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渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第3章 狂愛の檻と血塗られた箱庭

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第17話:金箔の豚箱と、這いずる権力者

王都の中心、大聖堂の最も安全な区画にある大教主ボルドーの私室。

金糸の刺繍が施された天蓋付きの豪奢なベッドで、ボルドーは不快な寒さに目を覚ました。

「……おい。暖炉の火が消えているぞ。当直の者は何をしている」

苛立たしげに声を上げるが、返事はない。

常に部屋の隅に控えているはずの、教皇直属のエリート護衛騎士たちの気配すらなかった。

ただ、むせ返るような「鉄錆の臭い」だけが、高級な香水の香りを塗り潰して部屋中に充満している。

「おい、誰かおらんのか!」

ボルドーが重い体を起こし、裸足で大理石の床に降り立った、その時だった。

『――ぐちゃり』

足の裏に、生温かく、ひどく柔らかいものを踏み潰した感触が走った。

「ひっ……!?」

月明かりに照らされた床を見て、ボルドーは悲鳴を飲み込んだ。

彼が踏みつけていたのは、見慣れた護衛騎士の眼球だった。いや、眼球だけではない。部屋の壁、高価な絨毯、アンティークの調度品に至るまで、すべてが赤黒い『肉片』と『臓物』で飾り付けられていたのだ。

数名の精鋭たちが、声を発する間もなく文字通り「解体」され、部屋の装飾の一部と化している。

「あ……、あ、あああ……っ!」

「おはようございます、大教主猊下。随分と寝起きの悪いことで」

突如、部屋の最も暗い影の中から、静かで、しかし地を這うような重低音が響いた。

闇がうねり、一人の男が姿を現す。

返り血で赤黒く染まった純白の法衣。兜はなく、月光に照らされたその顔は――口が耳まで裂け、真紅の双眸をギラギラと輝かせる、地獄の悪鬼そのものだった。

「ア、アラリック……!? 馬鹿な、貴様は雪崩で……いや、その姿は、化物……ッ!」

ボルドーは腰を抜かし、絨毯に染み込んだ血と脂にまみれながら後ずさった。

アラリックはゆっくりと歩み寄り、かつてボルドーがふんぞり返っていた豪奢な肘掛け椅子に、見下すように深く腰を下ろした。

「四ヶ月ぶりですね。北方の雪山は、貴方が用意してくれた通り、素晴らしい地獄でしたよ」

アラリックの口元が、三日月のように歪む。

その絶対的な威圧感と殺意を前に、ボルドーの権力者としてのプライドは一瞬で崩れ去った。目の前にいるのは、話し合いや賄賂が通じる人間ではない。人間の言葉を喋る『理不尽な災害』だ。

「ま、待て! 誤解だアラリック! 私はお前を高く評価していた! これは白銀部隊のガイウスが勝手にやったことで――」

「ガイウスなら、門の外で『首だけ』になって冷えていますよ」

「ひぃっ……!」

ボルドーはガタガタと震えながら、床に額を擦り付けた。

「頼む、殺さないでくれ! 金か!? 地位か!? 騎士団のトップにしてやろう! そ、そうだ、あの小娘……聖女エアラが欲しいのだろう!? くれてやる! 好きにしろ! だから私だけは――」

ドンッ!!

空気が、凍りついた。

アラリックの瞳から、それまでの余裕が一瞬にして消え失せ、底知れぬ激怒の業火が噴き上がった。

彼は音もなく椅子から立ち上がり、ボルドーの太い首を片手で鷲掴みにすると、そのまま天井近くまで軽々と吊り上げた。

「が、ごふッ……!?」

「……くれてやる、だと?」

アラリックのギリギリと軋む牙から、呪いのような声が漏れる。

「あの御方を、お前のような泥水に塗れた豚が、所有物のように語るな。……あの方は、誰かに与えられるような安い玩具ではない。私の……私だけの、至高の毒だ」

「あ、が……っ、ゆる……」

宙吊りにされたボルドーが、短い手足をバタバタと振るわせて命乞いをする。

しかし、アラリックの目は完全に冷え切っていた。

「安心しろ。お前のその薄汚い血は不味そうだ。私の口を汚す価値もない」

アラリックは、自身の背後から立ち昇る「真紅のオーラ(呪いの瘴気)」を、ボルドーの四肢へと絡みつかせた。

「だから、ゆっくりと……お前が一番恐れる方法で、その無駄な肉を削ぎ落としてやろう」

「い、いやだ……ッ! ぎゃあああああああッ!!」

ボルドーの右腕が、見えない巨大な万力で捻り潰されたように、嫌な音を立ててあらぬ方向へ折れ曲がった。

骨が砕け、肉が裂ける激痛。しかし、呪いの瘴気が即死を許さず、彼の意識を無理やり覚醒させ続ける。

「次は左腕だ。その次は右脚。……王都の民衆に、貴様のその美しい『中身』を隅々まで見せびらかしてやろう」

アラリックの残酷な宣告と共に、再び骨が砕ける音が部屋に響き渡った。

人間の尊厳など欠片も残されていない。ただの「鳴き喚く肉塊」へと成り下がった大教主の姿を見下ろしながら、アラリックはつまらなそうに彼を床へ投げ捨てた。

「……レオン」

「はっ。ここに」

いつの間にか部屋の入り口に控えていたレオンが、無感情に膝をつく。

「この豚の四肢を落とし、教会の前の広場に吊るしておけ。……夜明けの鐘が鳴るまで、絶対に死なせるな。たっぷりと己の惨めさを味わわせろ」

「御意のままに」

レオンたち数名の騎士が、泣き叫び、失禁して這いずるボルドーの髪を掴み、引きずっていく。血の跡が大理石の廊下へとながく伸びていった。

一人残された寝室で、アラリックは忌々しげに手袋についた脂を拭い去った。

こんな下等な豚の悲鳴を聞いても、彼の渇きは一滴も潤わない。

昨夜、あの最上階の結界の中で、エアラを組み敷き、泣き叫ぶ彼女の胸元から啜り上げた『至高の蜜』。その強烈な余韻だけが、彼を狂気の世界に繋ぎ止めている。

「……さて。邪魔な掃除は終わった。愛しい飼い主様が、朝のお目覚めだ」

魔王は、血まみれの部屋に背を向けた。

これから始まるのは、恐怖による王都の支配と、完全に彼に依存しきった「元・聖女」との、永遠に終わらない甘く残酷な蜜月である。

夜明けの光が王都を照らし始める中、教会の絶対的権力は、一匹の異形騎士の手によって完全に崩壊したのだった。

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<beens 過去作>

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