懐かしいベケット師匠
ヨークの城に向かう途中、一晩の宿を借りたハーマンに頼まれた薬草を届けようとマクドガル館に立ち寄る。
「ベケット師匠!」
丁度、前線からマクドガル卿と共に戻ったベケット師匠と出くわした。
「アシュレイ! お前も戦争に駆り出されたのか?」
心配そうなベケット師匠の疲れた顔にアシュレイは、胸が押しつぶされそうになる。
それに、荷馬車には何人もの負傷兵が乗せられていた。
「師匠、治療の手伝いをします!」
マクドガル卿も疲れ切っていたが、アシュレイの言葉に喜ぶ。
「アシュレイ、ありがたいが、何か用事の途中なのではないか?」
ベケット師匠は、アシュレイの落ち着かない性格を把握していた。
「ええっと、ヨーク城に薬草を届けなきゃいけないんだけど……治療するのは一緒だよ。ヒューゴ師匠は、俺は前線に行ったら駄目だと言うんだもの」
まだ若いアシュレイが無理をするのをヒューゴ様が案じているのだろうとベケットは察した。
「薬草を分けてくれたら、私が治療する。お前は、自分のする事をしなさい」
ベケット師匠に厳しい顔で言われて、アシュレイは薬草を分けて、ヨーク城に急ぐことにする。
「ベケット師匠、星の形の葉っぱも採って来ましたから、煎じて飲んで下さいね。苦いけど、効きますから」
そう言って去るアシュレイを、マクドガル卿は残念そうに見送る。
「ベケット、治療を手伝って貰えばよかったのではないか? お前も疲れ切っているだろうに」
「ヨーク城には、こちらより何倍もの負傷兵がいます。上級魔法使いのヒューゴ様の弟子のアシュレイは、いずれはシラス王国の守護魔法使いになるのですよ」
治療も大切だが、今はもっと大きな目で見ないといけない。
ベケットは、一時、自分の弟子だったアシュレイがこれからシラス王国を背負っていく運命なのだと悟った。
そして、自分の師匠だった上級魔法使いのアリオン様が、首都の防衛で魔力を使い過ぎて、体調を崩したままなのだと拳を握りしめる。
上級魔法使いのヒューゴ様が、西部に来て下さったのは心強いが、王都に残る上級魔法使いはユンゲルク様のみ。
もし、また王都に敵船が押し寄せてきたら……。
西部に陸から侵略しているカザフ王国も強敵だが、シラス王国の海岸線は無防備なのだ。
ベケットは、前に仕えていた海岸沿いに領地を持つ伯爵領が、カザフ王国と同盟を結んだ海洋国家に侵略されるのではと、気が気で無かった。
でも、今の主人であるマクドガル卿と共に、西部の前線を維持するのを頑張るしかないのだ。
ただ、まだ幼さの残るアシュレイが悲惨な戦場に、少しでも遅く立つようにと願うしかないベケットだった。




