107.吹っ飛ぶ賊達
興奮冷めやらぬ私はシリウス様に感謝を述べつつ、舞台の感想を語っていた。
それをシリウス様はニコニコと聞いてくれている。
劇場の廊下では「良い話だった」「素晴らしい作品だった」などと、私と同じような感想を言い合う声がした。
それを聞きながら、私達は劇場を後にする。
「折角だから、ここから歩いて街を散策しようか」
「はい!」
シリウス様の素敵な提案に、私はコクコクと首肯する。
私が喜ぶことを察して願いを叶えてくれるシリウス様は、先程の舞台の王太子を彷彿と……ん、あれ? さっきのプロポーズの言葉、シリウス様が私に言ってくれた言葉と同じだったような? そう言われると、舞台の内容は身に覚えがあり過ぎるような?
高揚していた気持ちが落ち着いてきた私は何か引っかかりを感じた。
劇場の裏を歩きながら、その引っ掛かりについて深く考えようとしていた時、少し先に人が賑わう大きな道が見えて来たところで、ふいにシリウス様は立ち止まった。
「シリウス様」
「あぁ」
ジュリアンの呼び掛けに、シリウス様は険しい顔で頷く。
私は、どうしたのかと首を傾げた。
「シリウス様?」
「アリシア、僕の後ろにいて」
「は、はい」
何事かと思いながら、私は言われた通りシリウス様の背後に回る。
「フェリシア」
「はい」
そしてシリウス様が呼ぶと、フェリシアは頷いてどこかへ行ってしまった。
(どうしたのかしら?)
私が更に首を傾げたところで、物陰から4人の男が現れた。
「そこの貴族の坊っちゃん、命が惜しくば金目の物を置い…ゴフッ」
恐らく『置いていきな』と言うつもりだったのだろうけど、男は最後まで口にすることなく地面に倒れ込む。よく見れば、ジュリアンの足技が見事に男の胴にヒットしていた。
こんな街中で強盗が?
平和だと思っていた街にも危険があるのね。
金品を要求したことから、強盗だと判断した私の胸に憂いが広がる。
瞬殺で倒れた仲間に、残りの3人がたじろぐ中、ジュリアンの盛大な溜息が響いた。
「ハァ……まったく、折角のお二人のデートに水を差すなど……万事に値する!」
ジュリアンの瞳がギラリと光った気がした。が、振り向いたジュリアンはいつも通りの笑顔で、残った3人は地面に平伏していた。
(すごいわ、ジュリアン! シリウス様が言っていた通り、とっても強いのね!)
ジュリアンの強さに圧倒されていた私だったが、彼から放たれた言葉にハッとする。
(ん? 今、デートって聞こえたような? え、今日はデートだったの?!)
そう言われて意識すると、急にドキドキと心臓が高鳴り始めてしまう。
(今は、そんなことを考えている場合ではないのだけど!!)
顔に熱を感じながら私がモダモダしていると、いつの間にかフェリシアが戻って来ていた。
「シリウス様、警備兵に知らせて参りました」
「ご苦労様」
(フェリシアがいなくなったのは、警備兵を呼ぶためだったのね)
それにしても、名前を呼ばれただけで意図が伝わるなんて。
シリウス様もだけど、シリウス様の周りの人達は察しがいいわ。
て、あれ?
それで肝心の警備兵は、どこかしら?
「取り急ぎ知らせはしましたが、鈍足だったので先に私だけ戻って参りました」
私の疑問を察したらしいフェリシアが、いつもの淡々とした口調で教えてくれた。
ど、鈍足?
警備兵が?
ま、まぁ鎧や剣と装備品が重いから、動きは遅くなるかもしれないけれど。それでも警備兵という職に就いているのだから鍛えているだろうし、鈍足ということはないのでは?
「はははっ。フェリシアからしたら、彼らの動きは遅く感じるだろうね」
状況が状況なので少し緊張した雰囲気が漂っていたけど、それを吹き飛ばすようにシリウス様は愉快そうな声を上げて笑った。
それだけフェリシアは俊敏だということかしら? えぇ、そうよね。ここから警備兵の待機する場所まで、どのぐらいか分からないけれど、すぐ戻ってきたのだもの。それに、どこから現れるのか分からないけれど、気づけば後ろにいたりするものね。
私は過去の出来事達を思い出して、少しだけ遠い目になった。
「さてと」
空気を変えるようにシリウス様は一言、呟く。
先程まで笑顔だった表情が一変して鋭くなった。
「フェリシアはアリシアを守るように」
? 私を守る?
もう賊はジュリアンが取り押さえたというのに?
私が疑問を抱え、賊の一人が声を上げ、シリウス様の命にフェリシアが頷くと同時に、物陰から複数人の男性が現れた。どうやら、まだ仲間がいたらしい。
先程の4人は様子見だったのか武器を所持していなかったのに、今度はナイフや刃物を手にしている。
危ない!と思ったのだけれど、さっと前に出たジュリアンは賊の武器をものともしないで、手刀や蹴りと体術のみで交戦していた。
街中で魔法を使うのは危険なのかもしれないわ。
一般市民に被害が及ぶ可能性があるものね。
たった一人の丸腰な執事兼護衛に無力化されていく賊達。しかし多勢に無勢の上、魔法攻撃も使えない状況。賊の武器を脅威としないジュリアンだったが、賊の数が多い所為で漏れが出始める。
そしてジュリアンの猛攻を掻い潜った一人の賊が、私の前に立つシリウス様に向かってきた。シリウス様は応戦するためか、私と距離を開けるためか、一歩前に出る。
(そんな!)
今のシリウス様は剣を帯刀していない。
それに得意の魔法を使うわけにもいかない。
(このままではシリウス様が危険だわ!)
残る望みのフェリシアを見るが、私を守るように横に立ったまま微動だにしない。
どうして?
シリウス様が危険なのに……私を守っている場合ではないわよ!
動揺した私は咄嗟に “シリウス様に加護を!”と思い、手を組む。
けれど目を閉じて祈る前に、素早い動きの賊がシリウス様にナイフを掲げた。
(ダメ、間に合わないわ)
心臓が嫌な音を立てて、胸がギュッと苦しくなる。
私は呼吸すら忘れてしまったようで、無意識に息を止めていた。
賊のナイフがシリウス様に襲い掛かる。そして交戦するためかシリウス様が僅かに近づいた時、賊が飛んだ。こちらに向かうのではなく、本人の意思に関係なく後方に飛んだように見える。
「えっ?」
誰の声だっただろうか。私か、シリウス様か、賊か。とにかく誰かの驚く声の後、飛んで行った賊が近くの建物の壁に叩き付けられる音が響いた。
何が起きたのか分からない様子の賊。
もしかしてシリウス様が魔法を使ったのかしら?と思ったけれど、当のシリウス様も賊と同じような表情を浮かべている。一応フェリシアも確認してみると、僅かに困惑しているみたいだった。
誰も理由が分からないようだったけれど、そんなことは気にせず……というか見ていなかったのか、ジュリアンの隙を突いた賊の一人がシリウス様に襲い掛かる。
が、またも吹き飛んでいった。
それを見ていた他の賊は「何をした!」と言いながら、シリウス様に向かって来る。しかし、例外なく一様に弾き飛ばされていった。
原因不明でも、一度ならず何度も起きれば偶然とは言えなくなる。
シリウス様は“ふむ”と顎に手を当てて考えると、ジュリアンに下がるよう手で合図を送った。
それからシリウス様は何を思ったのか、賊に近づいていく。
賊は怯みながらも、シリウス様に立ち向かおうと武器を構えた。
しかし……シリウス様が一歩、足を踏み出すと近くの賊が宙を舞う。
その謎の現象に、僅かに後退し始めた賊達だったが、構うことなく歩を進めるシリウス様に成す術がないようだった。
また一人、また一人と賊が吹き飛び、壁に激突していく。気づけば襲い掛かってきた賊は一人残らず壁際に。そして、壁の下に賊の山が出来上がっていた。
「シリウス様、これは一体……」
流石のジュリアンも動揺を隠せないようで戸惑っている。
「話は後だ。それよりも」
ジュリアンの質問には答えず、シリウス様は言いながら私の方へと振り返る。
「アリシア、大丈夫だった? 怪我はしていない? 怖い思いをさせてしまって、ごめんね」
駆け寄って来たシリウス様に、矢継ぎ早に問われて私もジュリアンみたいに戸惑っしてしまう。
「あ、えっと、私は大丈夫です。それより、これは一体……」
「ただの強盗にしては、統率が執れていて人数が多い。恐らくは、王太子である僕を狙ったんだと思うよ。アリシアが王太子妃だと知っているのは、信用できる極一部の人間だけだからね」
「あ、いえ、そちらではなく」
「ん?」
折角シリウス様が状況を説明してくれたけれど、私が気になったのはそちらではない。
まさか、強盗を装った王太子への奇襲攻撃だったとは……そのことには驚いたけれど、それよりも気になるのは賊が弾き飛んだこと。
「先程、シリウス様は魔法を使ったのですか?」
「あぁ、そっちか。いや、使ってないよ」
「では、あれは一体……?」
「う~ん、何だろうね?」
シリウス様は一瞬、考えるような素振りを見せたけれど、すぐに表情を変えた。
「あぁ、それよりも。こんな事態になってしまったから、街の散策は中止せざるを得ないかな。ごめんね、僕の所為で」
シリウス様は「また今度、一緒に出掛けよう」と言いながら、申し訳なさそうにしている。
「いえ、そんな。とにかく今は帰りましょう、直ぐに帰りましょう!」
私は当然だと頷いて、早く帰ろうとシリウス様の腕を引く。
シリウス様が狙われたのなら、一刻も早く安全な場所に避難すべきだわ!
怪奇現象のように吹っ飛ぶ賊。
これが漫画だったら爽快なシーンが描かれていることでしょう!!(訳:誰か絵を描いてください土下座)
そしてデートの自覚がないアリシア。
アリシアはですね、デートだと言われないとデートだと認識できないタイプです。ただのお出掛けだと思っているんです。
イングリルド国に来てから、森とか街とか時計塔とか色々行ってるのに…あれはどうみてもデートだろう!!(笑




