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渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第3章 狂愛の檻と血塗られた箱庭

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第33話:裏切りの晩餐、あるいは胃袋から孵る絶望

地下の聖なる泉での休息を終え、勇者たちの顔には微かながら生気が戻っていた。

「……世話になった。この恩は、必ずあの魔王の首で報いよう」

ジークフリートが代表して、彼らを匿い、温かいスープを振る舞ってくれた生存者の老人に深く頭を下げた。

「もったいないお言葉です、勇者様。さあ、こちらへ……。玉座の真下へと続く、秘密の抜け道をご案内します」

老人はランプを手に取り、他の数名の生存者たちと共に、泉の奥にある暗い通路へと勇者たちを導いた。

獣人バルダスも、魔術師リディアも、互いの悲惨な過去を共有したことで奇妙な連帯感に包まれていた。これなら、いけるかもしれない。そんな淡い希望が、彼らの背中をわずかに押していた。

しかし。

狭い通路を数分ほど歩いた時だった。

「――待って。……おかしい」

盲目のクラウディアが、突如として足を止め、白杖をカタカタと震わせた。彼女の『神の千里眼』が、あり得ない現象を視覚化していたのだ。

「瘴気が……。玉座からではなく、私たちの『すぐ内側』から膨れ上がっています……ッ!」

「内側……? どういう意味だ、クラウディア」

ジークフリートが眉をひそめた瞬間。

ゴボァッ!!

先頭を歩いていた老人の口から、大量の黒い泥のような嘔吐物が噴き出した。

「お、おい! 爺さん、どうした!?」

バルダスが慌てて駆け寄ろうとするが、老人の様子は明らかにおかしかった。

泥を吐き出しながら、老人の首がギリギリと、人間の骨格ではあり得ない角度(真後ろ)へと回転したのだ。

「あ、ああ……。聞こえる。愛しの、女王様の声が……。お前たちのお腹の中にある『私の血』を、孵化させなさいと……」

「な……ッ!?」

老人の言葉に、勇者たちの顔色が一斉に青ざめた。

お腹の中。彼らがつい先ほど、感謝と共に飲み干した『温かいスープ』。

「まさか……あのスープに、あの魔女の血が……ッ!?」

リディアが自身の喉を押さえ、えづいた。

「正解よぉぉぉッ!!」

老人の顔面が、縦に真っ二つに裂けた。

そこから、巨大な百足(むかで)のような赤黒い触手が無数に飛び出し、ランプを持っていた老人の腕を内側から食い破った。

他の生存者たちも同様だった。女も、子供も、彼らに優しく微笑みかけていた人間たちが、次々と凄惨な音を立てて肉体を破裂させ、醜悪な『肉の化け物』へと変貌していく。

「ヒィィィッ! 助けて、勇者様ぁっ! 体が、体が勝手にィィッ!!」

バケモノと化した生存者の一人が、人間の意識と声を残したまま、鋭い骨の刃となった腕を振り上げ、ジークフリートに襲いかかった。

「くそッ……! ふざけるな、やめろォォッ!」

ジークフリートは涙を振り乱しながら『魂喰いの聖剣』を振り抜き、迫り来る「元・恩人」の胴体を両断した。

斬り捨てた瞬間、また一つ、彼の脳裏から『先ほど泉で交わした仲間との温かい会話の記憶』が抜け落ちる。

「ガァァァァッ!!」

バルダスの腕に、子供の姿をした化け物が噛みついた。

「ぐぅぅぅッ!!」

痛覚が百倍に跳ね上がる加護により、バルダスは脳髄が沸騰するほどの激痛にのたうち回る。しかし、それ以上に彼の心を抉ったのは、自分の肉を噛みちぎっているのが「守りたかった人間の子供」であるという事実だった。

「殺せ! 俺たちを殺してくれ、勇者様ァ!」

「女王様、万歳! ああ、美味しい、勇者のお肉、美味しいよぉ!」

泣き叫ぶ生存者の意識と、魔物としての食欲が混濁した地獄の回廊。

勇者たちは、自分たちを回復させてくれた恩人たちを、自らの手で惨殺しなければならないという究極の精神的拷問を受けていた。

「吐き出せ、エェェルッ! あのスープを、今すぐ吐き出せェェッ!!」

リディアが絶叫する。

あのスープには、エアラの『魔族化の呪詛』が溶け込んでいたのだ。泉の力で中和されていたわけではなく、エアラが「一番絶望するタイミング」まで発動を遅らせていただけの、最悪の時限爆弾。

「――あははははっ! 最高! ねぇ、最高傑作じゃない、これ!?」

その阿鼻叫喚を、真上の玉座の間にある水晶球で見下ろしながら、エアラはベッドの上を転げ回って爆笑していた。

「『この恩は忘れない』ですって! その恩人を自分の剣で切り刻む気分はどう!? ねぇ勇者くん、どんな味がするの!?」

エアラは腹を抱え、涙を流して笑い続けている。

かつて人々を癒やした「聖女の奇跡」は、今や人々を内部からバケモノに変え、希望を抱いた勇者たちの心をへし折る「最悪の毒」として完成していた。

「……素晴らしい采配です、我が女王。彼らが地下で育んだちっぽけな絆も、これで木端微塵ですね」

アラリックは、水晶球の中で仲間を庇いながら血反吐を吐く勇者たちを、虫ケラを見るような冷たい目で見下ろした。

彼がエアラの髪を優しく撫でると、エアラは甘えるように彼の手のひらに頬を擦り寄せた。

「さあ、アラリック。前座はこれくらいで十分よ」

エアラは妖艶な瞳を細め、真紅の舌で唇を舐めた。

「彼らがこの『裏切りの回廊』を抜けてきたら……。いよいよ、あなたが直接、あの生意気な虫たちを踏み潰してあげてちょうだい」

「御意のままに」

暗闇の回廊で、正義と記憶をすり減らしながら恩人たちを惨殺する勇者たち。

彼らが命からがら辿り着く玉座には、物理的にも精神的にも絶対に勝てない、圧倒的な『絶望の権化』が待ち構えていた。

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<beens 過去作>

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