第59話:空を割る白銀と、交差する反逆の牙
灰の森の北端に位置する廃城砦。
そこは昨日、カイトとバルド率いる『灰の牙』が魔王軍から奪還したばかりの新たな前線基地だった。
「……空気が重いな」
城壁の上で見張りに立っていたカイトは、空を覆う淀んだ真紅の雲を見上げ、ポツリと呟いた。
嫌な予感がする。かつて帝都で、宰相レオンが三体分の七天王の力を取り込み、あのデタラメな合体魔法を放ってきた時と似た『理不尽な魔力』の気配が、風に乗って微かに鼻を突いたのだ。
「カイト! 前方から何か来るぞ!」
眼下の中庭から、バルドの鋭い声が飛んだ。
次の瞬間。
ドゴォォォォンッ!!
城砦の分厚い城門が、内側から爆破されたかのように粉々に吹き飛び、巨大な砂煙が舞い上がった。
「なんだ……ッ!?」
カイトが城壁から飛び降り、刃こぼれした鉄剣を構える。
濛々たる砂煙の中から、ズズン、ズズンと重苦しい足音を響かせて現れたのは、身の丈3メートルを超える三体の巨影だった。
全身をドス黒い瘴気を放つ重装甲で覆い、兜の奥には怨念の炎だけが灯っている。その手には、身の丈ほどもある巨大な戦斧や大剣が握られていた。
「死霊騎士……。魔王直属の処刑部隊か!」
バルドが顔色を変え、長剣を抜く。
「ギ、ギギギ……。反逆ノ、ネズミドモ……。塵ニ、還レ」
中央の死霊騎士が一歩踏み出し、巨大な戦斧を天高く掲げた。
その瞬間、カイトの全身に凄まじい『重圧』がのしかかった。
「……ッ!? 重力魔法……!」
ミシミシと足元の石畳がひび割れ、後方にいたレジスタンスの人間たちが次々と地面に這いつくばる。ただの重力ではない。帝都でレオンが放ったあの『極大重力』の劣化版――いや、それでも常人を圧殺するには十分すぎる威力だった。
「おのれ……ッ、立て! 陣形を組め!」
バルドが重圧に耐えながら叫ぶが、動ける者は誰もいない。
「ギハハハッ!! 潰レロォォッ!!」
左右の死霊騎士が、重力で身動きの取れないレジスタンスたち目掛けて、すべてを凍らせる『絶対零度の氷塊』と『腐敗の業火』を同時に放った。
(近づけさえすれば、俺の剣で……!)
カイトはギリッと奥歯を噛み締めた。
『局所改竄』は、斬る瞬間にだけ敵の防御や術式を消し去る究極の刃だ。だが、それはあくまで「剣の届く間合い」でのみ機能する。
これほど広範囲の魔法を遠距離から同時に撃ち込まれれば、近づく前に灰にされるか、仲間たちが巻き添えになってしまう。
「……やらせるかよッ!」
カイトは自身の足を縛る重力を気力で跳ね除け、前へ飛び出した。
仲間を守るため、また『過去の記憶』を代償にして広範囲の因果改竄を使うしかないのか。カイトの鉄剣の刀身が、真紅の光を帯びて激しく明滅し始める。
(俺の記憶が消えても、こいつらは……ッ)
カイトが振りかぶろうとした、その刹那。
ピシャァァァァァァァンッ!!!
天空から、一本の『白銀の光』が雷のように真っ直ぐに降り注いだ。
それはカイトと死霊騎士たちの間の地面に深々と突き刺さり、目も眩むような純白の浄化の波動を爆発させた。
「――ッ!?」
飛来していた絶対零度の氷塊も、腐敗の業火も、カイトたちを縛り付けていた極大重力すらも、その神聖な光の波紋に触れた瞬間、パチンと弾けて霧散した。
「なんだ……!? 今の光は……」
バルドが目を丸くして空を見上げる。
カイトは、地面に突き刺さった光の正体を見て、思わず息を呑んだ。
それは、純白の羽で飾られた美しい『矢』だった。
「……嘘だろ」
カイトが視線を上げた先。
廃城砦から遥か南の丘陵地帯。沈みゆく夕日を背にして、無数の土煙が舞い上がっていた。
地平線を埋め尽くすほどの、夥しい数の軍勢。
人間、エルフ、ドワーフ、獣人。かつて魔王軍に虐げられ、うつむいていた者たちが、誇り高く武器を掲げて一斉に進軍してくる姿があった。
そして、その三千の軍勢の先頭を駆ける巨大な白狼の背には、一人の少女の姿があった。
美しくなびく銀髪。その手には、かつての英雄の魂が宿る『黎明の神弓』がしっかりと握られている。
「カイト様ァァァァァァッ!!!」
風に乗って、世界で一番聞き馴染んだ、涙声の絶叫が響き渡った。
「ルナリス……」
カイトの口から、呆然とした声が漏れる。
「ガハハハッ! 遅くなってすまねえな、俺たちの勇者殿ォッ!!」
白狼の隣を、大剣を担いだ獣人ガウルが地響きを立てて並走してくる。
「フィオナもいます! もう、絶対に一人にはさせませんからッ!」
その背後から、美しい白のローブを纏ったフィオナが、極大の魔力を杖の先に収束させながら微笑んでいた。
「ギ、ギギ……? キサマら、何者ダ……」
死霊騎士たちが、突如として現れた大軍に戸惑いの声を上げる。
「ただの迷子探しだ。そこをどけ、ガラクタどもッ!」
ガウルが凄まじい跳躍力で空高く舞い上がり、そのまま死霊騎士の一体目掛けて大剣を振り下ろした。
ガギィィィンッ! と、死霊騎士の戦斧とガウルの大剣が激突し、火花が散る。
「極大魔術――『天上の業火』!!」
フィオナの放った純白の炎が、もう一体の死霊騎士の氷塊魔法を完全に飲み込み、その装甲をドロドロに溶かし始める。
「な……っ」
カイトの後方で這いつくばっていたレジスタンスたちが、突如現れた圧倒的な援軍に言葉を失っていた。
「……すごい」
バルドが隻眼を見開き、カイトの背中を見た。
「あの大軍を率いている嬢ちゃんたち……お前さんの仲間か?」
カイトは、地面に突き刺さった白銀の矢を引き抜きながら、ゆっくりと立ち上がった。
自身を犠牲にして逃がしたはずの仲間たちが、誰一人欠けることなく、さらに数千の希望を連れて自分の元へ帰ってきてくれた。
胸の奥で、失われたはずの記憶の空洞を埋め尽くすほどの、熱い感情が込み上げてくる。
「……ああ。世界で一番、やかましくて頼りになる俺の仲間だ」
カイトは、刃こぼれした鉄剣を肩に担ぎ、ニッと不敵に笑い返した。
「待たせたな、ルナリス、ガウル、フィオナ! 準備運動はバッチリだ。……あいつら、まとめてミンチにするぞッ!!」
「はいッ!!」
カイトの号令と共に、三千の反乱軍の雄叫びが荒野を震わせた。
無敵の神様ではなく、地に足をつけた『人間たちの将』として。
カイトと仲間たちの、魔王軍に対する真の反撃が、今ここに火蓋を切った。
更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!
<beens 過去作>
https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/3017364/




