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渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第3章 狂愛の檻と血塗られた箱庭

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第32話:獣王の慟哭と、魔女の剥がれゆく皮膚

王都の地下、淡い光を放つ聖なる泉のほとり。

温かいスープで微かに生気を取り戻した勇者たちは、静寂の中で焚き火を囲んでいた。

ジークフリートが過去の記憶を失いながらも、ただ「魔王を討つ」という虚ろな決意を口にした後、重苦しい沈黙を破ったのは、巨躯の獣人バルダスだった。

「……記憶がないってのは、ある意味じゃ救いなのかもしれねェな」

バルダスは自身の硬質化した腕を見つめながら、自嘲気味に牙を剥いた。

「俺は、忘れようたって忘れられねェ。……あのバケモノどもが、俺の同胞たちを『極上の霜降り肉』として解体していったあの日の悲鳴が、今でも耳にこびりついて離れねェんだ」

彼の故郷である南の諸島連合は、魔王軍の侵攻によって真っ先に『第一・血肉供給区(家畜キャンプ)』へと作り変えられた。

獣人たちはその屈強な肉体ゆえに、労働力としてではなく「アラリックの食卓を飾る高級食材」として選別されたのだ。

「俺は見たんだ。俺の親父が、兄弟が、愛した女が……生きたまま手足を切り落とされ、あの魔王の腹に収まっていくのを。俺はただ檻の中で、自身の痛覚を百倍にするこの呪われた加護で壁を殴り続け、血反吐を吐きながら絶望するしかなかった」

バルダスはギリッと拳を握りしめた。その爪が自身の掌に食い込み、血が滲む。

「あの圧倒的な暴力の前じゃ、俺たち獣人の誇りなんて、ただの『美味しいスパイス』でしかなかった。……だから俺は、この痛覚を代償にしてでも、あの魔王の顔面に一発、俺たちの痛みを叩き込んでやらなきゃ気が済まねェんだよ」

バルダスの壮絶な過去に、誰も言葉をかけられなかった。

彼が戦闘のたびに受ける「常人の百倍の激痛」は、ただの肉体的なペナルティではない。同胞たちが生きたまま喰われた時の『痛み』を、彼自身が背負い続けるための儀式なのだ。

「……痛みを知ることは、強さへの証明よ。あなたのその傷は、決して無駄にはならないわ」

顔を隠すローブを深く被り直しながら、魔術師リディアが静かに口を開いた。

彼女の腕の隙間から覗く肌は、まるで焼かれた羊皮紙のようにボロボロに崩れ落ちている。

「私も……多くを失ったわ。かつて大陸最大の叡智が集まっていた魔法アカデミー。私たちは、あの『光の聖女』がなぜ『魔の女王』へと反転したのか、その呪いのメカニズムを解明しようとした」

リディアの声は、乾いた風のように掠れていた。

「でも、それは絶対に触れてはならない神の領域……あるいは、悪魔の深淵だった。研究を進めるうちに、アカデミーの教授や生徒たちは次々と発狂し、自らの体を内側から魔力で食い破って死んでいったわ」

リディアは自身の腕をさすりながら、震える息を吐き出した。

「私は生き残るため、そしてあの二人を倒すための『万象解析』の術式を、自分自身の皮膚に直接刻み込むしかなかったの。……でも、魔法を無効化するたびに、私の肌は一枚、また一枚と剥がれ落ちていく」

彼女がローブの下に隠しているのは、すでに皮膚の大部分を失い、赤黒い筋肉と血管が剥き出しになった凄惨な肉体だ。

彼女は「知」を求めた代償として、女としての美しさも、人としての形も、すべてを捧げていた。

「私たちは皆、神に見捨てられ、あの魔王と女王にすべてを奪われた『残りカス』よ」

リディアは痛々しい腕で、そっとバルダスの大きな手に触れた。

「でも、だからこそ……私たちには、失うものなんて何もない。この命が尽きる前に、あの二人の傲慢な玉座を必ず引きずり下ろしてみせる」

「……ああ。そうだな、リディア」

バルダスが力強く頷き、クラウディアも静かに祈りのポーズをとった。

【器の少年】エルもまた、彼らの決意の光を浴びて、その純白の魔力をさらに強く輝かせていた。

すべてを失った者たちが、地下の暗闇の中で身を寄せ合い、最後の炎を燃やし合わせる。

それは、絶望の世界に咲いた、あまりにも美しく、そして脆い『希望の絆』だった。

――しかし。

その美しい絆の輝きすらも、天上から見下ろす二人のバケモノにとっては、極上の「スパイス」でしかない。

「ふふっ……。あははははっ! 聞いた、アラリック? 『失うものなんて何もない』ですって!」

大聖堂のバルコニー。

水晶球に映る勇者たちの熱い語らいを見下ろしながら、エアラは腹を抱えて笑い転げていた。

「何も分かってないのね、あの子たち! 『これ以上失うものがない』なんて、ただの想像力不足よ。絶望の底なんて、いくらでも掘り下げてあげられるのに!」

「ええ。人間とは、どこまでいっても滑稽な生き物です」

アラリックはエアラの腰を抱き寄せ、その白い首筋に甘噛みしながら、低く残酷に笑う。

「彼らが大切に抱え込んでいるその『絆』とやらが、我々の前でどれほど無様に砕け散るか……。さあ、晩餐のメインディッシュの準備を始めましょうか、私の愛しい女王様」

「ええ。彼らのその燃え上がるような希望ごと、骨の髄まで啜ってあげるわ」

勇者たちの絆が深まれば深まるほど、魔王と女王の愉悦は増していく。

地下の泉での休息が終わりを告げる時。彼らを待っているのは、想像を絶する悪意と蹂躙の宴であった。

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<beens 過去作>

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