第24話:滅びの星屑と、終わらない真紅の蜜月
王都グランディールを囲む平原は、無数の松明の灯りによって、まるで地上の星空のように埋め尽くされていた。
「教皇領だけではない。西の帝国、南の諸島連合からも軍が到着したぞ」
「その数、およそ十万。……いかに白銀の亡霊どもが恐ろしくとも、これだけの光の軍勢(十字軍)を前にしては、ひとたまりもないだろう」
教皇領が発した『魔王討伐』の檄に呼応し、全世界から集結した人類の連合軍。彼らは王都を完全に包囲し、夜明けと共に始まる総攻撃の時を、固唾を呑んで待ち構えていた。
彼らの目には、王都を覆う禍々しい黒雲が、世界の終わりそのもののように映っている。
だが。
その「世界の終わり」の中心――大聖堂の最上階の寝室には、外の喧騒など欠片も届いてはいなかった。
――チュッ、ジュクッ、……ンッ。
分厚い防音の魔法結界に守られた室内を満たしているのは、ひどく甘く、そして卑猥な水音だけだった。
「あ……んっ、はぁっ……! アラ、リック……もっと、もっとよ……っ」
真紅の天蓋ベッドの上。
かつて光の神に愛された純白の聖女は、今や完全に『夜の眷属』としての本性を剥き出しにしていた。
毛先が漆黒に染まった長い髪が、乱れたシーツの上に散らばっている。雪のように白かった肌は、魔力によって青白いほどの透明感を帯び、その首筋や鎖骨、豊満な胸元には、数え切れないほどの赤黒い『噛み跡』が刻み込まれていた。
「……ハァッ、素晴らしい……。何度味わっても、貴女の血は甘い。それに……」
彼女の上にのしかかるアラリックが、血に濡れた鋭い牙を引き抜き、獣のように喉を鳴らした。
「もう、どれだけ強く噛みちぎっても……貴女は壊れない。この絶対的な器、まさに私のための至高の芸術だ」
アラリックの凶悪な爪がエアラの柔らかな太ももに深く食い込み、そこから血が滲む。
しかし、かつての人間だった頃のような「死の恐怖」や「耐え難い激痛」は、今のエアラには微塵もなかった。吸血鬼(魔族)として再構築された彼女の肉体は、与えられた傷を一瞬で塞ぎ、その痛みをすべて『脳髄を焦がす快楽』へと変換してしまうのだ。
「ええ……っ。だから、我慢なんてしなくていいのよ、私の可愛い駄犬……っ」
エアラは蕩けた瞳で彼を見上げると、自らもまた、その小さな唇から鋭い二本の牙を覗かせた。
そして、アラリックの鋼鉄のように硬い首筋へと、躊躇なくその牙を突き立てる。
ブチュッ!!
「グッ……! ぁぁ……ッ、エアラ……!」
アラリックの巨体が、快楽に大きく跳ねた。
彼女が吸い上げているのは、ただの血ではない。魔王としての膨大な『魔力』そのものだ。
アラリックがエアラの甘い人間の血(残滓)を貪り、エアラがアラリックのどす黒い魔力を吸い上げる。互いの体液と魔力を循環させ、無限に高め合う、終わりのない淫らな永久機関。
人間の限界を超えたこの交わりは、すでに三日三晩、一睡もすることなく続けられていた。
その時。
寝室の分厚い扉の向こうから、控えめなノックの音が響いた。
『――真王よ。恐れながら、報告申し上げます』
扉越しに聞こえてきたのは、副官レオンの平坦な声だった。
『十字軍の包囲が完了いたしました。総勢十万超。……夜明けと共に、大聖堂への一斉砲撃と突撃が開始される模様です』
世界が彼らを殺しにくる。
普通の人間であれば、絶望に泣き叫ぶか、剣を取って慌てふためくような破滅の報告。
しかし、ベッドの上の二人の動きが止まることはなかった。
「……レオン。私が『邪魔をするな』と言ったのが、聞こえなかったのか」
アラリックが、エアラの首筋に顔を埋めたまま、ひどく苛立った重低音で返した。
十万の軍勢など、彼にとっては窓辺を飛ぶ羽虫ほどの脅威ですらない。ただ、愛する女王との交尾の時間を邪魔されたことへの不快感だけが、どす黒い殺意となって部屋を満たす。
『申し訳ありません。ですが、結界の維持に――』
「いいわ、アラリック」
苛立つ魔王の頬を、エアラの両手が優しく、そして傲慢に包み込んだ。
彼女の口元は、アラリックの血で妖しく赤く染まっている。
「虫けらどもが何十万集まろうと、勝手に外で凍えさせておけばいいのよ。……それより、私はまだ喉が渇いているの。あなたが外の相手をするのは、私を完全に満足させてからになさい」
エアラは悪女のように微笑み、アラリックの胸ぐらを掴んで、再び自らのベッドへと引きずり込んだ。
「……ハッ。御意のままに、私の美しき女王様」
アラリックはレオンへの返事もそこそこに、エアラの甘い命令に服従し、再び彼女の柔らかな肉体へと牙を立てた。
外の世界がどれだけ燃え上がろうと、知ったことではない。
この閉ざされた箱庭の中だけが、彼らにとっての全世界。圧倒的な暴力に守られた、退廃と狂気の「終わらない夜」。
王都の空が白み始め、十万の軍勢が一斉に進軍の鬨の声を上げる中。
大聖堂の最上階では、魔王と堕ちた聖女の、世界を置き去りにした狂った嬌声だけが、甘く響き続けていた。
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<beens 過去作>
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