↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第7章:神殺しの剣、あるいは空っぽの英雄

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/75

第66話:神の遊戯と、地に這う者たちの牙

「……吠えるな、羽虫が」

魔王アラリックの深淵のような瞳に、微かな、しかし絶対的な『不快感』が宿った。

何百年間も彼らの甘美な世界を脅かす者などいなかった。自分たちに牙を剥くことなど、許されるはずがない。

アラリックが、玉座からゆっくりと立ち上がった。

その瞬間。大聖堂の空間そのものが、ひび割れたガラスのように悲鳴を上げた。

「死ね」

アラリックが、無造作に右手を横に薙ぐ。

魔法の詠唱などない。ただの腕の振りに、空間そのものを『断絶』させる漆黒の刃が伴っていた。

それは、魔法というよりも、世界を切り取る「物理法則の削除」に近かった。

「……ッ!」

カイトの視界が、真っ二つにズレる。

(速い……! しかも、この黒い刃……因果の起点がどこにもねえ!)

ステラという精密な照準器を失ったカイトにとって、理不尽に放たれる神の魔法は、まさに暗闇の中で無数の凶刃を躱すようなものだった。

だが、今のカイトには、バルドとの血を吐くような修行で身につけた『剣鬼の目』がある。

「――シッ!」

カイトの体がブレた。

バルダス流暗殺歩法『無音縮地』。

漆黒の断層が自身の首を刈り取るコンマ一秒前、カイトは腰を極限まで落とし、床を滑るようにしてその刃を潜り抜けた。

「ほう。ネズミのように逃げ回るか」

アラリックの瞳が冷たく細められる。

彼が指先を鳴らすと、今度は玉座の間の床、壁、天井から、無数の漆黒の棘(とげ)が爆発的に生え出し、カイトを全方位から串刺しにしようと殺到した。

「逃げるだけじゃ、神様は倒せねえからなッ!」

カイトは、刃こぼれした鉄剣を風車のように振るった。

刃先に宿る、真紅の『局所改竄(マイクロ・オーバーライト)』。

カイトの体に触れようとする漆黒の棘が、剣閃に触れたその一点でのみ、パチン、パチンと音を立てて『存在の因果』を白紙化され、霧散していく。

「ガ、アァァァァッ!!」

カイトは、全身の筋肉を軋ませながら、棘の嵐の中を一直線に駆け抜ける。

脳裏から、さらにいくつかの「地球の風景」が剥がれ落ちていく感覚があった。大規模な因果改竄はしないと決めても、これほどの神の魔法を連続で斬り払い続ければ、代償は確実にカイトの魂を削っていく。

(……それでも、止まらねえ!)

「そこだァァッ!!」

ついに、カイトは漆黒の嵐を抜け、玉座に立つアラリックの懐へと飛び込んだ。

振りかぶった鉄剣に、残されたすべての因果を乗せる。

狙うのは、アラリックの心臓。

かつてジークフリートの『魂喰いの聖剣』すら指一本で粉砕した魔王の防御ごと、この一撃で白紙化して叩き斬る。

「……愚かな。届いたところで、貴様のナマクラ剣など」

アラリックが冷笑を浮かべ、再びその指先でカイトの剣を受け止めようとした、その刹那だった。

「……んっ。アラリック、ダメよ」

玉座の上で微睡んでいた女王エアラが、ふっと甘い吐息を漏らし、美しい瞳を開いた。

「私の前で、そんな汚い血を流さないでちょうだい」

エアラが、カイトに向けて白く透き通るような指を『一本』向けた。

その瞬間。

「……ッ!?」

カイトの体が、空中で完全に硬直した。

物理的な鎖ではない。エアラの指先から放たれた『極彩色の毒』のような呪詛が、カイトの足元から一瞬にして全身へと這い上がり、彼の生命力そのものを強制的に凍結させたのだ。

(動け、ねえ……。俺の魔力が、急激に……!)

カイトの鉄剣に宿っていた真紅の光が、チカチカと明滅し、急速に失われていく。

かつて、すべての人間を狂わせ、家畜へと作り変えた元・聖女の反転した加護。

それは、魔法の因果すらも腐敗させる、この世界で最も甘く、最も恐ろしい『生命の枯渇』だった。

「あら、ごめんなさいね。私の『愛』に触れると、少しだけ息がしづらくなるの」

エアラは玉座に座ったまま、クスクスと残酷な笑い声を上げた。

「アラリック、この子も早くあのオブジェ(水晶)の中に飾ってあげて。……生意気な目をしてるから、一番目立つ場所にね」

「御意のままに、私の女王」

アラリックが、動けなくなったカイトの首を掴もうと、ゆっくりと手を伸ばした。

(クソッ……! ここまで、来て……!)

カイトが奥歯を噛み砕くほどの力で呪いに抗おうとするが、指先一つ動かすことができない。

圧倒的な、神と神の遊戯。

カイト一人では、二柱の絶望を同時に相手取ることなど不可能だったのだ。

だが。

カイトは、決して『一人』ではなかった。

「……誰が、やらせるかよ……ッ!!」

大理石の床。

アラリックの『神の威圧』によって、数万トンの重圧に潰され、地に這いつくばっていたはずの獣人が、両目から血の涙を流しながら、無理やり立ち上がっていた。

「な……に?」

アラリックの視線が、わずかに動いた。

「ガ、アァァァァァァッ!! 俺たちの、希望に、触るんじゃねェェッ!!」

獣人ガウルだった。

彼は、自身の骨が全身で折れる音を響かせながら、かつて【激痛の加護】で培った精神力と、カイトに与えられた『痛みなき真の力』を極限まで暴走させ、神の重圧を強引に跳ね除けていた。

「ガウル……ッ!」

カイトが目を見開く。

「カイト様は……私が、守るッ!!」

ガウルの反対側。

ルナリスが、血反吐を吐きながらも膝をつき、イゴールから託された『黎明の神弓』を天に向けて引き絞っていた。

「極大魔術――『天上の業火(プロミネンス・バースト)』ォォォッ!!」

そして後方からは、フィオナが気力を振り絞り、純白の杖から太陽のような炎の奔流を放つ。バルドもまた、老体に鞭打ち、投擲用の短剣をアラリックの死角へと連続で放っていた。

彼らは、数百年間、魔王の前でただ絶望し、這いつくばるだけの存在だった。

だが、カイトという光に出会い、自らの足で立ち上がることを知った彼らは、もはや神の威圧ごときで心を折られるような『家畜』ではなかった。

「……チッ。忌々しい羽虫どもが」

アラリックが、カイトへ伸ばしていた手を止め、苛立たしげに舌打ちをした。

放たれた浄化の矢、極大の炎、そしてガウルの渾身の大剣の投擲が、玉座のアラリックとエアラへと殺到する。

「カイト! 今だァァッ!!」

ガウルの咆哮が、大聖堂に響き渡った。

仲間たちが作り出してくれた、ほんの一瞬の『神の死角』。

エアラの注意が仲間たちの攻撃に向き、カイトを縛っていた呪詛がほんの僅かに緩んだ、その刹那。

(……ありがとな、お前ら!!)

カイトは、薄れゆく記憶の空洞を、仲間たちからもらった『熱』で埋め尽くし、再び真紅の黄金を爆発させた。

呪詛を強引に引きちぎり、アラリックの懐へと、最後の踏み込みを放つ。

「死ねェッ! 魔王ォォォッ!!」

空っぽの英雄の刃が、ついに神の領域へとその牙を突き立てようとしていた。

更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!

「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!


<beens 過去作>

https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/3017364/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。