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渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第3章 狂愛の檻と血塗られた箱庭

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第25話:女王の洗礼、あるいは肉ト精神ノ崩壊舞踏

王都グランディールの夜が明け、薄ら寒い太陽が地平線から顔を出した。

それを合図に、包囲していた十万の十字軍が一斉に動き出した。

「全軍、突撃ィッ!! 王都を巣食う魔を払え! 聖なる光の御名のもとに!!」

地鳴りのような進軍の音が響き渡る。数千の魔術師による支援砲撃が王都の結界を揺るがし、重装歩兵の波が、雪崩のように正門へと押し寄せた。

「……チッ。数だけは多いな、羽虫どもが」

門の内側で、副官レオン率いる「白銀の亡霊(魔王軍)」たちが応戦する。彼らは不死身に近い肉体と狂信的な士気で奮戦するが、多勢に無勢。結界にヒビが入り、正門が破られるのも時間の問題かと思われた、その時だった。

カツン、カツン……

戦場の喧騒を切り裂いて、大聖堂の最上階にあるバルコニーから、優雅な足音が響き渡った。

「――あら。随分と賑やかだこと。私の可愛い『箱庭』で、何のお祭りかしら?」

戦場にいた十字軍の兵士たちの視線が、一斉に上空へと向けられた。

バルコニーの手すりに、一人の女性が優雅に腰掛けていた。

かつて純白だったドレスは、アラリックとの終わらない儀式によって、ドス黒い血の色に染まりきっている。毛先が夜の闇のように黒く変色した長い髪が風になびき、その美貌は、聖女時代の清らかさとは対極にある、見る者を狂わせるような禍々しい妖艶さを放っていた。

そして、その傍らには、全身から真紅の瘴気を噴き上げる魔王アラリックが、巨大な影のように寄り添っている。

「せ、聖女エアラ様……!? 魔物に捕らえられていたのですか!」

「ご安心ください! 今すぐに我々が助けに――」

事情を知らない前線の騎士たちが、彼女を救おうと声を上げた。

エアラはそんな彼らを見て、退屈そうに欠伸を噛み殺した。

「ねえ、アラリック。彼ら、私を『人間側(あちらがわ)』に戻そうとしているみたいよ?」

「ククッ……。滑稽ですね。我々の愛の巣を土足で踏み荒らそうとする羽虫が、何を寝言を」

アラリックがエアラの腰を抱き寄せ、その首筋に甘噛みする。

戦場を見下ろしながらイチャつく二人の姿に、十字軍の兵士たちは言葉を失った。

「……さて。せっかく集まってくれたのですもの。私が直々に『新しい命』を与えてあげなくてはね」

エアラは妖艶に微笑むと、バルコニーからゆっくりと立ち上がり、眼下の軍勢に向かって、歌うように両手を広げた。

「――受け入れなさい。私の可愛い、新しい『種』たちよ」

エアラの紅い唇から、目に見えない「呪いの波紋」が放たれた。

それはかつての癒やしの奇跡が反転した、広範囲の生物の遺伝子情報を強制的に書き換える、最悪の『魔族化の呪詛』だった。

ドクンッ!!

最前線で門をこじ開けようとしていた数万の兵士たちの心臓が、一斉に嫌な音を立てて跳ねた。

「あ、が……っ!? な、なんだ、体が、熱い……!」

「腕が……俺の腕が……ッ!」

先頭にいた騎士が、自身の右腕を押さえて悲鳴を上げた。

彼の腕の血管がミミズのように黒く浮き上がり、皮膚を突き破って、硬質な「鱗」が生え始めたのだ。

「ひ、ひいぃっ!? なんだこれは! 助けてくれ、光の神よ! 浄化を、浄化をォォッ!」

祈りは届かない。変化は急速に全身へと広がっていく。

鋼鉄の鎧が、内側から膨張する肉体に耐えきれず、嫌な金属音を立ててひしゃげていく。

メキメキッ、バキィンッ!!

「ギャアアアアアッ!!」

絶叫が戦場を包んだ。

ある者は、兜が弾け飛び、頭蓋骨が異様に隆起して角が生えた。

ある者は、背中から蝙蝠のような皮膜の翼が、肉を裂いて飛び出した。

ある者は、口が耳まで裂け、人間の言葉を話せない口腔構造へと作り変えられた。

「いやだ、いやだァッ! 俺は人間だ、誇り高き聖騎士だ! こんな、こんな化物になんて……ッ!」

「精神(こころ)が、食われる……! 誰か、俺を殺してくれ! 俺が『俺』でなくなる前にィィッ!!」

肉体の崩壊と、それ以上の精神的な恐怖が彼らを襲う。

自らの体が醜悪な魔物へと変わっていく様を、意識があるまま見せつけられる地獄。光への信仰が、人としての尊厳が、エアラの放つ甘い毒によってドロドロに溶かされていく。

「あはははっ! 見て、アラリック! まるでポップコーンみたいに弾けていくわ! 素敵な音!」

エアラはバルコニーの手すりに身を乗り出し、眼下の阿鼻叫喚を見て、少女のように無邪気に笑い転げた。

かつて人を癒やしていた聖女が、今や人が人でなくなる様を、最高の娯楽として楽しんでいる。

「……少し、騒がしすぎますね。私の女王の『お遊び』を邪魔する雑音は消しましょう」

アラリックが、鬱陶しそうに鼻を鳴らした。

後方から、味方の惨状に混乱しながらも魔法を放とうとする魔術師部隊に向けて、彼は軽く腕を振るった。

発生した圧倒的な魔力の暴風が、数千人の魔術師たちを肉片に変え、物理的に黙らせた。

そして数分後。

王都の前に広がっていた十万の「人間の軍勢」は、跡形もなく消滅していた。

代わりにそこにいたのは、異形の肉体を持った十万の「新生魔王軍」だった。

彼らの瞳からは知性の光が失われ、ただ、バルコニーに立つ真紅の女王への、絶対的な服従の色だけが浮かんでいる。

「グルゥゥッ……ォォォ……」

地を揺るがすような、魔物たちの低い唸り声。

かつての同胞の肉片が散らばる血の海の中で、彼らは一斉にバルコニーに向かって跪いた。

「……ふふっ。いい子たちね。私の新しい『騎士団』」

エアラは満足げに、眼下に広がる異形の絨毯を見下ろした。

「さあ、行きなさい。世界中に散らばる、まだ人間のままでいる哀れな者たちに、私と同じ『福音』を届けてあげるのよ」

女王の残酷な命令が下る。

十万の魔物の群れが、一斉に咆哮を上げ、世界の国々へと散っていった。

それは、人類の時代の終わりと、魔王と女王による恐怖の支配が始まったことを告げる、絶望のファンファーレだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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これからも熱い展開をお届けします!

よろしくお願いします!


<beens 過去作>

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