第14話:偽りの白銀と、開かれる死の門
王都グランディール。
光の神の加護を受けるとされる堅牢な大城壁が、夕闇の中に黒々とそびえ立っていた。
王都の正門前。分厚い鋼鉄の門を警護する門番たちは、吹雪の彼方から現れた一群の姿に、思わず槍を構え直した。
「止まれッ! 何者だ!」
門番の隊長が声を張り上げる。
夕闇の中から現れたのは、純白の法衣に身を包み、顔の下半分を銀の仮面で隠した二十名ほどの集団だった。彼らの足取りは不気味なほどに音がなく、ただ冷たい風だけが彼らのローブをはためかせている。
「……異端審問局、『白銀部隊』か? しかし、ガイウス殿の部隊が北から帰還する予定は、まだ数ヶ月も先のはずだが……」
隊長が松明の明かりをかざし、目を細める。
何かがおかしかった。白銀部隊特有の、あの狂信的で高圧的な気配がない。代わりに漂ってくるのは、鉄錆のような……いや、ひどく濃厚な『血と獣』の悪臭だ。
それに、先頭を歩く男の巨躯は、ガイウスのものでは到底ない。
「貴殿、本当にガイウス殿か? 仮面を外し、身分を証明する書状を――」
「……」
先頭の大男――異端審問官の衣を奪い取ったアラリックは、無言のままゆっくりと隊長の目の前まで歩み寄った。
「な、なんだ貴様! 止まらぬか!」
隊長が槍の穂先をアラリックの胸元に突きつける。
しかし、アラリックは立ち止まるどころか、自らその槍の穂先へと胸を押し当てた。
ギリギリ、と。鋼鉄の穂先が、法衣の下にある「何か硬いもの(極限まで硬質化した肉体)」に阻まれ、ひん曲がっていく。
「な……っ!?」
驚愕に目を見開く隊長。
その瞬間、アラリックの銀の仮面の奥――暗いスリットの隙間から、ドロリとした真紅の光が漏れ出した。
『――通せ』
アラリックの口から紡がれたのは、人間の声帯から発せられたとは思えない、地を這うような重低音だった。
「ひっ……!?」
隊長の全身から、一瞬にして血の気が引いた。
槍を握る手がガタガタと震え、膝が笑う。
目の前にいるのは人間ではない。そんな理屈を超えた『生物としての絶対的な格付け』が、隊長の生存本能を強烈に殴りつけたのだ。
冷たい視線を向けられただけで、見えない巨大な手に心臓と肺を直接鷲掴みにされているような、致命的な窒息感。
「あ……が、がはっ……」
隊長は白目を剥きかけ、槍を取り落としてその場にへたり込んだ。
周囲の門番たちも同様だった。アラリックの背後から歩み出てきたレオンたち『元・討伐隊』の騎士たちも、一切の感情を排した亡者のような目で、門番たちを静かに見下ろしている。
「大教主猊下へ、北方の『極秘の成果』を持ち帰った。……神の意志を阻むというのなら、ここでお前たちの内臓を門の飾りにしてもいいのだぞ」
『極秘の成果』。それはガイウスの首なし死体のことだが、門番たちにそれが伝わるはずもない。
ただ、その低く歪んだ声に込められた絶対的な殺意だけが、彼らの心を完全にへし折った。
「あ、開けろ……ッ! 門を開けろォォッ!!」
隊長が涙と鼻水にまみれながら、狂ったように絶叫した。
重々しい鎖の音が響き、王都の巨大な正門が、ゆっくりとその口を開いていく。
「……賢明な判断だ」
アラリックは冷たく言い捨て、門番たちを一瞥もせずに王都の石畳へと足を踏み入れた。
四ヶ月ぶりの王都の空気。
大通りにはまだ活気があり、人間たちの放つ様々な匂いが満ちている。しかし、アラリックの鼻腔が捉えていたのは、ただ一つだけだった。
王都の中心、最も高くそびえ立つ大聖堂の最奥。
そこにいる、世界で一番甘く、世界で一番傲慢な、あの『雌』の匂い。
「……ハァッ」
アラリックの喉の奥から、獣の吐息が漏れた。
銀の仮面の下で、鋭い牙がびっしりと並んだ口元が、三日月のようにおぞましく吊り上がる。
(帰ってきたぞ、私の聖女様。あなたが望んだ通り、すべてを喰らい尽くす化け物になってな)
「レオン」
「はっ。我らが真王よ」
背後のレオンが、洗脳された狂信者の瞳で深く頭を下げる。
「大教主の豚野郎には、後でゆっくりと挨拶にいく。お前たちは、大聖堂の周囲を固める審問官どもを『静かに』処理しておけ。……私は、あの方の元へ行く」
「御意のままに」
夕闇に紛れ、白い死神の群れが大聖堂へと溶け込んでいく。
王都の人間たちはまだ誰も知らない。
光の神の絶対的な聖域が、今夜、一匹の狂える獣の愛と飢餓によって、血の海に沈むことなど。
更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!
<beens 過去作>
https://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/3017364/




