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渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第3章 狂愛の檻と血塗られた箱庭

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第30話:幻影の晩餐会と、暗闇に灯るひとときの奇跡

イゴールの決死の犠牲によって開かれた血の道を抜け、ジークフリートたちはついに王都グランディールの内部へと足を踏み入れた。

しかし、城壁の内側に広がっていたのは、魔物の群れや血の海ではなかった。

「……なんだ、ここは。幻術か……?」

盲目のクラウディアが白杖を震わせた。

彼らの目の前に広がっていたのは、豪奢なシャンデリアが輝く、美しい大広間だった。長いテーブルには湯気を立てる極上の料理が並び、柔らかな音楽が流れている。

そして、テーブルを囲むように座っているのは――。

「あ……。お母様……? 生きて、いたの……?」

魔術師のリディアが、顔を覆っていたローブを落として震える声を上げた。

そこには、数年前にアラリックの手によって滅ぼされたはずの、勇者たちの家族や恩人、恋人たちの姿があった。彼らは皆、生前と変わらぬ温かい笑顔を浮かべて、勇者たちを歓迎するように手招きしている。

「よく来たわね、リディア。さあ、一緒にご飯を食べましょう」

「バルダス、俺たちの仇を討ってくれるんだろう? 頼もしいぜ」

死者たちの幻影。

それは、王都全体を覆うエアラの魔力が、勇者たちの心の奥底にある「最も甘く、最も失いたくなかった記憶」を読み取り、具現化させた残酷な罠(世界)だった。

「やめろ……ッ! 幻だ、こんなものは! 俺たちの心を折るための――」

ジークフリートが『魂喰いの聖剣』を構え、幻影たちを斬り捨てようと前に出た。

その時だった。

「お兄様!」

金髪の可憐な少女の幻影が、嬉しそうに駆け寄り、ジークフリートの胸にすがりついてきた。

「よかった、ご無事だったのですね、お兄様! ずっと、ずっと待っていました……!」

少女は涙を流しながら、ジークフリートを見上げて微笑んだ。

クラウディアたち他のメンバーには、その少女が誰なのか痛いほど分かった。かつてジークフリートが「彼女の笑顔を取り戻すために魔王を討つ」と語っていた、彼が世界で一番愛していた妹の姿だ。

しかし。

ジークフリートは、すがりつく少女を見下ろし、ひどく困惑したように顔を歪めた。

「……お前は、誰だ?」

「え……?」

少女の幻影が、笑顔のまま固まった。

「なぜ、俺を兄と呼ぶ? ……俺には、お前のような妹などいない。俺は、俺は……一人で復讐のために剣を振るってきて……」

ジークフリートの目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

悲しいからではない。『何かが決定的に欠落している』という本能的な恐怖が、彼を泣かせていた。

『魂喰いの聖剣』の代償。敵を斬るたびに捧げてきた記憶の対価によって、彼はすでに「愛する妹の存在そのもの」を完全に忘却してしまっていたのだ。

「お兄、様……? 嘘でしょう? 私です、私を忘れてしまったのですか……!?」

「離れろ! 俺に触るなッ! 俺の頭の中を、ぐちゃぐちゃにするなァァッ!!」

ジークフリートは半狂乱になり、すがりつく妹の幻影を力任せに突き飛ばした。

自分が何のために戦っているのか、誰を愛していたのか。それを失った男に、幸せな過去の映像を見せつけること。これ以上ない究極の精神的拷問だった。

「あァァァァァッ!!」

聖剣を乱滅に振り回し、自らの頭をかきむしりながら絶叫するリーダーの姿に、残された勇者たちの心も折れかけた。

(……もう、駄目だ。私たちは、あの魔王の玉座にたどり着く前に、こうして狂い死ぬんだ)

クラウディアが絶望に膝をつきかけた、その瞬間。

「――恐れないで、皆様。まだ、光は死んでいません」

突如、澄んだ少年の声が大広間に響き渡った。

勇者パーティの最終兵器である【器の少年】エルだった。

エルが胸の前で両手を組んで祈りを捧げると、彼の中から目も眩むような『純白の光』が溢れ出した。

それは、エアラの瘴気を中和し、幻影たちを温かい光の粒子へと還していく本物の「神の奇跡」だった。

「エル……! お前、その力は……!」

「僕の中にある『神の欠片』を解放しました。ここはもう安全です。……見てください」

エルの光によって幻術が晴れた大広間の奥。そこには、王都の地下へと続く隠し通路が存在していた。

そこから、数名の『人間の生存者たち』が恐る恐る顔を出したのだ。

「あ、あなた方は……外から来たのですか?」

生存者の一人である老人が、涙を流してジークフリートの手に触れた。

「神よ、感謝します! 私たちは王都の地下で、魔の目を逃れてずっと身を潜めていたのです。……さあ、早くこちらへ! 地下には、かつての聖女様(エアラ)が遺された『聖なる泉』があります。そこで傷を癒やしてください!」

「生存者が、いたのか……!」

バルダスが驚喜の声を上げる。

エルの奇跡の光と、王都の地下で耐え抜いていた人々の存在。それは、圧倒的な絶望の中で溺れかけていた勇者たちにとって、間違いなく「反撃の希望」だった。

「……まだ、終わってねェ。俺たちの戦いは……ッ!」

ジークフリートは薄れゆく意識の中で、生存者たちに肩を貸されながら地下室へと降りていった。

しかし。

その「希望の光」すらも。

「……ふふっ。あははははっ!」

遥か上空、大聖堂のバルコニーから見下ろしていたエアラは、クスクスと肩を揺らして笑っていた。

「見た、アラリック? あの作られた勇者くん(エル)、私の古い魔力の残滓に反応して、一生懸命『聖域』を作ってたわ。それに、あの地下のネズミ(生存者)たち……」

エアラはアラリックの首に腕を回し、妖艶に微笑む。

「私がわざと、彼らが地下に逃げ込むのを見逃して『飼って』おいてあげた甲斐があったわ。絶望の底で『本物の希望』を見つけた時の、勇者達の顔……最高に美味しそうだった」

「ええ。よく熟成されていますね、エアラ」

アラリックは、勇者たちが逃げ込んだ地下へと続く床を、真紅の瞳で透かして見下ろした。

彼らにとって、勇者たちの反撃の糸口すらも、自らが用意した「舞台装置」でしかない。

「ゆっくりと休ませてやりましょう。希望という名の『最後の晩餐』を味わわせた後……明日、彼らの全てを私が踏み躙って差し上げます」

魔王の残酷な笑い声が、夜の王都に低く響き渡った。

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<beens 過去作>

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