第68話:神速の魔剣と、泥に咲く猛毒の華
ステラが遺した光の盾が砕け散り、崩壊した大聖堂の瓦礫の中、カイトは再び刃こぼれした鉄剣を構えた。
アラリックがゆっくりと階段を下りてくる。その手には、周囲の虚無を圧縮して創り出された、禍々しい『漆黒の長剣』が握られていた。
「貴様のそのナマクラ剣が、私の絶対の領域に届くか……試してやろう」
アラリックの姿が、フッと掻き消えた。
(速い……ッ!!)
カイトが反応する間もなく、背後から漆黒の魔剣が振り下ろされる。
バルダス流の歩法『無音縮地』で辛うじて身を沈め、初撃を躱す。だが、その剣圧だけで周囲の大理石が数百メートルにわたって爆散した。
カイトは体勢を崩しながらも、真紅の『局所改竄』を刃に乗せ、アラリックの強烈な追撃を弾き返す。
ガギィィィィィンッ!!
神と人間の、次元を超えた剣戟が始まった。
アラリックの放つ一撃は、どれもが大山を真っ二つに両断するほどの異常な質量と速度を誇っている。カイトはそれを正面から受け止めることはせず、刃が触れるコンマ数ミリの瞬間にのみ『敵の威力の因果を白紙化』することで、辛うじてその絶望的な重撃を逸らし続けていた。
「どうした、防戦一方ではないか。貴様の怒りはその程度か?」
アラリックは、まるでワルツでも踊るかのような涼しい顔で、容赦のない凶刃を振るい続ける。
「……ッ、ハァ、ハァ……!」
カイトは息を乱し、全身の筋肉から悲鳴を上げながらも、アラリックの剣の軌道を見切り、紙一重のカウンターを放つ。
真紅の光を纏った鉄剣が、アラリックの漆黒の剣と空中で激しく交差し、火花ならぬ『空間の歪み』を撒き散らした。
「や、やめて……ッ! アラリックを、私のアラリックをいじめないでェェッ!!」
玉座の上から、悲痛で、しかしひどく耳障りな絶叫が響き渡った。
女王エアラだ。
彼女は、アラリックが下等な人間と「打ち合っている(ように見える)」という事実そのものが許せなかった。絶対者が、羽虫ごときに手間取っている。その光景が、彼女の完璧な世界を汚していると感じたのだ。
「エアラ、心配には及ばない。これはただの――」
アラリックが振り返りかけた、その時。
「許さない……ズルイ、ズルイわ! 私たちの楽園を壊す悪魔ッ!!」
エアラが両手を振りかざすと、大聖堂の空間全体が、おぞましい赤紫色の『毒の霧』で満たされた。
「……ガハッ!?」
カイトは呼吸をした瞬間、肺が焼け焦げるような激痛に襲われ、その場に膝をついた。
かつて人々を癒やした「聖女の奇跡」が完全に反転した、世界で最も甘く、最も残酷な『生命の枯渇』。
毒霧はカイトの体力を奪い、筋肉を麻痺させ、皮膚から血を滲ませる。因果改竄の魔力すらも、この猛毒は強制的に腐敗させていく。
「カイト様……ッ!」
後方で倒れていたルナリスが、毒に侵されながらも悲鳴を上げる。
ガウルも、フィオナも、バルドも、自らの血を吐きながら、カイトの背中に向かって必死に手を伸ばしていた。
「あははははっ! 苦しい? 痛い? そのままドロドロに溶けて、私たちの愛の糧になりなさいッ!」
エアラが玉座の上で、狂ったように笑い転げる。
アラリックは、漆黒の剣を下ろし、毒に苦しみ蹲るカイトを冷たく見下ろした。
「……無粋な真似を。だが、女王が望むなら、これで終わりだ」
アラリックが、カイトの首を無慈悲に刎ねるべく、漆黒の魔剣を高く振り上げた。
(……動け。動けよ、俺の体……ッ!)
カイトは、薄れゆく意識の中で、必死に鉄剣の柄を握りしめた。
だが、エアラの猛毒はカイトの神経を完全に遮断し、立ち上がることすら許さない。
「立て……ッ! カイトォォォッ!!」
不意に。
カイトの背後から、血を吐きながらも無理やり体を起こしたガウルの咆哮が響いた。
「カイト様! あなたは、私たちの希望です……ッ!!」
「お願い、立って……カイト様ァッ!」
ルナリスが、フィオナが、声を枯らして叫ぶ。
彼らもまた猛毒に侵され、死の淵に立たされているというのに、その瞳は決して絶望に染まることなく、カイトの背中だけを強く、強く信じていた。
その泥臭く、真っ直ぐな声が。
カイトの空っぽの魂に、再び強烈な『熱』を注ぎ込んだ。
(……ああ。そうだ。俺は……こいつらを泣かせる理不尽を、全部ぶっ飛ばすために……ッ!)
「……あ、あぁ……ッ!!」
カイトの瞳に、限界を超えた『反逆の炎』が宿る。
自分を蝕む猛毒の因果。それを上回る圧倒的な意志の力で、カイトは右手の鉄剣に、自身の残された生命力と魂のすべてを叩き込んだ。
「――【局所因果・極】ッ!!」
バチィィィィンッ!!!
真紅の光が、鉄剣の刃だけでなく、カイトの全身を爆発的に包み込んだ。
それは、彼を縛り付けていたエアラの毒の因果すらも、自らの体表面で『常に白紙化し続ける』という、限界を突破した真紅の極致だった。
「……何?」
アラリックが、振り下ろした魔剣の軌道を僅かに止める。
「……寝言は、玉座のベッドでほざきやがれッ!!」
猛毒の霧を真紅のオーラで焼き払いながら、カイトが床を蹴り、弾丸のような速度でアラリックの懐へと飛び込んだ。
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<beens 過去作>
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