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渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第6章:反逆の狼煙、あるいは灰に潜む刃

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第58話:流転する希望の噂と、集いゆく反逆の牙

「――聞いたか? 南の辺境で、魔王軍の補給部隊がまた一つ全滅したらしいぞ」

「ああ。隻眼の老騎士が率いるレジスタンスの仕業だろ? だが、恐ろしいのはその後ろにいる『黒髪の剣鬼』だ」

帝都から遠く離れた、荒野の隠し砦。

魔王軍の圧政から逃れてきた人間や亜人たちが身を寄せるその場所で、熱を帯びた噂がさざ波のように広がっていた。

「魔法も使わず、ただの刃こぼれした鉄剣一本で、上位悪魔の首を刎ねたっていうぜ」

「バカな、おとぎ話だろ。上位悪魔の皮膚は鋼より硬いんだぞ?」

「いや、本当だ! 刃が触れた瞬間、まばゆい真紅の光がチカッと瞬き、次の瞬間には魔物が真っ二つに割れていたって……」

その噂を焚き火のそばで聞いていた獣人の戦士ガウルは、持っていた木のジョッキをバキッと握り潰した。

「……おい、ルナリス! フィオナ!」

ガウルがテントへ飛び込むと、そこには地図を広げて各地のレジスタンスの配置を確認しているルナリスと、負傷兵用の薬草を調合しているフィオナの姿があった。

「騒々しいですよ、ガウル。またつまみ食いでもしたんですか?」

ルナリスが呆れたように顔を上げる。

「違う! 南の『灰の森』付近で、魔王軍の拠点が次々と潰されてるらしい! しかも、その主力が……真紅の光を纏った剣を振るう、黒髪の男だって噂だ!」

ピタリ、と。

ルナリスの手から羽ペンが落ち、フィオナがすり鉢を落としそうになって慌てて抱え込んだ。

「……真紅の光。黒髪」

ルナリスは、腰に帯びた白銀の聖剣の柄(カイトから託されたもの)を強く握りしめた。彼女の金色の瞳に、ブワッと熱い涙が滲む。

「……ほら、言ったでしょう。あの方は、絶対に私たちを置いて死んだりしないって」

「カイト様……! ああ、……っ!」

フィオナがその場に泣き崩れ、ガウルも「ガハハハッ!」と目元を乱暴に拭いながら大笑いした。

「全軍に布告しなさい」

ルナリスは涙を拭い、凛とした声でテントの外に立つ護衛たちに命じた。

この数ヶ月、彼女たちが各地を回って集めた反乱軍の数は、すでに三千を超えている。

「これより我々は南下し、『灰の森』の解放軍と合流します。……私たちの英雄を、迎えに行くために」


――同時刻。南の辺境、魔王軍・第4捕虜収容所。

「ヒィィィッ!! バ、バケモノォォッ!」

悲鳴を上げながら逃げ惑う魔王軍のオーク兵の背中に、無慈悲な凶刃が一閃された。

――スパンッ。

一切の抵抗を許さない、静かで完璧な両断。

血しぶきが舞う中、刃こぼれした鉄剣をだらりと下げたカイトが、ゆっくりと収容所の奥へと歩みを進める。

「……これで、外の警備は粗方片付いたか」

カイトは小さく息を吐いた。

かつての彼なら、空から極大の魔法を落として収容所ごと吹き飛ばしていたかもしれない。だが今は違う。

『局所改竄(マイクロ・オーバーライト)』――斬る瞬間にだけ敵の防御因果を消し去るこの技のおかげで、記憶(燃料)の消費はゼロに近い。

「おい坊主、こっちの檻も開けてくれ! 鍵が魔法で封印されてやがる!」

後方から、弓を構えた隻眼の騎士バルドが声をかけた。彼に率いられたレジスタンス『灰の牙』の面々が、次々と収容所の人間たちを解放している。

「了解」

カイトは魔法で厳重にロックされた鉄格子に近づき、鉄剣の刃先を鍵穴に押し当てた。

チカッ、と真紅の光が灯り、『鍵が閉まっているという因果』だけをピンポイントで消去する。

ガシャン、と音を立てて鉄格子が開いた。

「た、助かった……」

「あんたら、一体……?」

檻の中から出てきた痩せこけた人間たちが、怯えと感謝の混じった目でカイトたちを見る。

「俺たちは『灰の牙』。魔王軍に喧嘩を売ってる物好きの集まりだ」

カイトは剣を肩に担ぎ、ニッと笑いかけた。

「腹が減ってるなら、表の馬車にオークどもから奪った食料がある。食ったら、俺たちと一緒に来るか?」

その気負いのない、しかし絶対的な安心感を与える笑顔に、捕虜たちは次々と涙を流して頷いた。

「……ずいぶんと板についてきたじゃないか、救世主殿」

バルドが皮肉めいた笑みを浮かべてカイトの肩を叩く。

「よしてくれよ。俺はただ、教わった通りに剣を振ってるだけだ」

カイトは苦笑しながら、見上げた夜空の月を見つめた。

(ルナリス、ガウル、フィオナ。……俺はなんとかやってるぞ。お前らも、無事でいてくれよ)

記憶を失い、チートという絶対の盾を失ったカイト。

だが、剣鬼として鍛え上げられた今の彼の背中には、かつての「触れられない神様」のような孤立感はなく、共に泥をすする仲間たちを惹きつける『本物の英雄』としての熱が宿っていた。

――だが、その希望の炎を、魔王軍がいつまでも放置するはずもなかった。

帝都グランディール、大聖堂の地下。

魔王に見捨てられ、狂乱の果てに七天王の力を取り込んでカイトを一度は退けた宰相レオン。

彼は今、巨大な培養液のシリンダーの前で、六本の腕を忌まわしく蠢かせていた。

「……南の辺境で、ネズミどもが騒いでいるだと?」

レオンの濁った左目が、報告にきた悪魔を睨み下ろす。

「ハッ。何やら、異常な切れ味の剣を振るう人間が暴れ回っていると……」

「……剣、だと?」

レオンの脳裏に、かつて自身が完膚なきまでに叩き潰したはずの『特異点(カイト)』の姿がよぎる。しかし、あの男は絶対的な魔法を操る存在であり、剣士ではなかったはずだ。

「……まあよい。魔王様の絶対の安寧を乱す羽虫は、すべて駆除するのみ」

レオンがシリンダーのガラスを叩くと、中の液体が抜け、ドス黒い瘴気を纏った「甲冑の騎士」が数体、ゆっくりと目覚めた。

「行け。私の因子(チカラ)を分け与えた『死霊騎士(デス・ナイト)』どもよ。南の森を、灰すら残らぬほどに焼き尽くしてこい」

動き出した帝都の狂気。

そして、互いを目指して進軍を始めるカイトとルナリスたち。

再会の時は、血と硝煙の匂いと共に、すぐそこまで迫っていた。

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<beens 過去作>

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