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渇きの聖域 —— 聖女の毒を啜る異形騎士の狂愛  作者: beens
第2章 反逆の胎動と真王の覚醒

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第11話:血塗られた洗礼と、跪く刃

白銀の谷は、一面の赤に染まっていた。

数十頭に及ぶ特A級魔獣「氷雪巨獣」の群れは、今や原形を留めぬ肉塊と化し、雪原に散乱している。谷底を満たしているのは、むせ返るような血の悪臭と、溶けた雪が放つ生暖かい蒸気だけだった。

「……はぁっ、ふぅ……」

惨劇の中心で、全身を真紅に染めたアラリックがゆっくりと立ち上がる。

彼の手からボタボタと滴り落ちる黒い血が、雪を穿つ。異常に膨張していた筋肉が微かに収縮し、耳まで裂けていた口元が、辛うじて人間の形を取り戻していく。

だが、その両目に宿る禍々しい真紅の光と、全身から立ち昇る圧倒的な「死」の気圧は、彼がもはや人間でないことを雄弁に物語っていた。

「た、隊長……」

震える声が響いた。

数十メートル離れた岩陰で、副官のレオンと十数名の騎士たちが、腰を抜かしたまま固まっていた。

彼らの視線には、かつて自分たちが心から敬愛した「高潔なる騎士団長」への面影を探すような縋る光と、目の前の「理解不能なバケモノ」に対する根源的な恐怖が入り混じっている。

アラリックは、ゆっくりと彼らの方へ振り返った。

(……見られたな)

彼の脳裏に、冷徹な計算が走る。

このまま彼らを口封じに皆殺しにすることは造作もない。だが、それでは王都へ帰還した際、自分独りが生き残った理由を誤魔化すのが面倒になる。それに、大教主や白銀部隊の豚どもを血祭りに上げるには、手駒は多い方がいい。

「……怯えるな、レオン」

アラリックの口から紡がれたのは、地獄の底から響くような、重く冷たい声だった。

彼は血塗れのブーツで雪を踏み鳴らし、ゆっくりと部下たちに歩み寄る。

騎士の一人が恐怖のあまり剣を向けようとしたが、アラリックがジロリと一瞥しただけで、その男は悲鳴を上げて剣を落とし、失禁して雪に伏した。

「た、隊長……あなたは、一体……そのお姿は……」

レオンが歯の根を合わさずに問う。

「見ただろう。私は呪われた。あの討伐の日から、私は人間ではなくなったのだ」

アラリックは隠すことなく、冷酷な事実を突きつけた。

「そ、そんな……! では、聖女様の奇跡というのは……!」

「ああ、すべて嘘だ。あの方は、私が化物であることを知った上で、その慈悲で私を匿ってくださっていた。……それなのに、大教主やあの白銀の豚どもは、あの方から私を引き剥がし、こうして我々を氷の墓場へと突き落とした」

アラリックは、ガイウスたちが立っていた崖の上を指差した。

その瞬間、レオンたちの顔に、恐怖とは別の感情――激しい「怒り」と「絶望」が走った。

教会の腐敗。自分たちは使い捨ての駒に過ぎなかったという、残酷な真実。

「選べ、お前たち」

アラリックはレオンの目の前で足を止め、その血塗られた巨大な手を差し出した。

「神に祈りながら、この見捨てられた谷で、名誉の『無駄死に』を遂げるか。

……それとも。神を捨て、私と共に地獄を歩むか」

「地、獄……」

「そうだ。私は王都に戻る。私を陥れ、あの方を孤立させた腐れ外道どもを、一人残らず引き裂き、その臓物を王都の石畳にぶちまける。……お前たちは、私という『化物』の牙となるか、それともここで私の『餌』となるか。今すぐ決めろ」

もはや、騎士としての高潔な演説ではない。

圧倒的な暴力による脅迫と、生存本能への絶対的な支配。

極限の恐怖と寒さ、そして教会への裏切りの絶望の中で、彼らの精神はすでに限界を迎えていた。正悪の判断など、とっくに麻痺している。

ガチャン、と。

レオンが、震える手で自身の騎士剣を雪の上に投げ捨てた。

そして、泥と血に塗れた雪の上で、アラリックに向かって深く、深く両膝をついたのだ。

「……我々の命は、すでにあの雪崩で終わっていたはずです。……あなた様が、神より強いというのなら。我々は……あなたの、牙となります」

レオンの目からは、とめどなく涙が溢れていた。

それは恐怖の涙であり、騎士としての誇りを捨てる決別の涙であり、同時に、この圧倒的な暴力にすがることでしか生き残れない己の弱さへの屈服だった。

「誓います……! 我らが命、アラリック様に!」

「どうか、我々を復讐の刃に……ッ!」

次々と、残りの騎士たちも武器を捨て、雪原に這いつくばる。

かつて光の神に祈りを捧げていた彼らが、いま、血に塗れた異形の魔王に向かって、狂信的な忠誠を誓った瞬間だった。

「……良い返事だ」

アラリックは残酷に唇を歪め、跪くレオンの頭を乱暴に撫でた。

(これでいい。これで、監視の目を欺き、あの方の元へ早く帰れる)

彼の脳裏にあるのは、部下への哀れみなど微塵もない。

ただひたすらに、王都で待つエアラの、あの甘く狂おしい『血の匂い』だけだった。

「立て、我が狂犬ども。ここから先は、狩りの時間だ。……まずは、我々をここへ置き去りにした銀色の豚どもに、絶望の味を教えてやろう」

谷底に、狂気を孕んだ魔王の号令が響く。

もはや彼らを縛る教義はない。生存と復讐、そして一人の堕ちた騎士の「渇き」を満たすためだけの、最悪の軍団がここに産声を上げた。

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<beens 過去作>

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