第22話:砕け散る聖剣、そして無慈悲なる絶対悪
王都の正門前広場。
教皇領最強の剣聖、ヴァンデルの全身から立ち昇る神聖力は、暗く沈んだ王都の空に巨大な光の柱を打ち立てていた。
「おお……! 剣聖様の『天光裁断』だ!」
「いかなる魔物も一刀に付す、神の奇跡の具現……ッ!」
背後に控える聖騎士たちが、その神々しい輝きに祈りを捧げる。
ヴァンデルの構えた白銀の聖剣は、凝縮された光のエネルギーによって元の数倍の大きさに膨れ上がり、周囲の石畳がその熱と圧力だけでチリチリと崩壊していく。
「アラリック……かつて我が誇りであった、哀れな教え子よ。せめて私の手で、お前の魂を光の元へ還そう!」
「――おおおおおォォォッ!!」
ヴァンデルが地を蹴った。
音置き去りにする神速の踏み込み。歴戦の技術と、揺るぎない信仰心、そして己の全生命力を乗せた、物理と魔術の頂点とも言える必殺の一撃。
巨大な光の刃が、アラリックの巨体を真っ二つに両断すべく、脳天へと振り下ろされた。
直撃の瞬間、凄まじい閃光が広場を飲み込んだ。
「やったか……!?」
聖騎士たちが歓喜の声を上げかけた、次の瞬間。
「……随分と、冷たい光だな。老いぼれ」
光の奔流の中心から、退屈しきったような重低音が響いた。
「な、に……!?」
ヴァンデルの目が見開かれた。
閃光が晴れた視界。そこには、振り下ろされた神聖なる光の刃を、アラリックが『素手』で――それも、欠伸を噛み殺すような気怠い表情で、片手で鷲掴みにしている姿があった。
「ば、馬鹿な……!? 我が命を削った神聖力だぞ!? なぜ、魔に堕ちた貴様の肉体が消滅しない!」
「消滅? この程度の火遊びでか?」
アラリックの口元が、耳まで裂けるように吊り上がった。
彼が掴んでいる光の刃の周囲から、どす黒い真紅の瘴気が溢れ出し、ヴァンデルの純白の神聖力を『喰らい』始めたのだ。
シュゥゥゥッ、と光が黒く変色し、蒸発していく。
「技術。信仰。正義。……下らない。そんな脆いもので、俺を満たせるわけがないだろう」
アラリックの腕の筋肉が、丸太のように膨張した。
「俺を焼き焦がすのは、あのお方の甘く残酷な『毒』だけだ。貴様らの安い光など、ただの泥水に等しい」
メキキッ……! バキィィィィンッ!!
信じられない音が響いた。
アラリックがギリッと掌に力を込めた瞬間、絶対に砕けないはずの聖剣の刀身が、ガラス細工のように無残に粉砕されたのだ。
「あ……」
ヴァンデルの口から、絶望の吐息が漏れた。
剣が砕かれたのではない。自分の人生、正義、光の神への信仰、そのすべての価値が、目の前の理不尽な暴力の前に「無意味なゴミ」として握り潰されたのだ。
「さて。早く、あのお方の温かいベッドに戻りたいのでね。……退場しろ、恩師殿」
アラリックは、呆然と立ち尽くすヴァンデルの胸ぐらを片手で掴み上げると、空いた右手を槍のように真っ直ぐに突き出した。
ドスゥッ!!
「が、はっ……」
白銀の分厚い胸当てを紙のように貫通し、アラリックの凶悪な爪がヴァンデルの背中から突き抜けた。
その手には、まだドクドクと脈打つ老騎士の心臓が握られている。
「団、長……?」
「あ、あああ……っ! 剣聖様が、一撃で……!?」
背後の聖騎士たちが、恐慌状態に陥り、武器を取り落とした。
アラリックはヴァンデルの心臓を無造作に握り潰すと、その遺体をゴミのように石畳へ放り投げた。
血に濡れた手を鬱陶しそうに払いながら、彼は震え上がる聖騎士たちを一瞥する。
「レオン。残りのゴミの掃除は任せる。……一匹たりとも、生かして帰すな。この王都の静寂を乱した罪、その命で償わせろ」
「はっ! 御意のままに、我らが真王よ!!」
立ち上がったレオンをはじめとする白銀の亡霊たちが、絶望して逃げ惑う聖騎士たちへ、飢えた獣のように飛びかかっていった。
もはや戦闘ではない。それは、上位存在による一方的な「屠殺」だった。
悲鳴と血しぶきが舞い散る広場を背に、アラリックはゆっくりと大聖堂へと歩みを進める。
視線の先、遥か上空のバルコニーでは、純白のドレスに黒いチョーカーを巻いた聖女が、頬を紅潮させて下界の惨劇を見下ろしていた。
彼女の瞳にあるのは、慈愛ではなく、自分に絶対的な暴力を捧げる魔王への、狂おしいほどの愛欲と熱情。
(待っていてください、私の聖女様。すぐに貴女の元へ戻りましょう)
アラリックの口元に、甘く残酷な笑みが浮かんだ。
正義は死に絶えた。ここからは、誰にも邪魔されない、本当の『魔王と聖女の狂宴』が始まるのだ。
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<beens 過去作>
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