第43話:呪縛の狩人と、託された黎明の弓
「な、なぜだ……! なぜ我が『死の魔弾』が消える!!」
黄金と骨で彩られた悪趣味な城門の前。【強欲】のヴァレリウス――かつての英雄イゴールの成れの果ては、兜の奥の真紅の瞳を大きく見開き、後ずさった。
彼が放つ必殺の漆黒の矢は、カイトの身体に触れる数メートル手前で、まるで幻だったかのようにパチンと弾けて消滅していく。
「お前の矢は『命を対価に、必ず死をもたらす』って因果で成り立ってるらしいな」
カイトはポケットから手を出し、退屈そうに肩をすくめた。
「でも、俺の【因果の改竄】の前じゃ、そんな設定はただの紙切れなんだよ。『矢が当たって死ぬ』っていう結果そのものを、俺が『なかったこと』に書き換えてるからな」
「ふ、ふざけるなァッ!!」
ヴァレリウスが激昂し、自身の身体に突き刺さった無数の『聖遺物』を一斉に発光させた。
かつての勇者たちが遺した聖剣、神盾、魔杖。数百年にわたり世界中から強奪し、彼が「強欲」に取り込んできた力が、暴走するように膨れ上がる。
「ならば、この数多の奇跡の奔流で、貴様という存在ごと圧殺してやろう! その代償なき力、俺のコレクションの最高傑作として喰らってやる!!」
空間そのものが歪むほどの、極彩色の魔力の嵐。
フィオナとガウルですら、思わず息を呑んで防御姿勢をとるほどの圧倒的な出力だった。
だが、カイトは歩みを止めない。
嵐の中を、まるでそよ風を浴びるように悠然と進み、ヴァレリウスの眼前へと肉薄した。
「他人の遺品をゴチャゴチャくっつけて、強くなった気になってんじゃねえよ」
カイトの右手が、目も眩むような黄金の光を帯びる。
「全部、元いた場所に返しな。……【全因果・白紙化】!!」
カイトの掌が、ヴァレリウスの分厚い胸の装甲――魔王の呪いの『核』が埋め込まれた場所に、ドンッと押し当てられた。
その瞬間。
ヴァレリウスの巨体を覆っていた極彩色の魔力の嵐が、ピタッと静止した。
「あ、が……? 俺の、集めた宝が……ッ! 力が……消え……!」
ビキビキビキッ!!
ヴァレリウスの全身に突き刺さっていた聖遺物たちが、次々とその呪縛から解き放たれ、元の清らかな姿に戻って地面へとこぼれ落ちていく。
それと同時に、イゴールを数百年間縛り付けていた魔王の『強欲の呪い』そのものが、カイトの黄金の光によって内側から完全に粉砕された。
「ゴ、アァァァァァァァッ!!」
魔将の漆黒の鎧が崩れ落ち、泥のような瘴気が晴れていく。
その跡に、淡く発光する半透明の姿――かつての【亡国を追う狩人】イゴールの魂の残滓が、静かに膝をついていた。
「……あ、れ?」
イゴールの幻影は、自身の透き通った両手を見つめ、戸惑うように瞬きをした。
真紅の瞳はすでに、かつての人間らしい穏やかな鳶色へと戻っている。
「思い出したか、英雄さん」
カイトが静かに見下ろす。
「俺は……。そうか。あの王都の門の前で、仲間のために心臓を止めて……」
イゴールは周囲を見渡し、自分が数百年間、魔王の手先としてバケモノに成り果てていた事実を悟った。その顔に、深い絶望と後悔が過る。
「なんということを……。俺は、俺が守りたかったはずの人間たちを……」
「気にするな」
カイトは、崩れ落ちそうになるイゴールの幻影の肩を、力強く叩いた。
「悪いのは、死んだお前をこき使ったクソみたいな世界(魔王)だ。お前は立派に戦った。だから……もう、休んでいい」
カイトの真っ直ぐな言葉に、イゴールは目を見開いた。
そして、目の前に立つ青年の背後に、かつて共に戦った仲間たちの姿を、そして、ずっと見たかった「絶望のない夜明け」の光を見たような気がした。
「……ははっ。神様ってのも、たまには粋な真似をするんだな」
イゴールは安堵したように微笑むと、自身の足元に落ちていた『巨大な長弓』を拾い上げ、カイトへと差し出した。
「頼む、見知らぬ救世主よ。……俺はあの日、魔王の副官レオンを仕留めきれなかった。俺の未練は、この世界に蔓延る理不尽な絶望そのものだ」
イゴールの体が、足元からゆっくりと光の粒子となって天へ昇り始める。
「俺の魂の残滓(弓)を、あんたに託す。……どうか、俺たちが守れなかったこの世界を……頼んだ、ぜ……」
最後に満足げな笑みを残し、英雄イゴールの魂は、数百年の呪縛から解き放たれ、完全に消滅した。
カイトの手に残されたのは、かつての禍々しさを失い、神聖な白銀の光を放つ『黎明の神弓』だけだった。
「……ああ。お前たちの未練ごと、俺が全部『上書き』してやるよ」
カイトは神弓を強く握りしめ、かつての英雄に深く黙祷を捧げた。
――同時刻。王都グランディール、帝都宰相府。
「……馬鹿、な」
水晶球を凝視していた帝国宰相レオンは、自身の目を疑った。
右半身を覆う漆黒の結晶が、かつてないほどの激痛を発して警告の鐘を鳴らしている。
水晶球の映像が途絶える直前。
そこに映っていたのは、【強欲】のヴァレリウスが、あろうことか魔王の呪いを「完全に浄化」され、光となって消滅する光景だった。
「七天王の一角が……それも、アラリック様が直々に施した最高位の呪縛が、あんな造作もなく『無かったこと』にされただと!?」
世界の理である、絶対的な等価交換のルール。
それが、たった一人の人間の手によって、いとも容易く蹂躙されている。
かつてイゴールに貫かれた胸の古傷が、幻肢痛のようにドクドクと脈打った。
「あの男……。あれは、かつての勇者どものような『悲壮な反逆者』ではない。……この世界の理そのものを破壊する、文字通りの『特異点』だ!!」
レオンは玉座の間へと続く回廊を睨みつけ、ギリッと歯を食いしばった。
「……これ以上、あの男を野放しにはできん。至高なる真王と女王の甘美な夢を護るため……残る七天王すべてを動かし、総力をもってあの特異点を排除する!!」
数百年の静寂を貪っていた魔王軍が、ついに「未知の恐怖」を覚え、その巨大な質量を本格的に動かし始めようとしていた。
だが、彼らが相対するのは、死の代償すらも一笑に付す、無敵の救世主であった。
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<beens 過去作>
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