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渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第1章 蜜の枷と堕ちた騎士

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第2話:血の余韻と変貌の朝

翌朝。アラリックは、廃教会の冷たい石畳の上で目を覚ました。

地下室のひび割れた天井から、一条の朝日が差し込んでいる。かつてなら神の祝福のように感じたその光が、今は薄皮を焼かれるようにじりじりと鬱陶しい。

「……あ、……」

身を起こそうとして、アラリックは自身の異変に気づいた。

昨夜まで彼を苦しめていた、血管を這い回るような呪いの激痛が嘘のように消え去っている。それどころか、体が羽のように軽く、内側から底知れぬ力が湧き上がってくるのを感じた。

視界が異様にクリアだ。

薄暗い地下室の隅で蠢く蜘蛛の足音や、空気中を舞う埃の軌跡さえも、手に取るように把握できる。

彼は自身の両手を見下ろした。泥と血にまみれていたはずの肌は、不気味なほどに青白く滑らかに変質し、指先にはわずかに黒く硬質な爪が伸びている。

そして何より――彼の足元には、彼自身を拘束していたはずの太い鉄の鎖が、飴細工のように引きちぎられ、無残な破片となって転がっていた。

「……ッ!!」

その鉄屑を見た瞬間、昨夜の記憶が濁流のようにアラリックの脳を打ち据えた。

自らを抑えきれず鎖を千切り、暗闇の中で押し倒した、柔らかく温かい体。

無防備な首筋。突き立てた牙。

口腔を満たした、あの狂おしいほどに甘美で、脳が溶けるような熱い血の味。

「私は……、私は、なんてことを……!」

アラリックは自身の顔を両手で覆い、獣のようなうめき声を上げた。

命に代えても守ると誓った光の聖女。その穢れなき身体に牙を立て、あろうことかその命を貪ってしまったのだ。騎士としての絶対的な禁忌。人間としての完全なる敗北。

「死ななければ……。こんな化物に成り果てた私は、彼女をこれ以上汚す前に……ッ」

床に落ちていた己の短剣に手を伸ばそうとした、その時だった。

「だめですよ、アラリック様。あなたが死んでしまったら、私の『痛み』が無駄になってしまいますわ」

階段の影から、静かな声が響いた。

エアラだった。彼女は昨日と同じ純白の修道服を着ていたが、その細い首筋には、生々しい純白の包帯が巻かれている。

「エアラ……! ああ、なんという……私は、君に……!」

アラリックは這いつくばるようにして彼女から距離を取ろうとした。

顔を合わせられない。自分の犯した大罪の証であるその包帯を見るだけで、胸が張り裂けそうだった。

だが、それと同時に。

包帯の奥から微かに漂う、あの『甘い匂い』に反応して、アラリックの喉が「ヒュッ」と情けない音を立てて鳴ってしまった。

(違う、私は……欲しているわけじゃない。あんな恐ろしい真似は、二度と……!)

理性が激しく拒絶するのに、体は正直だった。牙が疼き、口内に生唾が湧く。

自らの浅ましい渇望に絶望するアラリックの前に、エアラは静かに跪いた。

そして、逃げようとする彼の頬を、両手で優しく、しかし逃げ場のない力で包み込んだ。

「ごめんなさいね。私の力が足りないばかりに、あなたにこんな『苦しい食事』をさせてしまって」

「違う! 私が愚かなのだ、私が……呪いに負けて、君を傷つけた……!」

「いいえ。あなたは私を救ってくれたのですよ」

エアラは、泣き出しそうなアラリックの額に、そっと自身の額を重ねた。

彼女の体温が触れた瞬間、アラリックの背筋を、罪悪感を塗り潰すほどの強烈な安堵と快感が突き抜けた。彼女に触れられているだけで、細胞の隅々までが歓喜に震え上がる。

「あの呪いを抑え込むには、もうこの方法しかないのです。……誰にも言えない、私たちだけの秘密の治療。あなたはこれからも、私が与えるものを飲み、私のために剣を振るう。……そうでしょう?」

それは慈悲を装った、完全なる「支配の宣告」だった。

彼女の瞳の奥にある、底なしの昏(くら)い愉悦に、アラリックは気づけない。

ただ、彼女の血の匂いと、許しを与えられるエクスタシーに溺れ、彼は無意識のうちにすり寄るように彼女の手に自身の頬をこすりつけていた。

「はい……。私は、あなたの剣です。あなたの……仰せのままに……」

誇り高き騎士が、一匹の従順な獣へと成り下がった瞬間だった。

「隊長! アラリック隊長、地下にいらっしゃるのですか!?」

突然、地上の礼拝堂から、部下の騎士たちの焦ったような声が響いた。出発の時間が来たのだ。

アラリックはハッと我に返ったが、エアラは微笑みを崩さない。彼女は自らの包帯を修道服の高い襟で隠し、アラリックの耳元で淫らに囁いた。

「さあ、行きましょうか。私の立派な『人間の騎士』さん」

アラリックは立ち上がった。

その背中に張り付いた冷たい汗は、罪の意識から来るものか、それとも、この恐ろしくも甘美な共犯関係に対する武者震いか、彼自身にももう分からなかった。

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<beens 過去作>

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