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渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第1章 蜜の枷と堕ちた騎士

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第5話:白銀の猟犬と隠された牙

王都グランディールの巨大な城門が見えてきた頃、討伐隊の足取りは重くなっていた。

数日間の行軍の疲労ではない。門の前に立ち塞がる、見慣れない一群の異様な威圧感のせいだ。

「……あれは、異端審問局の『白銀部隊』か」

馬上からそれを見た副官のレオンが、忌々しげに呟いた。

純白の法衣に、顔の下半分を隠す銀の仮面。彼らは教皇直属の処刑人であり、神に背く者、あるいは魔の気配を宿す者を容赦なく火刑に処す、狂信的な猟犬たちだった。

アラリックは兜の下で、ギリッと奥歯を噛み締めた。

(なぜ奴らがここにいる……。討伐の帰還を待っていたのか?)

いや、違う。彼らの視線は、真っ直ぐにアラリックの乗る馬――そして、その後ろに続くエアラの馬車へと向けられていた。

「止まれ。聖女エアラ様と、アラリック隊長の帰還である」

レオンが進み出て告げると、白銀部隊の先頭に立つ大柄な男が、ぬらりと進み出てきた。

銀の仮面の奥から覗く、爬虫類のように冷たい双眸。審問官の筆頭、バルテルだった。

「ご苦労であった、討伐隊の諸君。……しかし、少々『妙な匂い』がするな」

バルテルの声は、粘り着くような不快感を伴っていた。

彼はアラリックの馬にゆっくりと近づき、その首筋の匂いを嗅ぐような仕草をした。

「……何の用だ、審問官殿」

アラリックは努めて冷静な、低い声で返した。

しかし、ガントレットの下では、鋭く伸びた爪が手綱に深く食い込んでいる。バルテルから漂う『人間』の匂いが、そして彼が発する敵意が、アラリックの中の怪物を猛烈に刺激していた。

殺したい。この不遜な男の首を跳ね飛ばし、その血を啜ってやりたい。

そんな凶暴な衝動が、脳を焼き切るほどに沸き起こる。

「魔獣の討伐、ご立派な戦果だ。だが……道中、不可解な死体をいくつか見つけてな」

バルテルは、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、先日アラリックが素手で引き裂いた狂化狼の惨状が、克明にスケッチされていた。

「剣で斬られた傷ではない。まるで、さらに巨大な『別の魔獣』に引き裂かれたような有様だった。……まさか、我が誇り高き騎士団の中に、呪いを受け、魔に堕ちた汚らわしい獣が紛れ込んでいるのではあるまいな?」

空気が凍りついた。

レオンたち部下の騎士が、息を呑む音が聞こえる。

アラリックの心臓が早鐘のように鳴り始めた。バレている。奴らは疑っている。

体温が急激に上昇し、右目が熱を持つ。呪いの発作――いや、戦闘衝動が抑えきれなくなる。兜の隙間から、赤い光が漏れそうになった、その時。

「無礼ですよ、バルテル卿」

澄み切った、しかし絶対的な冷たさを帯びた声が響いた。

馬車の扉が開き、エアラがゆっくりと降り立った。純白の修道服は汚れ一つなく、彼女の放つ神聖な気配は、審問官たちの放つ威圧感を一瞬で霧散させた。

「聖女様……。しかし、これは教皇猊下からの――」

「神の奇跡を疑うというのですか?」

エアラはバルテルの言葉を冷たく遮り、アラリックの馬の傍に立った。

そして、誰にも見えない死角で――そっと、アラリックのブーツ越しの足首を、自身の柔らかな手で撫で上げた。

「……ッ」

アラリックの体が、ビクンと跳ねた。

彼女の指先から伝わる、あの狂おしいほどに甘い『毒』の記憶。

それは、暴れ出そうとしていたアラリックの殺意を、一瞬にして強制的な『服従の快楽』へと塗り替えた。

彼女に触れられている。彼女が自分を庇っている。

その事実だけで、アラリックの脳はドロドロに溶け、猛獣の怒りは、飼い主に撫でられる猟犬の歓喜へと変貌したのだ。

「道中の魔獣は、私が神に祈り、アラリック様に『聖なる力』をお与えして討ち果たしたものです。……それとも、異端審問局は、私の祈りが『魔の業』だと言うおつもりで?」

エアラの眼差しは、バルテルの仮面の奥を射抜いていた。

圧倒的な権威。そして、一切の隙を見せない傲慢なまでの美しさ。

「……滅相もございません。聖女様の御言葉に、偽りがあるはずもなし」

バルテルは数秒の沈黙の後、忌々しげに頭を下げた。

しかし、彼はアラリックに向かって、最後に低く囁いた。

「……だが、気をつけることだ、隊長殿。神の光が強ければ強いほど、その足元には『濃い闇』が落ちる。……いつでも、あなたの首を刎ねる準備はできているぞ」

白銀部隊が道を空ける。

王都の城門が、重々しい音を立てて開かれていく。

アラリックは、荒い息を吐きながら手綱を引き直した。

危機は去った。だが、彼は理解していた。

自分はもう、人間の世界(王都)に足を踏み入れてはいけない存在なのだと。

「……よく耐えましたね、私の騎士様」

再び馬車に戻ろうとしたエアラが、すれ違いざまに、アラリックだけに見えるように、淫らに目を細めて微笑んだ。

「王都に着いたら、今夜は……たくさん『ご褒美』をあげましょうね」

その囁きは、どんな審問官の脅しよりも恐ろしく、そして、アラリックの理性を完全に焼き尽くすほどに甘美だった。

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