第53話:狂信の融合と、失われた導きの声
帝都グランディールの城門を吹き飛ばし、内部へと足を踏み入れたカイトたちを待っていたのは、異様なまでの『静寂』だった。
「……どういうことだ。誰もいねえ」
警戒しながら大剣を構えるガウルが、低く唸った。
黒曜石で舗装された帝都の目抜き通りには、家畜として飼われていたはずの人間の姿はおろか、魔王軍の兵士すらいなかった。ただ、道端には主を失った衣服や荷車が乱雑に散らばり、ねっとりとした血の匂いだけが立ち込めている。
「カイト様……嫌な予感がします。この街全体から、命の気配が完全に消し飛んでいます」
ルナリスが『黎明の神弓』を引き絞ったまま、青ざめた顔で周囲を見渡した。
「ああ、罠の匂いしかしないな。……でも、進むしかねえだろ」
カイトは、ジークフリートの折れた聖剣の柄を握り直し、先頭を歩き続けた。
彼の胸に刻まれた深い傷はフィオナの魔法で塞がってはいたが、失われた「地球の記憶」と、脳内から完全に消え去った女神ステラの「導きの声」の不在が、カイトの心に重い空洞を作っていた。
通りを抜け、魔王の籠る大聖堂へと続く巨大な大階段の下に辿り着いた時。
その階段の中腹に、一人の男が立っていた。
「……よくぞここまで辿り着いた、特異点ども」
帝国宰相レオン。
常に冷徹で隙のなかった彼の姿は、もはや見る影もなかった。右半身を覆っていた漆黒の魔力結晶は暴走し、彼の顔の半分を異形の兜のように覆い尽くしている。その左目には、狂気と、そして深い絶望が宿っていた。
「レオン……。お前がこの街の人間をどうにかしたのか」
カイトが鋭く睨みつける。
「街の人間だと? 違うな。……私は、魔王軍のすべてをこの身の『糧』としたのだ」
レオンは、ひび割れた唇を歪めて自嘲するように笑った。
「魔王様は仰った。……私の忠誠も、この命も、お二人の愛の蜜月の前では『羽虫の羽音よりも邪魔だ』と」
その言葉に、ルナリスたちが息を呑む。
絶対の支配者であったはずのレオンが、己の神から完全に切り捨てられたのだ。
「……哀れなやつだな。主に見捨てられて、ここで死に場所を探しに来たのか」
カイトが冷たく言い放つ。
「哀れだと? 貴様らのような下等生物に、私の崇高なる忠誠が理解できるはずもないッ!」
レオンが血を吐くような絶叫を上げた。
「たとえ塵芥として捨てられようと、私が魔王様から賜った『この美しい世界を保持する』という使命は消えない! 魔王様の安寧を脅かす貴様という存在は、私が……私がすべての理を破壊してでも、ここで完全に消去する!!」
レオンが、自身の胸元に右手を深く突き立てた。
鮮血が噴き出す中、彼が引きずり出したのは、禍々しい瘴気を放つ『三つの黒水晶』だった。
「【暴食】よ! 【色欲】よ! 【憤怒】よ! 貴様らの醜悪な呪縛、すべて私に捧げよ!」
「やめろ、レオン! それは――ッ」
カイトが危険を察知し、真紅の魔力を右腕に集めて駆け出そうとした。
しかし、遅かった。
レオンが三つの黒水晶を自らの心臓部に強引に押し込んだ瞬間、彼の体から、世界が引き裂かれるような悍ましい絶叫が上がった。
「ア……ガ……、ア、アアアァァァァァァッ!!」
ボキボキと、レオンの全身の骨が異様な方向に砕け、肉が爆発的に膨れ上がる。
背中からは巨大な炎をまとう腕が四本生え出し、腹部には何でも呑み込む漆黒の虚無(口)が開き、周囲の空間が重力異常でグニャグニャと歪み始めた。
氷、炎、重力、そして精神汚染。
相反するはずの七天王の権能を、レオンの狂気的な精神力だけで無理やり一つの肉体に縛り付けた『魔導生命体』。それはもはや、理性を失った純粋な破壊と絶望の塊だった。
「ギ、ギギギ……、シ、ネ……ッ!!」
異形と化したレオンが、六本の腕を振り上げた。
その瞬間、カイトたちの頭上に『絶対零度の氷塊』と『すべてを溶かす業火』が同時に、そして数万トンの『極大重力』を伴って降り注いだ。
「――っ! ふざけんな、こんなデタラメな魔法……!!」
カイトは咄嗟に前に出て、右腕を天に突き出した。
「【全因果・白紙化】ッ!!」
真紅の黄金の光が展開され、降り注ぐ絶望の雨と激突する。
だが。
ガガァァァァァァァァンッ!!!
「ぐ、がぁぁっ!?」
カイトの口から鮮血が噴き出し、その膝が石畳に深く沈み込んだ。
(……クソッ! 書き換えが、追いつかねえ!!)
これまでのカイトなら、ステラが『魔法の構成要素(因果の起点)』を瞬時に解析し、ナビゲートしてくれていた。だからこそ、最小の力で最大の奇跡を起こせていたのだ。
しかし今のカイトは、真っ暗闇の中で、飛んでくる無数の銃弾を『手探り』で全て叩き落とそうとしているようなものだった。
どこを書き換えればこのデタラメな合体魔法が消えるのか分からない。力任せに全ての因果を上書きしようとすれば、圧倒的な「出力不足」に陥ってしまう。
「カ、カイト様……ッ! 体が、潰れ……!」
後方で、重力波に巻き込まれたガウルとフィオナが地面に這いつくばり、骨を軋ませて悲鳴を上げている。
ルナリスが放った浄化の矢も、レオンの腹部に開いた『暴食』の虚無に音もなく吸い込まれて消滅した。
「ギハハハハハ!! モロい、脆イぞ勇者ァ!! 貴様のその光、全て喰らッてヤル!!」
レオンの六本の腕から、さらに密度を増した破壊の光線が放たれる。
「が、ああああぁぁぁッ!!」
カイトの展開した真紅の盾にヒビが入り、彼自身の腕の皮膚が焼け焦げ、肉が裂けていく。
(……ダメだ。今の俺じゃ、こいつの『因果の核』を見つけられない。このまま力比べを続ければ……俺が死ぬ前に、後ろのあいつらが全員潰れる!)
圧倒的な暴力の前に、無敵だったはずの因果改竄が完全に押し負けていた。
自分のすべてを犠牲にして記憶を投げ打ったカイトの前に、ステラという『神』を失った絶対的な絶望が、冷酷な現実として立ちはだかったのだ。
勝てない。
このままでは、ここで全滅する。
カイトは、血走った目で背後の仲間たちを振り返り、そして、かつてない『苦渋の決断』を迫られていた。
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<beens 過去作>
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