第16話:静寂の粛清と、闇に踊る白銀の亡霊
王都グランディールに、季節外れの粉雪が舞い始めていた。
深夜の静寂の中、異端審問局の西側詰め所では、数名の審問官たちが暖炉の火を囲み、下品な笑い声を上げていた。
「聞いたか? 大教主猊下が、また新しい『お気に入り』の修道女を見つけたらしいぞ」
「ハッ、あの豚め。聖女エアラを孤立させて自分のものにする計画はどうしたんだ? 専属護衛だった騎士は、とっくに北の雪山で凍りついているというのに」
彼らは教会の腐敗の恩恵を存分に受けている小悪党どもだった。神への祈りなどとうの昔に忘れ、特権を利用して私腹を肥やすことしか頭にない。
「まあいいさ。俺たち白銀部隊の権力が盤石ならそれで――」
その時だった。
スパンッ……!
乾いた音と共に、暖炉の火が不自然に揺れた。
「ん? 今の音は……」
一人が振り返った瞬間、彼の首から上が音もなく滑り落ち、ドサリと床に転がった。
「なっ……!?」
吹き出した鮮血が、暖炉の炎を一瞬だけ赤黒く染め上げる。
残された審問官たちが悲鳴を上げる間もなく、部屋の影から「純白の法衣」を纏った複数の人影が、滑るように現れた。
顔の下半分を隠す、銀の仮面。しかし、彼らが放つ気配は、同僚である白銀部隊のそれとは決定的に異なっていた。
それは、墓底から這い出してきたような、一切の感情を持たない『死神』の冷たさだった。
「き、貴様ら、何者だ! 異端審問官に向かって――」
「異端は、お前たちの方だ。腐れ外道ども」
銀の仮面の奥から、低く冷徹な声が響いた。
副官レオンだった。かつては誰よりも光の神を信仰し、正義感に溢れていた若き騎士。しかし今、彼の瞳には狂信的な暗い炎だけが宿り、その手には禍々しい瘴気を纏った黒塗りの剣が握られている。
「レ、レオン……!? 馬鹿な、貴様は雪崩で死んだはずじゃ……!」
一人の審問官が、その声に聞き覚えがあって後ずさった。
「死んださ。かつての脆弱な私は、あの氷の谷底で凍りついた。……だが、真王の慈悲が、私に新たな命と『牙』を与えてくださった」
レオンは無造作に剣を振り上げた。
「ひっ、ま、待て! 話せば――」
ザシュゥッ!!
命乞いの言葉は、無慈悲な刃によって両断された。
レオンの剣は、審問官の胸を袈裟懸けに切り裂き、その内臓を床にぶちまけた。周囲に控えていた他の騎士(魔王の狂犬)たちも、一切の躊躇なく、残りの審問官たちの喉を正確に掻き切っていく。
悲鳴すら外に漏れない、完璧で無音の蹂躙。
ものの数分で、詰め所は凄惨な血の池と化した。
「……終わりました、レオン副隊長。西区画の制圧、完了です」
返り血を浴びた部下の一人が、感情のない声で報告する。
「ああ。ご苦労」
レオンは血振るいをして、剣を鞘に収めた。
かつてなら、人間の命を奪うことにどれほどの罪悪感を抱いただろうか。しかし今は、不思議なほど心が凪いでいた。
教会の腐敗を排除し、絶対的な力を持つ『魔王』のためにこの世界を掃除する。これこそが真の正義であり、自分に与えられた至高の使命だと、彼の狂った脳髄は歓喜に打ち震えていた。
レオンは窓辺に歩み寄り、冷たい雪が舞う夜空を見上げた。
視線の先には、王都の中心にそびえ立つ大聖堂――その最も高い場所にある、聖女エアラの自室がある。
(……今頃、あのお部屋では、我らが真王が『聖なる儀式』を執り行っておられるのだろう)
レオンは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
王都の絶対的な象徴であった高慢な聖女が、今、自分たちが崇拝する魔王の巨大な牙によって組み敷かれ、恐怖と快楽の中でその血を貪られている。
その背徳的な光景を想像するだけで、レオンたち狂信者の忠誠心は、さらに深く、暗く研ぎ澄まされていくのだ。
「次は、東の貴族街だ。大教主の派閥に属する豚どもを、夜明けまでに一匹残らず血祭りに上げる」
レオンが振り返り、冷酷な命令を下す。
「はっ!」
血に塗れた白銀の亡霊たちは、一糸乱れぬ動きで闇の中へ消えていった。
この夜。王都グランディールの裏側で、教会の権力構造を支えていた数十名に及ぶ高官や異端審問官が、誰にも気づかれることなく、首を刎ねられ、あるいは内臓を引き摺り出されて暗殺された。
雪は、彼らの流したおびただしい血を隠すかのように、ただ静かに、白く降り積もっていく。
大聖堂の最上階から微かに漏れ聞こえる、聖女の甘い嬌声と魔王の獣のような吐息を、残酷な子守唄のように響かせながら。
王都は今、完全に『魔王の箱庭』へと作り変えられようとしていた。
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