↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第6章:反逆の狼煙、あるいは灰に潜む刃

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/75

第55話:喪失の先の剣、削り合う命の使い道

灰色の霧が立ち込める薄暗い地下空洞。

『灰の森』と呼ばれる魔王軍の監視網から外れたこの場所は、かつて南の小国が遺した巨大な地下遺跡であり、今は抗う意志を捨てていない者たちの隠れ家(レジスタンス拠点)となっていた。

「……っ、痛ぇ」

カイトは、岩肌に立てかけられた粗末な藁のベッドから身を起こそうとして、顔をしかめた。

レオンの極大魔法による全身の骨折と火傷。これまでは女神ステラの恩恵と無意識の『因果改竄』によって痛覚すらもごまかせていたが、今はただの人間としての生々しい激痛が、容赦なく彼の神経を焼いていた。

「無理をするな。あの状態から三日で目を覚ましただけでも、化け物じみた生命力だ」

焚き火のそばで、隻眼のエルフ、バルドが小刀で木の枝を削りながら言った。

「寝てたら、体が鈍る……。俺は、あいつらのところに、戻らなきゃ……」

カイトは壁に手をつき、震える足でなんとか立ち上がった。だが、数歩も歩かないうちに膝から崩れ落ちそうになる。

ドンッ、と。

バルドが削っていた木剣を、カイトの足元に放り投げた。

「お前さん、自分の『中身』が空っぽなことに気づいているか?」

バルドの鋭い隻眼が、カイトを射抜く。

「あの絶望の帝都から自力で転移してくるほどの異常な魔力。だが、お前さんの体の動かし方、足の運び、筋肉の使い方は……剣を握ったこともない、ただの素人(赤子)のそれだ」

「……」

カイトは反論できなかった。

事実、彼には剣の素養など一切ない。これまでは、ステラという『最強の照準器』が敵の弱点を解析し、そこに無尽蔵の因果改竄(チート)を流し込んでいただけだ。

その照準器を失った今、カイトは「狙いの定め方がわからない巨大な大砲」を抱えただけの、ただの素人に成り下がっていた。

「俺の力は……世界を上書きする奇跡だ。でも、力を使うたびに、俺の過去が、記憶が、魂が削られていく。……もう、俺には『燃料』がほとんど残ってないんだ」

カイトは、落ちていた木剣を拾い上げ、ギュッと握りしめた。

「レオンみたいなデタラメなバケモノを相手に、力任せの魔法の撃ち合いをすれば、俺はすぐに完全に消滅する。……だから、教えてくれ」

カイトは、血の滲む包帯だらけの体で、歴戦の騎士であるバルドに向けて深く頭を下げた。

「俺に、剣を教えてくれ。……スキル(チート)に頼らなくても、あの理不尽どもに刃を届かせるための『戦い方』を」

バルドは焚き火の炎を見つめ、静かに息を吐いた。

「……代償を伴う恵みの力、か。なるほどな」

バルドが立ち上がり、自身の腰に帯びた長剣の柄に手をかけた。

「いいだろう。俺たち『灰の牙』も、魔王軍を打倒するための希望を探していた。お前さんのその命を削る大砲、俺が『必殺の刃』に鍛え直してやる」

バルドはカイトの前に立ち、木剣を構えさせた。

「大魔法を乱れ撃つ必要はない。いいか、剣術の極意とは『間合い』と『点の突破』だ」

バルドの木剣が、目にも留まらぬ速さでカイトの首筋にピタリと止められた。風圧だけでカイトの髪が揺れる。

「お前さんのその異常な力は、剣が敵の肉体に触れる『その一瞬』、あるいは敵の魔法を斬り払う『その一点』にのみ、局所的に注ぎ込め。空間全体を書き換えるのではなく、刃先の数センチだけ因果を書き換えるんだ。そうすれば、魂の摩耗(代償)は最小限に抑えられ、威力は極大に達する」

「……一点だけの、局所改竄(マイクロ・オーバーライト)」

カイトの瞳に、新たな光が宿った。

チートを捨てるのではない。技術(スキル)と掛け合わせることで、圧倒的に燃費の良い『究極の斬撃』を生み出すのだ。

「明日から地獄を見るぞ、坊主。魔王の首を落とすための剣鬼に仕立て上げてやる」

「……望むところだ。俺にはもう、失う過去なんてないからな」

暗い地下空洞に、乾いた木剣の打ち合う音が響き始めた。


――同じ頃。帝都から遥か北西、荒涼とした岩山地帯。

「ハァッ……、ハァッ……!!」

獣人ガウルが、大剣を杖代わりにして荒い息を吐いていた。

彼の足元には、追手として差し向けられた魔王軍の異形の兵士たちが、数十体も血の海に沈んでいる。

「カイト様……。カイト様……ッ!!」

フィオナが、血に濡れた両手で顔を覆い、しゃくり上げていた。

カイトの自己犠牲による空間転移で、彼らは無傷のままこの岩山に放り出された。そして数日が経ち、彼らはカイトが「生きている」という確証のないまま、絶望的な逃避行を続けていた。

「泣くのはやめろ、フィオナ」

岩山の上。帝都の方角を鋭い眼差しで見据えるルナリスの声は、かつてないほど低く、そして冷たく澄み切っていた。

その手には、カイトから託された(空間転移の際に共に転送された)『ジークフリートの折れた聖剣の柄』が握られている。

「ルナリス……でも、カイト様はあんなバケモノの前に一人で……ッ」

「カイト様は生きている」

ルナリスは振り返り、強い意志を宿した金色の瞳で二人を見た。

「あの方は、私に『死ぬな』と命じた。そして、私たちの顔を忘れないと言ってくれた。あの方がその約束を違えるはずがない」

ルナリスは、折れた聖剣の柄を自身の腰に強く結びつけた。

その背中には、かつての「守られるだけの聖女」の面影はない。

「私たちは、あの方に救われた命だ。ならば、あの方が再び立ち上がるその時までに……私たちが、あの方を迎えるための『軍』を創る」

「軍を……?」ガウルが目を見開く。

「ええ。この世界にはまだ、魔王軍に虐げられ、見見ぬふりをしている人間や亜人たちが星の数ほどいる。私たちが彼らを束ね、希望の火を灯す。……カイト様が戻られた時、今度こそあの方に『すべて』を背負わせないために」

ルナリスの宣言に、ガウルは自身の太い腕を力強く叩き、フィオナは涙を拭って立ち上がった。

英雄が自身の剣を鍛え直す孤独な時間。

そして、英雄の帰還を信じる仲間たちが、世界を巻き込む反逆の炎を広げていく時間。

交わることのない二つの道は、やがて来る魔王との最終決戦に向けて、静かに、だが確実に動き出していた。

更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!

「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!


<beens 過去作>

https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/3017364/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。