第41話:剥がれゆく呪いと、天才魔導少女の素顔
第七供給区の広場は、これまでの数百年間で初めて「人間の活気」に包まれていた。
洗脳の刻印を破壊され、自我を取り戻した人々は、魔族の砦から食料や物資を運び出し、自らの手で生きるための準備を始めている。
その喧騒から少し離れた場所で、カイトは先ほどの魔導騎士が落とした『破邪の剣』を手に取り、まじまじと見つめていた。
『――【天啓の導き(アプレイザル・ボイス)】。対象の解析を完了しました』
脳内にステラの澄んだ声が響く。
『この剣は、かつての勇者ジークフリートが振るった【魂喰いの聖剣】の残滓を核にして作られた、量産型のレプリカです』
「レプリカで、あんな高出力の神聖魔力が出るのか?」
『はい。魔王軍の七天王が一人、【強欲】のヴァレリウスが、かつての勇者たちの遺物をすべて自身の居城に溜め込み、その力を抽出して部下に分け与えているのです。この剣も、その恩恵の一つに過ぎません』
「なるほどな……。死んだ連中の遺品をコレクションして、悪用してるってわけか。悪趣味極まりないな」
カイトは剣を地面に突き立て、呆れたように息を吐いた。
その時だった。
「――あ、あの……! お待ちください!」
広場の入り口付近から、人混みを掻き分けるようにして、一つの小さな影が駆け寄ってきた。
頭から足先まで、ボロボロでぶかぶかのローブをすっぽりと被った小柄な人物だ。顔は深くフードで隠され、手足には何重にも薄汚れた包帯が巻かれている。
「カイト様、危ないッ!」
ガウルが即座に前に出て、獣の唸り声を上げた。魔族の残党かもしれないと警戒したのだ。
「待って、私は敵じゃないわ……! 噂を聞いて、ずっと……ずっとあなたを探していたの!」
ローブの人物はガウルの威圧に怯えながらも、その場に崩れ落ちるように膝をつき、フードの奥からカイトを見上げた。
微かに覗いたのは、十代半ばほどの少女の瞳。だが、その声はひどく掠れ、息をするのも苦しそうだった。
「……君は?」
カイトが警戒を解いてしゃがみ込むと、少女は包帯に巻かれた震える手を胸に当てた。
「私の名前は、フィオナ。かつて聖女の代償を解明しようとして散った大魔術師……リディア様の術式を継承した、最後の魔導士よ」
「リディア……」
ルナリスがハッと息を呑んだ。「前史の記録に記されている、皮膚を失う禁忌の術式……万象解析の魔法ですか!?」
「ええ……。私は、魔王を倒すための力を得るために、この術式を自分に刻み込んだ」
フィオナは、自身の右腕に巻かれた包帯をゆっくりと解いた。
そこにあったのは、少女の滑らかな肌ではない。皮膚が焼け焦げたように剥がれ落ち、赤黒い筋肉と血管が剥き出しになった、痛ましい肉の塊だった。
「ヒッ……!」
周囲で見ていた人間たちが、そのあまりにも凄惨な傷跡に悲鳴を上げて後ずさる。
「私の魔法は……世界の理を書き換える強力な魔力を引き出せる。でも、その『代償』として、魔法を使うたびに私の皮膚は剥がれ、肉が削げ落ちていくの」
フィオナは痛みに顔を歪めながらも、必死にカイトの服の裾を掴んだ。
「ねえ……聞いたわ。あなたは、代償なしで奇跡を起こせるって。お願い、私をあなたの仲間に加えて! 私の残りの肉体がすべて崩れ落ちるまで、あなたのために最強の魔法を撃ち続けるから……ッ!」
彼女の言葉には、狂気にも似た決死の覚悟があった。
かつてのリディアがそうであったように、魔王を倒すためならば、女としての姿も、命すらも投げ捨てる悲壮な決意。
しかし。
「……却下だ」
カイトは、極めて冷淡な声で即答した。
「え……?」
フィオナの瞳から、絶望の涙がこぼれそうになる。醜い肉体になった自分など、やはり足手まといなのだと。
「そんなボロボロになるまで自分を痛めつけて放つ魔法なんて、全然スマートじゃない。……おまけに、女の子が肌を気にして泣きながら戦うなんて、ブラック企業よりもタチが悪いぜ」
カイトはそう言うと、フィオナの剥き出しになった赤黒い右腕を、躊躇することなく両手でしっかりと包み込んだ。
「あ……駄目、汚い、触らないで……ッ!」
「汚くなんてないさ。よく頑張ったな、フィオナ」
カイトが優しく微笑んだ瞬間。
彼の手から、目も眩むような黄金の光が溢れ出し、フィオナの全身を優しく包み込んだ。
「――【因果の改竄】」
カイトの低い声が響く。
それは、世界を縛る「魔法の代償」という絶対ルールへの、容赦のない上書き命令。
「えっ……? あ、あぁ……ッ!?」
フィオナの腕を覆っていた激痛が、嘘のように引いていく。
カイトが手を離すと、そこには赤黒い肉塊など存在しなかった。代わりに現れたのは、雪のように白く、一切の傷跡もない、少女の瑞々しい滑らかな肌だった。
「私の、腕……? 皮膚が……戻って、る……?」
フィオナは信じられないものを見る目で、自身の両腕をさすった。
それだけではない。彼女の体を蝕んでいた『代償の呪い』そのものが、カイトのスキルによって根こそぎ消去されていた。
彼女の中には、無限に等しい『万象解析の魔力』だけが、ノーリスクで渦巻いている。
「これで、お前の魔法の代償は『ゼロ』だ。……さあ、試しに一発、空に向かって撃ってみな」
カイトが空を指差す。
フィオナはまだ半信半疑のまま、新しく生まれ変わった白い両手を天へと向けた。
「……極大魔術――『天上の業火』!」
ドゴォォォォォォォォンッ!!!
フィオナの掌から放たれた圧縮された炎の塊が、遥か上空で太陽のように爆発した。
常に世界を覆っていた真紅の雲が、凄まじい熱量によって半径数キロにわたって完全に吹き飛ばされ、数百年間誰も見たことのなかった『本物の青空』が、一瞬だけ顔を覗かせた。
「す、すごい……! 本当に、痛くない! 皮膚が剥がれないわ……ッ!!」
フィオナは自身の無傷の両手を見つめ、大粒の涙を流してカイトの胸に飛び込んだ。
「ありがとう……っ、ありがとう! カイト様……!!」
「ははっ、どういたしまして。これで強力な固定砲台のゲットだな」
カイトはフィオナの頭をポンポンと撫でながら、満足げに笑った。
ルナリスとガウルも、その圧倒的な魔法の威力と、無傷のまま歓喜するフィオナの姿を見て、頼もしそうに頷き合っている。
「さて、と」
カイトは改めて、拾い上げた『破邪の剣』の切っ先を、東の空――禍々しい魔力が渦巻く山脈の方角へと向けた。
「ガウル、フィオナ。お前たちの力をフルに使えば、あの【強欲】のヴァレリウスって奴の城、落とせるか?」
「余裕です、カイト様。俺のこの痛みなき拳で、城門ごと粉砕してみせます」
獣人ガウルが、自信に満ちた笑みを浮かべて拳を鳴らす。
「ええ! 私の代償なしの極大魔法で、あんなお城、更地にしてあげるわ!」
フィオナもまた、涙を拭って元気よく宣言した。
「よし、決まりだ。過去の勇者たちの遺物をパクってふんぞり返ってる泥棒野郎から……俺たちの世界を、取り返しに行くぞ!」
カイトの号令と共に、人類の反逆の炎はさらに大きく燃え上がった。
かつて絶望の底で消えていった勇者たちの無念は、今、現代の価値観と理不尽なチート能力を持つ青年の手によって、痛快な反撃の刃へと生まれ変わろうとしていた。
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