106.舞台『チューリップの花束に愛を込めて』
あの、投稿しておきながら何ですが、この話は読まなくても大丈夫です。本編に差しさわりないと思います、多分。
ただ、舞台『チューリップの花束に愛を込めて』のストーリー紹介みたいなものなので(笑
その内容も、お察しだと思うので!
ついに舞台の幕が上がった。
登場した演者達の迫真の演技と熱気、シーン毎に背景の幕や明かりの色が変わる舞台演出、劇を盛り上げるオーケストラの音色。
その全てに魅了されて、初めての体験に私はステージに釘付けになる。
特に、舞台が薄暗くなり暗転している間に、舞台のセットが半回転した舞台装置には驚いた。
しかも、それが次のシーンでまた半回転したのだけど、そこにあったのは先程のセットとは全く別のセットだったのだ。
(もしかして裏側にある間にセットを入れ替えているの?! すごいわ!!)
しかし何よりも私を魅了したのは、そのストーリーだった。
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物語は、とある国の王太子が隣国に留学するところから始まる。
実は、この留学は勉学のためだけではなかった。王太子の父である国王は、まだ婚約者がいない王太子が令嬢に興味を持たず“令嬢に冷たい王子”などと言われていることを気に掛けていた。だから、王太子が伴侶を見つけられるかもしれないという思惑もあったのだ。
王太子の国では「自分で伴侶を見つけてこそ一人前」と言われている。
しかし、当の王太子は伴侶どころか令嬢にすら近づかない程、毛嫌いして遠ざけていた。
『わたしは王太子だ。いずれか結婚して、世継ぎを残さなければならない。
分かってはいるのだが……誰も“わたし”という存在を見てはくれない。
王太子妃という権力に欲を抱き、目の色を変えて擦り寄ってくる令嬢。
わたしの見目の所為か、熱の籠った瞳で喜色を浮かべる令嬢。
そんな令嬢が王妃になったら国は、どうなる?
贅沢に酔いしれて散財した王妃、欲に溺れて悪事に手を染めた王妃、見目麗しい男を侍らせ何人もの愛人を囲った王妃……王妃の所為で民が圧政に苦しみ、国が滅ぶ。過去の歴史が物語っているではないか』
『国王というものは、重い責を背負っている。
何も、それを一緒に負ってくれとは言わない。
わたしを支えてくれとは言わない。
ただ……そう、ただ一緒にいて心穏やかに過ごしたい。国王ではなく“わたし”として安息な時を共に出来る、そんな人を生涯の伴侶として迎えたいんだ』
『でも、それは難しいことだろう』
苦悩する王太子が、諦めの気持ちで入学した学園。
その初日で、まさかの出会いが王太子に訪れる。
それは、とある伯爵令嬢が泥の中の落とし物を拾って持ち主に返すという、これといって特別ではないワンシーン。
しかし王太子には、泥で靴や手が汚れる事を厭わず行動する伯爵令嬢の姿が目に焼き付いたのだ。
それから王太子は、何かと伯爵令嬢を目で追った。
ある時は怪我人を助け、またある時は探し物をしている人を助け、いつも伯爵令嬢は困っている人に手を差し伸べていた。
その献身に王太子の心は強く惹かる。
さらに伯爵令嬢は学年首席で、いつも図書館で勉強をしていた。そして、そこに居合わせた生徒と勉強を教え合っている内に、いつしか人が集まり勉強会となる。
その勤勉と人を惹き付ける魅力に、王太子も魅了されていく。
気が付けば、王太子の心には常に伯爵令嬢がいるようになっていた。
『彼女を伴侶にしたい!』
そう願う王太子だが、一つだけ問題があった。学園の警備面と騒ぎになっては困るからと、王太子は身分を隠して伯爵令息として留学していたのだ。身分がバレたら、即帰国しなければならない。
『しかし王太子だと言わずに、この想いを告げるわけには……』
未来の王妃となる王太子妃も、当然のことながら大きな責を背負うことになる。
それにも関わらず、身分を偽ったまま告白することは不誠実で出来ないと王太子は考えた。
『それならば、卒業の日に身分を明かしてプロポーズしよう!
それで、もし断られたのなら……この気持ちは胸にしまって帰国し、別の令嬢を伴侶に迎えよう』
そう王太子は心に決めて、卒業の日まで伯爵令嬢を見守ることにした。
それから伯爵令嬢を見つめ続けた王太子は、その可愛らしさや優しさに、どんどん気持ちを募らせていき……想いが溢れそうになった時、それは起きた。
卒業を数ヵ月後に控えた、とある日に行われた魔力検査。そこで伯爵令嬢は“魔力なし”と判定されたのだ。その途端、それまで伯爵令嬢に好意的だった生徒達は、手のひらを返したように距離を取った。
その国では魔力がないというだけで侮蔑の対象だったのだ。
自国にはない差別を目の当たりにして、王太子は唖然とする。
しかも、伯爵令嬢を軽蔑するのは生徒だけではなかった。
伯爵令嬢の優秀さに一目置いていた教師達も、彼女を蔑ろにし始めたのだ。
それは、主席が卒業生代表のスピーチをするのが伝統なのにも関わらず、主席である伯爵令嬢を差し置いて、次席の王太子に声が掛かったことからも明らかだった。
『何か起こらなければいいのだが』
王太子は一抹の不安を感じて伯爵令嬢を守れるよう、それまでよりも近くにいようと思った。しかし、令嬢の直ぐ傍に婚約者でもない令息が理由なくいられる訳もなく、結局いつもと変わらない距離感に王太子はヤキモキする。
そんな日々が続く中、徐々に伯爵令嬢の顔には影が差し、笑顔が失われていく。
伯爵令嬢に声を掛けたら自分の想いが溢れてしまいそうだった王太子は、それまで見守ることに徹していた。しかし、変わりゆく伯爵令嬢の姿に心を痛めた王太子は
『もう耐えられない。今日こそは声を掛けよう! 自分の想いは理性で何とか制御する』
そう決めた日。
王太子は、それを目の当たりにした。
伯爵令嬢が、どこぞの令息に突き飛ばされて怪我をしたのだ。
駆け寄った王太子は怒り心頭だが、伯爵令嬢は冷静だった。
その様子から、危害を加えられるのは一度だけではないことが察せられる。
「まさか、自分が知らないところで……」と王太子は益々怒りを募らせたが、そんな心情は隠して、涙を流す伯爵令嬢に優しく声を掛けた。
その温かさに伯爵令嬢は、ポツリポツリと自分の置かれた状況を話し始めた。
それは、王太子が予想もしない内容だった。なんと、伯爵令嬢は家でも冷遇されていたのだ。しかも魔力がないと分かる前から。更には魔力がない所為で、除籍される予定だと言う。
日頃、明るい笑みを浮かべる伯爵令嬢からは想像も出来ない程、酷い状況に置かれていたことを知った王太子は、もっと早く行動を起こしていれば良かったと激しく後悔する。
そして、とにかく何とか伯爵令嬢を救い出さなくては!と王太子は思い、気づけば身分を明かさないまま告白していた。
『君のことが好きなんだ。僕と婚約して欲しい』
驚きながらも、伯爵令嬢は王太子の優しさに付け込めないと断るが王太子は言葉巧みに攻めていく。
『ただ君は “はい”と頷いてくれればいいだ』
『はい』
ついに伯爵令嬢は王太子の言葉に頷いた。
そこから王太子の行動は早かった。
婚約とは言ったものの、仮の身分で書類を出すわけにはいかないので、王太子が借りている身分―――伯爵家の養子に伯爵令嬢を迎えることにした。
その手続きを即座に終えると、屋敷に伯爵令嬢の部屋を整え、翌日には伯爵令嬢の家まで迎えに行ったのだ。
そして学園では、伯爵令嬢のことを養子とは言わず『わたしの伯爵家に籍を移した』と宣言することで、結婚したと勘違いさせた。
『わたしの名が彼女の盾となれればいいのだが』
そう考えてのことだったが、別の問題が起きてしまう。
王太子に好意を寄せていた令嬢達からの伯爵令嬢への攻撃が始まったのだ。
しかし、今度は伯爵令嬢の婚約者という立場が王太子にある。
王太子は出来るだけ伯爵令嬢の傍にいて、自身が盾となり彼女を守った。
また、学園以外でも王太子は伯爵令嬢のために手を尽くす。
伯爵令嬢の家で彼女に良くしていた使用人達を全員引き抜いて屋敷で雇うようにしたり、学園以外で外に出たことがない彼女のために街へ出掛けたり、彼女の心が少しでも休まるように贈物をしたり、彼女が興味を持っている植物園へ行ったりと、伯爵令嬢の傷ついた心が少しでも癒えるように王太子は出来る限りのことをした。
その甲斐あってか、伯爵令嬢は徐々に笑顔を取り戻していく。
そうして心穏やかに過ごしていたある日、王太子は伯爵令嬢を庇って怪我をしてしまう。慌てた伯爵令嬢が王太子の手を取って祈ると……怪我が治ったのだ。
なんと、伯爵令嬢は魔力の代わりに神聖力を持つ聖女だった。これには王太子も驚いたが、魔力がないことと、伯爵令嬢の清廉さから“さもありなん”と納得した。
そして迎えた卒業の日、事もあろうか魔獣が会場に乱入する。
そこで王太子は伯爵令嬢に祈りを捧げてもらい、聖女の加護を受けて一瞬で魔獣を討伐。魔獣の脅威が去ったことと聖女の力を目の当たりにして、会場内は歓喜に包まれた。
それまで伯爵令嬢を蔑視していたにも関わらず、人々は聖女と称える。
自分達も聖女の加護に肖れると、その顔には喜色が浮かんでいた。
そこに王太子の両親が登場して、王太子の本当の身分が明らかになる。そこで王太子は満を持して本当の名を名乗り、チューリップの花束を掲げて伯爵令嬢にプロポーズするのだ。
『君を愛している。生涯君だけを愛し、何に代えても君を守り、そして誰よりも君を幸せにすると誓う。だから、どうかわたしと結婚して欲しい』
戸惑う伯爵令嬢に王太子は、いつか告げた言葉と同じ台詞を口にする。
『ただ君は “はい”と頷いてくれればいいだ』
『はい』
伯爵令嬢は感極まって涙しながら、今までで一番の笑みを浮かべるのだった。
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『こうして、虐げられながらも清く正しく生きていた可憐な令嬢は聖女となり、王太子妃となり、帰国した二人は末永く幸せに過ごしました』というナレーションで締めくくられ、劇が最高潮に盛り上がったところで舞台の幕は下りた。
同時に、拍手の音が会場に溢れ返る。
私も夢中で手を叩き続けた。
(とっても良かったわ!)
冒頭の王太子の心の葛藤とか、伯爵令嬢に心惹かれていく様子とか、伯爵令嬢を守るシーンは素敵だったし、伯爵令嬢のために一生懸命な姿は心打たれたし、終盤の討伐シーンも恰好良かったけど、何よりプロポーズの後の二人が抱き合う場面は感動的だったわ!
なんだか親近感が湧くというか、他人事とは思えないというか。
とにかく、とっても共感したわ。
観劇って、こんなにも感情移入できるものなのね!
これが、舞台の素晴らしさなのね!!
これだけ心に響くものが世の中にあるとは、知らなかった。
こればかりは実際、体験したからこそ分かることだわ。
観劇に連れて来てくれたシリウス様に感謝しなくてはね!
はい、お察し!
『チューリップの花束に愛を込めて』のシナリオはシリウス作です。当然、脚色ありです!
(特にプロポーズを断られたらの部分です。シリウスは絶対に諦める気はなかったので)
本当は、もっと細かくアリシアの可愛さを書いていたけど、舞台として見やすく、また面白くするために脚本家から却下されたシーンは山ほどあります(笑
シリウスとしては不服なシナリオになってしまいましたが、人気爆発で有名になって隣国へと広がることを目的としているので妥協しました。ダノン国王とアリシアの両親と学園の人々に対する意趣返しみたいなものなのです。




