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渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第3章 狂愛の檻と血塗られた箱庭

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第35話:狂信の天使、あるいは神が地に堕ちる音

「ジーク、フリート……ッ!」

壁に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなったリーダーの姿に、獣人バルダスは絶望の叫びを上げた。

命と記憶をすべて注ぎ込んだ絶対の一撃。それが、魔王アラリックの『指一本』で文字通り粉砕されたのだ。

圧倒的すぎる力量差。戦いと呼ぶことすらおこがましい、ただの「羽虫の駆除」だった。

「ひ、ひぃ……ッ。いやだ、いやだァッ……」

魔術師リディアが、全身の皮膚を失った痛々しい腕で頭を抱え、床に蹲った。

盲目のクラウディアも、両目から血の涙を流したまま、ただガタガタと震えている。

もはや、勇者パーティに戦意は残っていなかった。

玉座から立ち上がったアラリックの巨大な影が、彼らの心を完全にへし折っていたのだ。

「……あはははっ! ねぇアラリック、この子たち、もう壊れちゃったみたい! つまらなーい!」

玉座の上で足を組み、退屈そうに頬杖をつく女王エアラ。彼女の美しい顔には、無慈悲な冷笑が張り付いている。

その時だった。

「――まだだ! まだ、光は……神の光は、死んでいませんッ!!」

絶望の底に沈む大広間に、高く澄んだ少年の声が響いた。

【器の少年】エルだった。

彼はボロボロになった仲間たちの前に進み出ると、両手を胸の前で固く組み、天に向かって祈りを捧げ始めた。

「おお、光の神よ! 今こそ僕の内に眠る『神の欠片』を解放し、この忌まわしき闇を……ッ!!」

エルの全身から、目も眩むような純白の光が溢れ出す。

それは、地下の泉で幻影を打ち払った時よりも遥かに強烈な、正真正銘の『神の奇跡』の顕現だった。

「エル……ッ! お前……!」

バルダスが、一縷の希望を込めてその光を見つめた。

彼こそが、教皇が創り出した最終兵器。神の力を直接地上に降ろすことのできる、文字通りの『器』。

「いけぇぇッ! エルゥゥッ!!」

リディアが血を吐きながら叫んだ。

純白の光が激しい奔流となり、玉座に立つ魔王と女王へ向かって一直線に放たれた。

今度こそ、あらゆる邪悪を浄化する神の鉄槌が下る――。

誰もがそう信じた、次の瞬間。

「――んっ。あら、なんだか懐かしい温かさね」

玉座の上のエアラが、飛来する純白の光の奔流に向けて、スッと右手をかざした。

ズオォォォォォンッ……!!!

大広間を揺るがす轟音。

しかし、光の奔流はエアラに触れた瞬間、浄化の力を完全に失い、まるで親鳥の胸に飛び込む雛鳥のように、彼女の掌の中に吸い込まれ、優しく溶けていったのだ。

「え……?」

祈りのポーズをとっていたエルの顔が、愕然と固まった。

彼の放った神の力が、何一つ通用しなかったからではない。

エルの中にある『神の欠片』が。

エアラの内に秘められた「かつて世界中を癒やした元・聖女の神性」と、アラリックから注ぎ込まれ続けた「圧倒的な魔王のオーラ」の混ざり合った、その『究極の神々しさ』に、強烈に惹かれ、共鳴してしまったのだ。

「あ……。あ、あぁ……」

エルの瞳孔が、極限まで見開かれた。

彼の視界には、もはや魔王も世界も映っていない。

ただ玉座で微笑むエアラの姿だけが、後光が射すような『真なる神』として、彼の脳髄に焼き付いていた。

「なんという……なんという、美しさ……。ああ、あの方こそが……僕が仕えるべき、真の光……!!」

「エル!? お前、何を言ってるんだ!?」

バルダスが危険を察知し、声を上げた。

しかし、遅かった。

エルの純白の魔力が、突如としてドス黒い瘴気へと反転したのだ。

「ギ、ギィィィヤァァァァァッ!!」

エルの背中の肉が凄惨な音を立てて裂け、そこから巨大な漆黒の翼が四枚、六枚と飛び出した。

少年の顔の半分は醜悪なバケモノのように歪み、頭上にはドクロのような不気味な光の輪が浮かび上がる。

『神の器』が、エアラの毒気に中てられ、完全に狂信的な『堕天使』へと変貌を遂げた瞬間だった。

「神よ……! 偉大なる真の神(エアラ様)よ! あなたの御前を汚すこの薄汚いゴミ屑どもは、僕がすべて排除いたします!!」

狂乱したエルが振り返り、あろうことか、味方であるバルダスたちにその手を向けた。

「な……ッ! ふざけるな、エル! 正気に戻れェッ!!」

「神の敵対者め! 消えろォォォッ!!」

エルから放たれたドス黒い『神罰』の雷が、バルダスを直撃する。

「ガァァァァァッ!!」

痛覚が百倍になったバルダスの肉体が、神の雷によって内側から焼き焦がされ、この世のものとは思えない絶叫を上げて床を転げ回った。

「バルダス! いや、やめてエル! 私たちよ!?」

リディアが必死に叫ぶが、狂信に染まったエルにはもう、かつての仲間の声など届かない。

「アハハハハハッ! あの方の美しさが分からないお前たちは、生きてる価値もない肉塊だァァッ!」

エルは泣きながら笑い、次々と味方に死の魔法を乱れ撃ちし始めた。

阿鼻叫喚の地獄絵図。

守るべき恩人を自らの手で殺し、最後は味方の最終兵器に裏切られ、焼き殺されていく。

勇者たちの誇りも、希望も、すべてが泥にまみれて崩壊していった。

「あははははっ! ねぇ見てアラリック! 面白すぎるわこれ!」

玉座の上。

エアラはアラリックの腕の中で、腹を抱え、涙を流して大爆笑していた。

「自分で作ったオモチャに殺されてるの! 神様も随分とドジなのね! あはははっ、あはははははッ!!」

エアラは狂ったように笑い転げ、アラリックの胸に顔を埋めて肩を震わせている。

「……ええ。彼らにとっては、極上の絶望でしょう」

アラリックもまた、醜く同士討ちをする勇者たちを冷酷に見下ろし、唇を歪めていた。

「神すらも貴女の魅力にひれ伏す。当然のことです。この世界に、貴女以上に美しく、尊い存在などいないのだから」

アラリックはエアラの顎を指ですくい上げ、その血に濡れた唇に、深く熱いキスを落とした。

玉座の間には、狂った堕天使の笑い声と、焼き殺されていく勇者たちの悲鳴。

そして、世界を滅ぼした魔王と女王の、ひどく甘く、退廃的なキスの水音だけが、永遠に響き続けていた。

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<beens 過去作>

https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/3017364/

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