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渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第5章:夜明けの残光、あるいは再誕の救世主

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第44話:弔いの武具と、水鏡越しの宣戦布告

【強欲】のヴァレリウスが消滅した跡には、夥しい数の武具が散らばっていた。

どれもかつて、魔王に抗おうとして命を落とした勇者や戦士たちの遺品だ。剣の柄には持ち主の手垢が染み込み、盾には激戦を物語る無数の刃こぼれが残っている。

「……これ全部、あのイゴールって人が集めさせられてたのか」

カイトは足元に転がる一本の折れた鉄剣を拾い上げ、静かに呟いた。

ただのガラクタではない。触れただけで、その剣を握っていた名もなき戦士の『死にたくない、でも守らなければ』という悲壮な感情が、微かな魔力の残滓となって伝わってくるようだった。

「カイト、様……」

ルナリスが、胸の前で手を組みながら歩み寄ってきた。彼女の瞳は、足元に広がる無念の墓標たちを見て、痛ましさに揺れている。

ガウルもフィオナも、言葉を失い、ただ静かに立ち尽くしていた。圧倒的な勝利の余韻よりも、この世界がどれほどの血と絶望の上に成り立っているのかを、改めて突きつけられたのだ。

「ルナリス」

カイトは、イゴールから託された白銀の弓――『黎明の神弓』を彼女に向かって差し出した。

「え……?」

「あんたが持っていてくれ。俺より、この世界の歴史を知ってるあんたの方が、この弓も喜ぶ」

ルナリスは息を呑み、震える両手でその弓を受け取った。

数百年前、世界を救うために北方の雪山で命を散らした大英雄の魂。その重みは、教皇領の末裔である彼女にとって、あまりにも尊く、重すぎた。

「私などに、このような聖遺物を……。でも……はい。イゴール様の無念、決して無駄にはいたしません」

ルナリスは弓を胸に抱きしめ、大粒の涙をこぼした。その涙が弓の表面に触れると、弓は持ち主の決意に応えるように、淡く温かい光を放った。

「よし。じゃあ、城の中を片付けるか。囚われてる連中もいるはずだ」

カイトの言葉に、ガウルとフィオナが強く頷く。

ヴァレリウスの黄金の城内は、外観の悪趣味さとは裏腹に、ひどく静まり返っていた。

広大な宝物庫には、山のような金銀財宝と聖遺物が無造作に積み上げられている。そして、その武具を磨き、錆を落とすためだけに繋がれている数百人の人間たちの姿があった。

彼らはカイトたちが入ってきても、怯えることすらなく、ただ機械のように布で剣を磨き続けている。首には、あの赤黒い『等級刻印』が深く焼き付いていた。

「……本当に、心を殺されているんですね。目の前で主が消滅したというのに、作業をやめようとすらしない」

フィオナが、痛ましそうに顔を伏せる。

「ガウル、お前はどう思う?」

カイトは、静かに怒りを押し殺している獣人の仲間に問いかけた。

「……許せません」

ガウルはギリッと牙を鳴らした。「彼らは生きているんじゃない。ただ、魔王の所有物として呼吸させられているだけだ。こんなものは、生じゃない……ッ!」

「そうだな。命を粗末にするのも腹が立つが、生きる意志を奪い取って飼い殺しにするのは、もっと胸糞が悪い」

カイトは大きく息を吸い込み、宝物庫の中央へと歩み出た。

「おい、あんたたち」

カイトの声が響くが、誰も手を止めない。

「……お前たちの『絶対の主』は、もういない。これからは、自分のためにその手を使え。――【因果の改竄(オーバーライト・カルマ)】」

黄金の波動が宝物庫を満たし、人間たちの首に刻まれた呪縛の鎖が一斉に弾け飛んだ。

布を握っていた彼らの手が止まり、虚ろだった瞳に、少しずつ、少しずつ、人間としての戸惑いと感情の色が戻っていく。

「私、は……? 何を……」

「剣を……磨いて……? 私の、子供は……どこに……」

困惑し、泣き崩れる人々に、ルナリスとフィオナが駆け寄り、優しく声をかけ始めた。洗脳が解けた彼らが現実を受け入れるには、まだ時間が必要だろう。

その凄惨な光景を背に、カイトは宝物庫の最奥へと足を進めた。

そこには、黄金の台座に安置された、人の背丈ほどもある巨大な『水鏡の水晶』が鎮座していた。

『――対象の解析を完了。これは魔王軍の幹部同士が、互いの領地の状況を報告し合うための「交信の要石」です。現在、帝都の宰相府から強い魔力通信の波(アクセス)が来ています』

ステラの声が脳内に響く。

「……繋がってるのか。ちょうどいい」

カイトが水晶に手を触れると、鏡面のように波打っていた水晶の表面に、一人の男の姿が浮かび上がった。

右半身を禍々しい漆黒の結晶で覆い、冷酷な双眸を怒りに歪ませた魔王の懐刀。

『……貴様だな。我が同胞、【強欲】を消し去った小賢しい光の残滓は』

水晶越しに響くレオンの声は、底冷えするほど冷たく、絶対的な支配者の威圧感に満ちていた。

ガウルが背後の空気に殺気を感じ取り、瞬時に身構える。

「あんたが、このブラック企業の重役さんか。イゴールは良い奴だったぜ。死体をいじくって働かせるなんて、随分と悪趣味な趣味をお持ちで」

カイトは水晶の前に立ち、ポケットに手を入れたまま、ふてぶてしく笑い返した。

『減らず口を叩く。……数百年の平穏に、一石を投じた気になっているのだろうが、貴様のその傲慢な光もここまでだ』

レオンの背後で、複数の巨大な影が蠢くのが水鏡越しに見えた。

『アラリック様と女王エアラ様の御前を汚すことは万に一つも許さん。残る七天王すべてを以て、貴様という特異点をこの世界から完全に消去してやる』

その宣告は、一国を滅ぼすに等しい、魔王軍の総力戦の合図だった。

だが、カイトは顔色一つ変えなかった。

ただ、彼の足元に散らばる「かつての英雄たちの遺物」を、そして「心を壊された人間たち」を背負うように、静かに、しかし絶対的な力強さで告げた。

「やってみろよ」

カイトの瞳の奥で、黄金の魔力が危険な光を帯びる。

「数百年かけてお前らが作り上げた、その『絶望』ってやつ……。俺が全部、ただの笑い話に書き換えてやる。首洗って待ってろよ、ポンコツ宰相」

カイトが水晶に魔力を流し込むと、バツンッ! という破裂音と共に、水鏡の水晶は粉々に砕け散った。

通信は途絶えた。

もはや、奇襲や小競り合いの段階は終わったのだ。

カイトの宣戦布告は、魔王軍のプライドを完全に粉砕し、彼らを本気の殺戮へと駆り立てる決定的な一撃となった。

「……さあ、忙しくなるぞ」

カイトが振り返ると、ルナリス、ガウル、フィオナが、それぞれの決意を胸に力強く頷いた。

黎明の光は、少しずつ、だが確実に、この絶望の世界を照らし始めていた。

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<beens 過去作>

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