない。
窓の外には。
相変わらず深い霧が立ち込めている。
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隣の部屋に行っても。
朝食の準備として、特に手伝えそうなことはなかった。
机に運ばれてくる「朝ごはん」が、浮遊しながら勝手に机へと運ばれてくる。
その異様な光景に、なぜかちょっとだけ感動した。
相変わらず。
並べられた料理の量は物凄かった。
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「クーぅ!!早く~こっちぃ~!!」
「…はっはい。」
朝食を終え、そそくさと着替えを済ませた。
そして今は、長く続く広い廊下の、少し先でぶんぶんと手を振る彼女の元へと駆け寄っていく途中だ。
どうやら、この建物の中でデートするわけではなく。
「街」と言う所に赴いて、そこでデートするらしい。
そして今は、この建物の中にあると言う、とある「泉」を目指してるようだ。
彼女曰く、その「泉」から、「街」に直接行けるらしい。
長い廊下を移動しながら、今日のデートについて、いくつかの注意を彼女から受けた。
まず一つ、「街」の中では絶対に「命令口調」になる言葉を使わないこと。
その「街」は「ヒト」の住む街で、かなり栄えているらしい。
今までの記憶が正しければ、僕はそこにいる人達のほとんどを、一度に従えてしまう力がある。
それを出力しないためには、命令文を口にしないこと。
それだけ注意すれば、僕は危険じゃなくなるらしい。
そして二つ、定期的に「水」を体に染み込ませること。
方法は、水を頭からかぶるだけらしい。
なぜそれが必要かは、解らない。
そして、その「僕がかぶる用の水」は、いーださんの持つバッグの中に入っている。「水」をかぶるタイミングは、いーださんが教えてくれるらしい。
そして三つ、僕が「クトゥルフ」のクーだということを誰にも言わないこと。
仮にもし、誰かにそのことを悟られそうになったら、すぐ逃げること。
どうやら僕は、このデートと言われる物をするにも、たくさんのことを考えなきゃいけないらしい。
ここまででも解らないことだらけだが、今は彼女の導くままについて行っている。
「忘れ物ない~?」
「…はい。」
いつからだったろうか、彼女の服装と容姿が変わっている。
金色の髪の毛を後ろで一つに束ねて、前髪にピンクの金具がつけられている。
「ヘアピン」というものだろうか。
服は柔らかく波打つ白いブラウスに、橙色のカーディガン。
黄色いショートパンツに、黒タイツ。
いつもと違う雰囲気に、まるべ別人であるかのような錯覚を覚える。
綺麗だなぁと、そう印象を受けた。
そんな僕は、青いパーカーに灰色のスウェット。
こんな格好でよかったのだろうかと、自分と彼女を見比べて少し後悔する。
そんな思想をしているうちに、小さな「泉」の前につく。
その地味な「泉」の表面に、なぜかとても豪勢でとても大きな建物がたくさん並んでいるような光景がうっすらと広がっていた。
「じゃあ、準備い~い?」
首をかしげながら僕にそう尋ねてきた。
特に準備しているものはない。
強いて言うなら、心の準備ができていない。
何か、問題を起こしてしまわないだろうかと、不安になる。
でも。
「…はい。」
「っじゃ!行くよ~!!それ♪」
彼女がいれば。
なんとかなりそうな気がしてきて。
彼女は、僕の腕を引っ張りながら、その「泉」の中へ引きずりこむ。
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「…………………ひひっ。」
何かを企んでいるような、何も考えていないような、かすれた笑い。
「や~っと出てきたか。」
大きな街のはずれにある、円柱状にそびえ立つ巨大な建物の一番上に座る、小さな存在。
黄色い謎の模様が刻まれた、袖のない黒いパーカーのフードを被り、黄色にも橙色にも見えるサルエルパンツを履いた足をぶらぶらとさせている。
両腕には、腕全体を覆い尽くすほどの歪な「刺青」が彫られており、その右腕には、よく見ないと解らないほど存在の薄い、半透明の「刀」が握られている。
小さな男の子に見える「それ」は一人事を呟きながら、ニヤニヤとしてる。
「さ~て、どんな風に遊んでもらおうかなぁ~~~?????」
ニヤニヤしながら虚空を見上げ、その小さな体は何処かに遊びに行くように。
すっと、建物から飛び降りる。
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「チョコアイス二つ下さいっ♪」
大きな街の中心にある、「大きな噴水」のある広場。
辺りには「ヒト」と呼ばれるそれが歩き回っている。
不思議と数はあまりいない。
そんな広場にある、「アイス屋さん」と言う物から「アイス」を買ったところだ。
「向こうで食べよっ♪クーっ♪」
「…はい。」
いつにもまして彼女は上機嫌だ。
見るたびに笑顔になる彼女は、弾むように歩いている。
アイス屋さんから少し離れた場所で。
横に長い椅子に、二人並んで座る。
「はいっ、あ~んっ♪」
「…。」
目の前に、先ほど買った「アイス」がなぜか彼女から差し出された。
もう僕の分はあるのに。
「あ~んっ!!!!」
「え…え…。」
口を開けろという意味なのだろうか。
わからないまま、とりあえず口を開けてみる。
「…はいっ♪」
そうすると満足げな顔になり、僕の口に彼女の分のアイスが押し込まれる。
おいしい。
冷たくて甘い。ちょっとだけほんのり苦い。
その「アイス」味わっていると、突然彼女が体をこちらに寄せて。
僕の口についたアイスを、舌で直接ぺろっと舐めてきた。
「んふふふ~んっ♪」
少し赤面しながら、彼女は元の位置に戻った。
そういう食べ方をするものなんだろうか。アイスは。
今の一連の流れを再現するように、僕も無言で、彼女の前にアイスを指しだす。
そんな僕を見て、顔を赤らめながら。
「…あ~んっ。」
やはりアイスを食べてきた。
彼女は頬を押えながら、こちらを見てにこにこと嬉しそうにしている。
そして僕は彼女の方にずいっと近づき、彼女の唇に付いたままのアイスに顔を近づけて―。
そしたら。
「っぐえやあぁ~~~!!」
バシンッ
彼女が突然、手に持っていたバッグを僕の顔へと叩き付けた。
彼女は赤い顔から湯気をたたせ、よくわからない奇声を上げて立ち上がり、僕から距離を取る。
どうやら何か違ったことをしてしまったらしい。
彼女は、赤く染めた顔のまま遠くから怯えるように僕を見据えている。
なぜか。
謎の敗北感が。
しばらく僕を悩ませた。




