第21話:裁きの閃光と、笑う魔王
王都グランディールの正門前。
常に重苦しい雲と雪に覆われていた王都の空に、突如として、目を射るような「純白の閃光」が突き刺さった。
「ぐ、あああっ……!」
光の直撃を受けた数名の『白銀の亡霊(魔王軍の騎士)』たちが、苦悶の叫びを上げて石畳に膝をつく。彼らの身体から立ち昇っていた禍々しい瘴気が、その光に触れた途端、ジュウジュウと焼け焦げる音を立てて浄化されていく。
「……嘆かわしい。誇り高きグランディールの騎士たちが、かくも醜悪な闇に呑まれているとは」
閃光の只中から、重厚な足音と共に一人の老騎士が姿を現した。
白銀の全身鎧に、教皇領の最高位を示す『太陽の十字章』が刻まれたマント。白髪混じりの顎髭と、歴戦の猛者であることを示す鋭い眼光。
教皇領・第一聖騎士団団長であり、かつてアラリックに剣を手ほどきした恩師――「剣聖」ヴァンデルである。
「教皇猊下の命により、大教主ボルドー暗殺の首謀者を討ちに参った。……そこを退け、闇に堕ちた哀れな亡霊ども」
ヴァンデルが静かに聖剣を抜くと、その刀身から溢れ出した圧倒的な『神聖力』が、王都の冷たい空気を一瞬で灼き払った。彼が引き連れてきた数十名の聖騎士たちもまた、一糸乱れぬ動きで包囲陣を敷く。
彼らは、ボルドーのような腐敗した小悪党ではない。本物の信仰と鍛錬によって磨き上げられた、真なる「光の代行者」たちだった。
「……退くわけには、いかない」
光の圧に肌を焼かれながらも、副官レオンが漆黒の剣を杖代わりにして立ち上がった。
その虚ろな瞳には、痛みに対する恐怖はない。ただ、自らが心酔する『魔王』への狂信的な炎だけが燃えている。
「我らが真王の……美しき箱庭を、貴様らのような光で、汚させるものかァッ!」
レオンが狂乱の雄叫びと共に地を蹴り、ヴァンデルの首魁へと斬りかかる。
常人ならば目で追うことすら不可能な、魔の力で強化された神速の一撃。
しかし。
ガァァンッ!!
「――遅い。剣に迷いがあるぞ、若造」
ヴァンデルは表情一つ変えず、聖剣の腹でレオンの必殺の一撃を軽々と弾き返した。
そのまま流れるような動作で放たれた聖なる蹴りが、レオンの腹部を深々と抉る。
「がはっ……!」
レオンの身体は紙くずのように宙を舞い、城壁に激突して血を吐いた。
圧倒的な格の違い。腐敗した異端審問官たちを屠ってきたレオンたちの力をもってしても、本物の「剣聖」の前では児戯に等しかった。
「哀れな。君たちをここまで歪めた元凶……大教主を殺した『悪魔』は、どこにいる。私がこの手で浄化して――」
ヴァンデルが聖剣を振り上げ、レオンの首に止めを刺そうとした、その時だった。
ドォォォォンッ……!!
突如、王都全体が、まるで巨大な心臓の鼓動のように脈打った。
ヴァンデルの放っていた神聖な光が、インクを零されたように一瞬で「黒」に塗り潰される。
息が詰まるような、絶対的な死の気圧。
「……騒々しい。愛しい人のまどろみを、邪魔する気か」
王都の最も高い場所、大聖堂のバルコニーから。
ひとつの巨大な影が、音もなく門前の広場へと『降ってきた』。
ズドォンッ!!
大理石の石畳がクレーターのように粉砕され、土煙が舞い上がる。
その中心からゆっくりと立ち上がったのは、全身からどす黒い真紅の瘴気を立ち昇らせる巨漢――アラリックだった。
彼はまだ寝室から出てきたばかりなのか、純白のシャツは胸元がはだけ、その首筋にはエアラにつけられた真新しい爪痕がいくつも残っている。
「ア、アラリック……!? 生きていたのか!?」
ヴァンデルの冷静な仮面が、驚愕に剥がれ落ちた。
かつての愛弟子。誰よりも高潔で、真っ直ぐに光の神を信仰していた不器用な青年。
しかし今、目の前に立っているのは、口が耳まで裂け、真紅の眼光をギラギラと燃え盛らせる『おぞましい異形』だ。
「……久しぶりだな、老いぼれ」
アラリックは、恩師の顔を見ても何の感慨も湧かなかった。
ただ、自分が今朝までエアラの柔らかな肌を貪っていた至福の時間を邪魔されたことへの、底知れぬ苛立ちと殺意だけが渦巻いている。
「ば、馬鹿な……。大教主を殺し、この王都を血で染め上げた悪魔の正体が、お前だというのか! なぜだ、アラリック! なぜお前ほど高潔な騎士が、このような闇に……!」
悲痛な叫びを上げるヴァンデル。
彼にとって、アラリックの変貌は理解不能な絶望だった。
だが、アラリックは腹の底から、獣のような低い笑い声を上げた。
「ククッ……ハハハッ! 高潔? 光の神? ……下らない。そんな幻を信じていたから、俺はあの雪山で死にかけたのだ」
アラリックは自身の巨大な牙を剥き出しにし、ヴァンデルに向かって一歩踏み出した。
「俺を満たしてくれるのは、神の愛ではない。あの方の甘い血と、俺を縛る極上の鎖だけだ。……お前たちの安っぽい光で、俺たちの『夜』を照らすな」
かつての師弟の情など微塵もない。
あるのは、魔王としての圧倒的な暴力と、聖女への歪んだ執着だけ。
「……そうか。お前はもう、人間ではないのだな。ならば我が聖剣にかけて、お前を討つ!」
ヴァンデルが悲痛な決意と共に、持てる最大の神聖力を聖剣に込め、白銀の流星となってアラリックへと突進する。
笑う魔王と、涙を流す剣聖。
王都の正門前で、かつてない次元の死闘の幕が切って落とされた。
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