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渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第3章 狂愛の檻と血塗られた箱庭

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第23話:紅蓮の杯、あるいは永遠を誓う堕ちた白雪

下界の凄惨な殺戮劇が終わってから数分後。

大聖堂の最上階、分厚い扉が静かに開かれ、濃密な血の匂いを纏った巨躯が寝室へと足を踏み入れた。

「……ただいま戻りました。随分と、騒がしくしてしまいましたね」

アラリックは、純白のシャツにべったりとこびりついた恩師(ヴァンデル)の返り血を鬱陶しそうに払いながら、ベッドの傍らに立つひとつの影を見つめた。

バルコニーから戻ってきたばかりのエアラは、ガタガタと微かに肩を震わせていた。

恐怖ではない。眼下で繰り広げられた、かつて自分たちを縛り付けていた「絶対的な正義(光)」が、自分の飼い犬の圧倒的な暴力によって無惨に蹂躙される光景。

その理不尽なまでの『力の差』を前に、彼女の胎の奥は、これまでにないほど激しく、甘く疼いていたのだ。

「……アラリック」

エアラはふらつく足取りで彼に近づくと、血に塗れた巨大な手を取り、自らの柔らかな頬へと押し当てた。

「エアラ? いけません、血で汚れてしまう。すぐに洗い落として――」

「いいの。……ああ、なんて熱くて、恐ろしい手なの」

エアラは陶酔しきった瞳で、アラリックの顔を見上げた。

恩師を惨殺したばかりの彼の瞳には、まだ禍々しい真紅の殺意が燻っている。人間であれば直視しただけで発狂しかねないその眼光に、彼女は吸い込まれるように見入っていた。

「ねえ、アラリック。私、気づいてしまったの」

「……何にですか?」

「私はただの人間よ。いくら奇跡の代償(カルマ)をあなたに吸い出してもらっても、いずれは老いて、醜くなって、そして死んでしまう。……脆くて、薄っぺらなガラス細工」

エアラは自身の真っ白な首筋――彼が幾度も牙を立て、キスマークと噛み跡で赤黒く爛れたその場所を、自らの爪でなぞった。

「私が死んだら、あなたはどうするの? 私の血なしで、あなたのその底なしの渇きは、一体誰が満たしてくれるの?」

「……そんなこと、考えたくもありません。もし貴女が死ぬのなら、私はこの世界をすべて燃やし尽くして、貴女の魂を地獄の底から引きずり戻すだけです」

一切の迷いなく放たれた、狂気と愛が入り混じった言葉。

その圧倒的な執着に触れ、エアラの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。

「ふふっ……本当に、どうしようもない駄犬ね」

エアラは背伸びをし、彼の裂けたような恐ろしい口元に、そっと自らの唇を重ねた。

鉄錆の味。魔王の毒。そして、抗いがたい熱。

「……私を、ただの人間で終わらせないで」

唇を離したエアラは、懇願するようにアラリックの胸ぐらを掴んだ。

「私を、あなたと同じ『化物(バケモノ)』にして。私の血も、肉も、魂も……全部あなたの毒で作り変えて。永遠に、あなたのその渇きを満たし続けるための『器』にしてちょうだい!」

それは、光の神に仕える聖女が、自ら悪魔との契約を望むという、究極の冒涜であり堕落だった。

しかし、アラリックにとって、それ以上の至福の言葉は存在しなかった。

「……本気ですか。神の愛を捨て、魔の眷属に堕ちるということは、二度と太陽の下を歩けなくなるということです。それに、全身の血が沸騰し、魂が作り変えられる激痛は、人間には耐え難い」

「馬鹿にしないで。私が誰だと思っているの? ……私は、魔王を飼い慣らす唯一の女よ。その程度の痛み、あなたが私に与えてきた『悦び』に比べれば、何でもないわ」

傲慢に、不敵に笑う彼女の美しさに、アラリックの理性の糸が完全に焼き切れた。

「ハァッ……! ええ、そうです。貴女は私の、たった一人の……ッ!!」

アラリックは自身の腕に鋭い爪を突き立て、真黒な魔力が渦巻く『魔王の血』を滲ませた。

そして、その血が滴る腕を、エアラの口元へと押し当てる。

「さあ、飲み干してください。私の毒を、貴女の隅々にまで行き渡らせて」

「んっ……、あ……っ!」

エアラは小さな口を開き、彼の傷口から溢れ出す熱い血を、貪るように啜り始めた。

ゴクン、ゴクンと、喉を鳴らして飲み下す。

直後。

「あ……がぁッ!? ぁ、あああああああァァッ!!」

エアラの全身が、見えない炎に包まれたように激しく痙攣した。

彼女の体内に残っていた微かな『光の加護』が、侵入してきた圧倒的な『魔の瘴気』と激突し、細胞の奥底から肉体を破壊し、そして再構築していく。

背中が裂けそうに痛み、心臓が破裂するような激痛。

「痛い……っ! アラ、リック……! 体が、燃えちゃう……っ!」

「耐えてください。今、私が……貴女を新しい世界へ導く」

アラリックは狂乱して暴れる彼女を強く抱きしめ、そのうなじへと深く、深く牙を突き立てた。

彼が彼女の古い人間の血を吸い出し、同時に、噛み跡から自身の魔力を直接注ぎ込んでいく。

破壊と再生。苦痛と快楽。

二つの相反する感覚が、エアラの脳髄を真っ白に染め上げた。

「あ、あぁぁ……っ、ん、あぁッ……!!」

やがて、彼女の絶叫は、聞いたこともないほど甘く、淫らな嬌声へと変わっていった。

純白だった彼女の髪の毛の先が、夜の闇を溶かしたような漆黒へと染まっていく。

そして、血に塗れた唇の隙間からは、アラリックと同じ、鋭く美しい二本の『牙』が覗いていた。

光は完全に死に絶えた。

王都の最も高い場所で、永遠の命と、終わらない渇きを共有する『魔王と真紅の女王』が、ここに誕生したのだった。

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<beens 過去作>

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