戦争の影
ヒューゴ師匠の弟子になって半年が過ぎた。
アシュレイは、庭師の小屋でお爺ちゃんとお婆ちゃんと寝起きしている。
「早く師匠の所に行かないといけないよ!」
お婆ちゃんが作ってくれた朝食を食べているアシュレイだけど、髪の毛を解かす時間がなければ、もっと早く行けるのだと内心で文句を言っている。
皆が、長くして括った方がマシだと言うので、伸ばしている途中なのだけど、前よりより絡まっている。
朝、起きたら顔を洗って、髪の毛をアシュレイなりに解いて、後ろでちょこっと括るのだけど、絶対にお婆ちゃんのダメ出しがでる。
「本当は私がやってあげたいけど……いつまでもお婆ちゃんに髪を解いて貰うのも駄目だろうからね」
それなら、文句も言わないで欲しいと思うアシュレイだけど、自分の為に故郷を出て王都で暮らしているお婆ちゃんにそんな事は言えず、我慢している。
本当なら、春の菜園の植え込みや、木の手入れをするお爺ちゃんを手伝いたいが、師匠の部屋に急ぐ。
ヒューゴ師匠は、朝一番は呼吸法の練習をさせる。
半年、ずっと同じ修練で、アシュレイも腐った時期があったけど、魔法の掛かり方がスムーズで効果的になったのに気づいてからは、真面目にしている。
「これがちゃんとできるようになったら、竜の卵に魔力を注いで孵せる!」と信じているからだ。
「ヒューゴ師匠、おはようございます!」
ヒューゴ師匠は、このところ頭の痛い問題ばかりだが、アシュレイの元気な挨拶を聞くと心が晴れる気分になる。
「ああ、おはよう! 今日は、私は王宮へ行くので、アシュレイは午前中はこの本を読んでおきなさい。昼からは、お爺さんの作業を手伝っても良いから、真面目に勉強するのだぞ」
本を読むより、作業の方が楽しいアシュレイだけど、仕方ないと頷く。
「お昼も小屋で食べて良いよ」と許可が出たので、アシュレイは急いでそれを告げに行く。
どうせなら庭番小屋で本を読みたいアシュレイだけど、ここにいたら、お婆ちゃんの手伝いをしてしまうのも分かっている。
屋敷のアシュレイの部屋で、本を読む。
「これってシラス王国の歴史だけど……なんか戦争が多いよね? 何故なんだろう?」
大まかな地図も付いていたので、北のサリン王国が南下したがって戦争を仕掛けるのは理解できた。
「寒いと農作物の出来は良くないだろうから……でも、戦争したら人が死ぬのに?」
同じく東北のバルト王国も何度もシラス王国に攻めて来ている。
「遊牧民って、麦とか作らないの? 買えば良いんじゃない? バルト王国って、隣のサリン王国にも攻めて行くんだ! 迷惑だよ!」
騎馬隊が強そうだと眉を顰めるアシュレイだ。
「西のカザフ王国かぁ……ヨーク伯爵は西部なんだよなぁ。カザフ王国は、サリヴァンの港が欲しいみたいだけど、自国でなんとか港を開発して欲しい!」
そう言えば、カザフ王国が海洋国家のペサント王国と同盟したとカスパル師匠が話していたような?
「この件とサリンジャー伯爵が嵐の中、馬車を走らせていたのと関係していたんだよなぁ」
ゾワワと鳥肌がたった。シラス王国の周りの国が同盟を組むとか、最悪だ!
王都のサリヴァンは、どの国とも国境を察していないけど……ペイサンスの船が攻めて来たら?
「それに、西部には友だちも多いのに!」
ヨークシャー城には、友だちになったレオナールもいる。それに、ちょこっと意地悪をされたけど小姓達も心配だ。
「カスパル師匠やベケット師匠は、魔法使いだから大丈夫だろう! でも、ベケット村の友だちは?」
まだ兵士として徴用される年ではないけど、その子達の親は? 兄は?
「親や兄が徴兵されたら、農作業はどうなるの? 馬も徴用されちゃうんだろうか?」
一瞬、自分の友だちが馬で畑を耕す姿を想像していたけど、その馬がいなかったらと思い、ゾッとした。
「おかしいよ! 戦争を仕掛ける国も畑を耕せないんだよ! あっ、バルト王国は畑を耕したりしないのか……でも、遊牧もしなきゃ駄目なんだよね?」
ヒューゴ師匠が、何故、この本を読むように言われたのか、少し理解したアシュレイだ。
お昼は、小屋でお婆ちゃんの作ったシチューを食べたけど、何故か気が晴れない。
お爺ちゃんと菜園に苗を植えたり、木の剪定をしていても、心、ここに在らずのアシュレイだった。
その頃、王宮では戦争が勃発しそうだと、陛下の前で上級魔法使いが三人集められて会議をしていた。
「ペイザンヌ王国が我が国の商船を拿捕した」
まだ宣戦布告はされていないのに、拿捕!
「彼方は、船に風使いを乗せている」と苦い顔のヘンリー陛下だ。
「風使いの扱いは、そんなに良くないと聞いていましたが……」
守護魔法使いのユンゲルクが質問する。
シラス王国では、魔法使いは優遇されているが、他の国ではそうでもない。例外は、バルト王国の水遣いだ。
「風使いは、帆船に有利だから、下士官扱いにしたそうだ」
ムムムと唸る三人! これまで何とかシラス王国を護れたのは、他国が魔法使いを優遇しないからだ。
「バルト王国の水遣いは、戦争向きではありません。遊牧民特有の水飲み場を探す魔法ですから。でも、ペイザンヌ王国の風使いは、大問題です!」
上級魔法使いのマリオンが何か手を打つべきだと提案する。
「我が国の船にも風の魔法を使える者を乗せましょう! まだ負ける相手ではありません!」
「問題は、贅沢な暮らしに慣れた魔法使いが、船に乗ってくれるかだ」
ヘンリー陛下の言葉に、全員が黙る。それぞれの弟子を思い出して、高齢な者は駄目だと削除、そして貴族出身の贅沢な暮らしをしている弟子も削除する。
「年はとっていますが、ベケットならペイザンヌ王国の風使いには負けません!」
アリオンが推薦するが、ヒューゴが質問する。
「ベケットは、確か西部の騎士爵に仕えているのでは? 彼方は、カザフ王国の脅威に曝されているのに、引き抜いて良いのか? カスパルを推薦したいのだが、彼もヨーク伯爵に仕えているのだ」
「どちらも引き抜くのは拙いだろう! サリヴァンでぬくぬく暮らしている魔法使いを徴兵したいが……親族が騒ぎ立てるだろうな」
他の国と違い魔法使いを重用するシラス王国では、貴族も魔法使いと縁談を進める傾向がある。
魔力が高いと長命なのもあって、魔法使いの素養がある貴族も多いのだが、真面目に修業する者が少ないのが問題だ!
「西部、北部の貴族は、戦いの準備を始めているのに……サリヴァンの贅沢三昧な貴族は……」
ヘンリー陛下は、いざとなったら貴族も徴兵すると決めた! 国が滅んだら、貴族もクソも無いのだ!
「それで、アシュレイはどうだ?」と気分を変えて質問するヘンリー陛下だ。
「祖父母が側に来たので、精神的に落ち着きましたが、まだまだ修業させないといけません」
元の師匠のベケットから引き抜いた形になるので、アリオンに気を使うヒューゴだ。
「それは良かった。ベケットから落ち着かないと手紙を貰っていたのだ。ヒューゴ様なら安心して任せられます」
黙って二人の会話を聞いていたユンゲルクは、上級魔法使い二人の争いになりそうにないと、ホッとしていた。
「いざとなったら、私が船に乗りましょう!」とアリオンが言いだし、陛下も慌て止める。
「三人の上級魔法使いの中で、一番の若手ですから」と笑うが、十分な年寄りだと皆に笑われる。
「上級魔法使いの育成が重要だ!」
アシュレイ以外、上級魔法使い候補がいない状態なので、国内を探す命を出す事を決定して、御前会議を終えた。




