第42話:進撃の無双陣と、死後を縛られた狩人
「――そこをどきなさい、魔王軍の雑兵ども! カイト様の御前よッ!!」
東の山脈、禍々しい瘴気が渦巻く荒野に、少女の甲高い声が響き渡った。
「極大魔術――『天上の業火』!!」
フィオナが白く滑らかな両手を振りかざすと、前方から押し寄せていた数百匹の魔物の群れが、文字通り「太陽が落ちてきたかのような」圧倒的な炎の奔流に飲み込まれた。
爆風が荒野を薙ぎ払い、魔物たちは一瞬で炭化して吹き飛んでいく。
「す、すごい……! これが、かつての大魔術師リディア様が遺した『万象解析』の真の力……!」
ルナリスが目を輝かせ、カイトの隣で感嘆の声を上げた。
「ハッ、俺も負けてられねェな! バルダス流獣王術――『地顎』!!」
炎を逃れた巨大な魔物には、獣人ガウルが容赦なく突っ込んだ。
痛覚というリミッターを外した彼の拳が地面を殴りつけると、大地そのものが隆起し、巨大な岩の牙となって魔物たちを空高く打ち上げた。
前衛のガウルが道を切り開き、後衛のフィオナが広範囲を消し飛ばす。
かつては「痛覚百倍」や「皮膚の崩落」という重すぎる代償のせいで、数回しか使えなかった大技たち。それが今や、カイトの【因果の改竄】によってノーコスト化され、息をするように連発されていた。
「二人とも、張り切りすぎだろ。俺の出番がないぞ」
カイトはポケットに手を突っ込んだまま、呆れたように笑いながらその後ろを歩いていた。
「とんでもありません! カイト様は、我らが主。このような雑兵相手に、その奇跡の御手を煩わせるわけにはいきません!」
フィオナがローブを翻して振り返り、満面の笑みで答える。その肌は汗一つかいておらず、魔力切れの様子も一切ない。
「そうですよカイト様! ボスのお出ましまで、俺たちが露払いをさせていただきます!」
ガウルもまた、満面の笑みで魔物の頭を握り潰した。
その圧倒的な無双劇を見ながら、ルナリスは胸が熱くなるのを感じていた。
数百年間、人類がただ震えて逃げ惑うしかなかったこの『地獄』のような絶望の世界。それが今、たった一人の青年の規格外の力によって、完全に「人間側の時代」へと塗り替えられているのだ。
やがて、一行の前に巨大な城が姿を現した。
それは石やレンガではなく、世界中からかき集められた黄金、宝石、そして夥しい数の「聖遺物(かつての勇者たちの武具)」が、泥と瘴気で無造作に固められた、悪趣味極まりない『強欲の城』だった。
「……着いたな。アレが、遺物泥棒の親玉の家か」
カイトが城門を見上げた、その時。
『――【天啓の導き(アプレイザル・ボイス)】。強力な敵対個体の接近を感知。城内より、七天王の一角が現れます』
ステラの声が脳内に響く。
ギゴゴゴゴ……ッ!
黄金と骨で装飾された巨大な扉が、重苦しい音を立てて開いた。
中から現れたのは、全身に何十もの「聖剣」や「神盾」を突き刺すようにして身に纏った、異形の魔人だった。
その手には、禍々しい漆黒のオーラを放つ『巨大な長弓』が握られている。
「よくぞ来た、無知なる光の羽虫ども。我が名は【強欲】のヴァレリウス……。いや、今はそんな名はどうでもいい」
兜の奥で、真紅の瞳がカイトを真っ直ぐに射抜いた。
「貴様が持つ、その『代償なき光の奇跡』……。素晴らしい。我がコレクションの中で、最も輝かしい至宝となるだろう。さあ、その力を俺に寄越せ……!!」
ヴァレリウスが巨大な長弓を構えた瞬間、フィオナとガウルの顔色が変わった。
「カイト様、下がって! あの弓から放たれる魔力、尋常じゃありません!」
「俺が盾になります!!」
二人がカイトを庇おうと前に出た、その時。
『――対象の『核』を特定しました。あの魔将ヴァレリウスの正体は、数百年前、仲間を逃がすために自身の心臓を止めて散った英雄、【亡国を追う狩人】イゴールです。魔王によって死すらも奪われ、強欲の亡霊として改造されています』
ステラのその言葉に、カイトの足がピタリと止まった。
「……イゴール。聞いたことあるぜ、ルナリスから」
カイトは、庇おうとする二人をそっと手で制し、前に進み出た。
「仲間を逃がすために、一発撃つごとに心臓が止まる弓を、命と引き換えに撃ち尽くした漢だろ?」
「……いかにも。俺の心臓は、とうの昔に止まっている。だからこそ、今は代償など関係なく、この『死を導く魔弾』を無限に放てるというわけだァ!」
ヴァレリウス――堕ちた狩人イゴールが、狂気を含んだ笑い声を上げながら、漆黒の矢を放った。
かつて魔王の副官レオンの胸を貫いた、必殺の魔弾。それが数百年の時を経て、より禍々しい瘴気を纏い、雨あられのようにカイトたちへと降り注ぐ。
「カイト様!!」
ルナリスが悲鳴を上げる。
しかし、カイトは一歩も引かなかった。
彼の瞳には、飛来する死の矢への恐怖ではなく、静かで、しかし底なしの怒りが燃えていた。
「……死んだ英雄をバケモノに改造して、さらに前線でタダ働きさせるだと?」
カイトの右腕が、目も眩むような黄金の光に包まれる。
「命を懸けて世界を守ろうとしたヤツの魂を、死後すらもこき使うなんて……。この世界(魔王)は、マジで最低最悪のブラック企業だな!!」
「――【因果の改竄】!!」
カイトが光を纏った右腕で、飛来する無数の漆黒の矢を真っ向から薙ぎ払った。
ドガァァァァァァンッ!!!
必殺のはずの『死を導く魔弾』が、カイトの黄金の力に触れた瞬間、パチン、パチンと軽い音を立てて、空中で次々と「存在を上書き(消去)」されていく。
「な……にッ!?」
ヴァレリウスが驚愕に声を震わせた。
絶対の死をもたらすはずの自分の矢が、ただの素手で、それも一切の魔力的な反発すらなく「消された」のだ。
「悪いが、お前のその『強欲』な残業は、今日で終わりだ」
カイトは一切の傷を負うことなく、真っ直ぐにヴァレリウスへと歩み寄る。
「眠らせてやるよ、イゴール。……お前が必死で守ろうとしたもんの続きは、俺が全部、引き受けてやるから」
数百年間、呪われた狂気の中で獲物を狙い続けてきた狩人の目に、初めて「焦り」の色が浮かんだ。
圧倒的な絶望を強いてきた魔王軍の幹部が、現代から来た一人の青年の「理不尽なまでのチート能力」と「真っ直ぐな怒り」の前に、完全に呑み込まれようとしていた。
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<beens 過去作>
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