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渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第7章:神殺しの剣、あるいは空っぽの英雄

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第70話:神の落涙と、這い寄る混沌の泥

「カ、ハッ……!!」

大聖堂に、魔王アラリックの口から吐き出された黒い血の音が響き渡った。

カイトの振るった刃こぼれした鉄剣が、魔王の分厚い胸を深々と貫き、その背中へと突き抜けている。

真紅の『局所因果・極(マイクロ・オーバーライト・ゼニス)』を纏った刃が、不滅の心臓という因果そのものを、内側から完全に破壊し尽くしていた。

「……ば、か、な」

アラリックの深淵のような瞳が、カイトを至近距離で捉えたまま、力なく見開かれていた。

数百年間、世界を絶望で支配してきた絶対の神が、ただの青年の執念の前に、完全に敗北したのだ。

「……終わりだ、アラリック。お前らの退屈な劇は、ここで幕引きだ」

カイトは、激痛に耐えながらも、鉄剣の柄をさらに深く押し込み、そして一気に引き抜いた。

ブシャァァァッ!!

黒い血が間欠泉のように噴き出し、アラリックの巨体がゆっくりと、大理石の床へと崩れ落ちる。

ドォン、という重い音が、永遠の静寂を誇っていた玉座の間に響いた。

「……ア、ラリック……?」

玉座の上で、獣人ガウルの大剣を魔力盾で防いでいた女王エアラが、その音に気づき、ゆっくりと首を向けた。

彼女の視線の先には、血だまりの中に倒れ伏す、愛する夫の姿があった。

「嘘……。嘘よ……。私のアラリックが、あんな羽虫に……」

エアラの美しい顔が、信じられないものを見るように歪んでいく。

彼女は玉座から転げ落ちるようにして立ち上がり、ガウルの牽制もルナリスたちの存在もすべて忘れ、裸足のまま大理石の床を駆け出した。

「アラリック!! 嫌ァァァッ!! 目を開けて、私を見てッ!!」

エアラは、血の海に倒れるアラリックの巨体にすがりつき、自身の美しいドレスが黒い血に染まるのも構わず、彼を抱き起こそうと必死に喚いた。

「ア……エ、アラ……」

アラリックの瞳はすでに虚ろだった。カイトの一撃は、彼の魔力の核だけでなく、魂そのものの構成を白紙に戻し始めていたのだ。

彼の体は、足元から徐々に灰のような塵へと崩れ去ろうとしていた。

「ダメ、ダメよ! 私を置いていかないで! あなたがいない世界なんて、私は……私はどうやって生きていけばいいのッ!?」

エアラは狂ったように涙を流し、アラリックの崩れゆく頬に何度も、何度もキスを落とした。

かつて人間たちを家畜に変え、勇者たちを絶望の彫像に変えて嘲笑っていた冷酷な女王は、今やただ一人の男を失う恐怖に泣き叫ぶ、哀れな少女に過ぎなかった。

「……泣か、ないで……くれ。私の……美しい、女王」

アラリックが、震える血まみれの手を伸ばし、エアラの頬の涙を拭った。

「私が……消えても。貴女の、完璧な……世界は、終わらせない……」

「アラリック……?」

「私の……残った、すべてを……貴女に、捧げ……よう」

アラリックの体が、突如として眩い、そして禍々しい漆黒の光を放ち始めた。

それは、死にゆく魔王が、自身の残された全魔力と、肉体の構成要素、そして魂のすべてを、愛するエアラへと強制的に譲渡(同化)するための禁忌の術式だった。

「だ、ダメよ! そんなことしたら、あなたは完全に……ッ!!」

「貴女を……愛して、いる」

その穏やかな微笑みを最後に、アラリックの肉体は完全に崩壊し、莫大な漆黒の濁流となって、エアラの体の中へと一気に流れ込んだ。

「ア……、アァァァァァァァァァァッ!!!!」

エアラの口から、大聖堂のステンドグラスをすべて粉々に砕くほどの、世界を切り裂くような絶叫が上がった。

彼女の白く美しい肉体が、アラリックの膨大な漆黒の魔力と混ざり合い、グチャグチャと悍ましい音を立てて変異を始める。

「カイト様! 下がってください!!」

後方からガウルが叫び、ルナリスが『黎明の神弓』を構え直す。

カイトは警戒しながら数歩後ろへと飛び退いた。

「あ、アァ……。アラリック、アラリックゥゥ……ッ!!」

エアラの悲痛な声は、やがて複数の魔物の声が混ざったような、不気味な重低音へと変わっていった。

彼女の背中からは無数の漆黒の触手が生え出し、ドレスを突き破って、周囲の黄金の柱や大理石の床、さらには壁際に飾られていた『勇者たちの水晶』までもを、ドロドロの泥のように溶かして取り込み始めたのだ。

「な、なんだあれ……! 周りの空間ごと、自分と同化してやがる……ッ!」

カイトが息を呑む。

「許さない……。私のアラリックを奪った、下等な羽虫ども……!! 溶けてしまえ、腐ってしまえ! この世界のすべては、私とアラリックの永遠の寝室になるのよォォォッ!!」

光と闇、生命の枯渇と死の概念が完全に融合した、文字通りの『混沌の泥』。

それはもはや人型すら保っていなかった。大聖堂の半分を埋め尽くすほどの巨大な肉と泥の津波が、数百の目玉と無数の口を浮かび上がらせながら、カイトたちへ向かって雪崩れ込んできた。

「みんな、俺の後ろから離れるなッ!!」

カイトは、刃こぼれした鉄剣を両手で強く握りしめた。

真紅の『局所因果・極』を全身で最大出力まで引き上げ、迫り来る混沌の津波へと真っ向から立ち塞がる。

「行くぞ、魔王と魔女の成れの果て!……お前らの独りよがりな夢ごと、俺がここで終わらせるッ!!」

すべてを飲み込む神の泥と、世界を上書きする真紅の剣鬼。

この絶望の世界の運命を決める、真の最終決戦のクライマックスが、ついに始まった。

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<beens 過去作>

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