ACT.4 Chap.4-2
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「わたしには、年の離れたきょうだいができるはずだった」
落ち着いた流惟はサイプリスの手を握りながら話し始める。泣き腫らした目は酷く重くて、開いているのさえつらいけれど、サイプリスを見据えて。
「すごくすごく楽しみで、名前とかも考えていてさ。買い物に行くたびに、男の子ならこんなおもちゃを欲しがるんだろうなあ、女の子なら可愛い服を着せたいなあ、なんてことばかり考えていて」
「……」
「でもさ、全部、無駄になっちゃった」
微笑。悲しい話のはずなのに、以前にこの話を那由多にした時も、微笑みが顔に張り付いていた気がする。それは今回も例外ではなくて、微笑。―――それは今にも泣き出しそうな張り詰めた気持ちを誤魔化すためかも、しれない。
「男か女かも分からなかった。お母さんの顔も、お父さんの顔も知らないまま……自分の存在も理解できないまま、逝っちゃった。本当、せっかち。誰に似たんだろ。うちの家族はみんな、おっとりしているのにね」
あの時の慟哭を忘れることが出来ない―――流惟は、サイプリスの碧い瞳を形取る長い睫毛をぼんやりと見ながら考えた。
あまりに残酷で、あまりに悲しすぎる仕打ち。毎晩涙が止まらなくて、気が変になりそうだった。
「その時、人間って本当に死ぬんだなあって、しみじみ思った。変な話だけど―――わたしね、身近な人の死って初めてで、心からそう理解したのも多分、初めてだった」
流惟の声の調子は変わらない。作文でも読んでいるかのように淡々としていた。それがあまりに落ち着いた口調であるためか、サイプリスが気遣うように彼女の名を呼ぶ。
「お母さんやお父さんは、あの子の代わりに死んでやることが出来たら、どんなにか良かっただろうって言っていた。でもね、わたしはそうは思わなかった。―――むしろ、」
流惟の手に力が籠もる。サイプリスは静かにその手を握り返した。真っ直ぐと、窓の外を見ている流惟の双眸が、揺らぐことはない。ただ、じっと。
「むしろ生きてあげなきゃ、って思ったの。あの子の死を背負って、精一杯生きなくちゃ、って。だって、生きることは死ぬことよりずっと辛くて、苦しくて、難しくて、―――幸せな、ことだから」
そう、流惟は微笑った。はっとするほど美しくて、純粋な笑顔。
見惚れるように瞠目したサイプリスの両手を握り直して、流惟は眉尻を下げた。
「だから、死にたいなんて言わないで。リョウさんは、あなたを苦しめるために一緒に暮らしていたんじゃないでしょう? 危険を承知であなたと生活していたのは、あなたに生きることの楽しさを教えてあげたかったんじゃないかな。わたしがここを訪れたように、リョウさんもあなたのことを助けたかったんだよ」
「私を、助けたかっ……た?」
サイプリスが唖然と呟く。流惟は大きく頷いた。
「だって、友達なんでしょ? 那由多先生が見つけたあなたとリョウさんの写真―――リョウさん、すごく幸せそうだったもん。あなたのことを迷惑だとか、疎ましく思っていたならそんな顔は出来ないよね。それに―――リョウさんは、ヴァンパイアにはなっていないじゃない」
「それは……」
「あなたに殺されたことを恨んでいたなら、リョウさんはあなたのようにヴァンパイアになった。でも、そうなっていないってことは、リョウさんはあなたに殺されたけれど、決して恨んでなんかいないってこと、でしょう?」
顔をのぞき込んだ流惟に、サイプリスは僅かに身を引いて目を伏せた。
「サイプリスさんは、とても辛かったと思います。わたしなんかが想像できないくらいに。でも、それなら尚更―――生きることを、諦めちゃだめだよ。生きたくても生きられない人や、あなたのために犠牲になった人―――そう言う人たちのためにも、生きなきゃ。生きて、楽しいことも辛いことも苦しいことも全部受け入れて―――リョウさんのこと、覚えていることがあなたの償いでしょう? 死んだ人たちのために遺された人間が出来るのは、その人たちの死を背負って、その人たちの分まで生きることだと、わたしは思います」
静かに目を閉じたサイプリスは、泣いていた。声を出さずに、静かに。
「―――ごめんなさい、偉そうなことを言って……」
流惟はおろおろと言うと、先程自分がしてもらったように、親指で彼の涙を拭った。
「あの、でも……あの時の自分を、見ているような気がして、悲しくなってきちゃって」
「そうか」
「うん。―――頑張ろう、サイプリスさん。背負った人の重さで立てなくなるのって、何だか情けないじゃないですか、」
「……ルイ」
サイプリスが微笑む。ひどくすっきりとしたような、自然な表情で。
「ありがとう」
「……どういたしまして」
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