105.ロイヤルボックス席
支配人は一つのカーテンの前で立ち止まった。
そして、カーテンから続く扉を恭しく開ける。
案内されて入った先は廊下とは異なり、天井が高く広々とした空間だった。
想像と違って、小ぢんまりとしていない。
これがボックス席?
本で読んだだけではサイズ感はイマイチ分からないものだとしても、それでも大分違う気がするのだけど?
しかも広いだけではない。
全体的に豪奢な造りになっている。
壁の金の装飾が天井まで続いていたり、ランプの細工が細かかったり。
これはランプというよりはシャンディアではないかしら?というぐらい豪華で、置かれた椅子にしても上質なベルベットの滑らかな生地に、背面と肘掛部分は贅沢に金で縁取られていた。
更に、椅子と床はワインレッドカラーで統一されていて高級感を醸し出している。思えば、外のカーテンも他のものに比べて刺繍が施してあって華やかだった。
(まるで、お城の一室のような雰囲気ね)
そんな風に私が思っていることを察したのか、シリウス様がこの部屋の正体を告げる。
「ここは王族専用の席なんだよ」
なるほど!
どおりで装飾が煌びやかなはずね。
シリウス様の言葉に納得しながら、私は眼前に広がる劇場内を見ようと縁に近づく。
視線を左右に動かして他のボックス席を見ると、こことは造りが全然違っていた。そもそも高さから違う。
(2階分を一室にしているから天井が高かったのね)
それに他のボックス席には大きな灯りはなく、窓の広さもここの四分の一程度の大きさだった。
私は再び周りを見渡して、次に視線を上げた。
(すごいわ、天井に絵がある)
視線の先には、シャンデリアを中心に天上を舞う天使が描かれていた。
そこから、今度は視線を下に落とす。
あ!
あの空間は!
舞台の手前に一段低い空間があって、沢山の種類の楽器が並んでいた。
(あれが、オーケストラが演奏するオーケストラピットね! 本で読んだわ!)
そこにはバイオリンやフルート、トランペットと様々な楽器が配置されている。
「そろそろ座ろうか」
「はい」
シリウス様に促されて、私達は椅子に腰かけた。
わぁ、ふかふかだわ! 長時間の観劇は、お尻が痛くなることがあると本に書いてあったけど、これなら大丈夫そうね。
「ここなら、こうして舞台を正面から見られるし、プライベートも確保されるのは利点なんだけど……舞台から距離があるのが難点なんだよ」
「え?」
シリウス様が「1階の前方席なら、もっと近くから舞台を見られるんだ」と残念そうに言うので、私は首を傾げた。
「距離があったら何か問題があるのですか?」
「あぁ、そうか。舞台が見えにくいと思ったんだけど、アリシアの視力なら問題なかったね」
なるほど、舞台から離れてしまうと普通は演劇が見えにくいのね。
けれど、楽器の一つ一つまで見える私には関係のないことだったみたい。
(でも、私は良いけどシリウス様は?)
シリウス様が見えなくて楽しめないのは残念だと思い、私はチラリと視線を向けた。
「シリウス様は見えにくくないのですか?」
「大丈夫だよ、これがあるからね」
笑みを浮かべたシリウス様が横に手を出すと、背後に控えていたジュリアンがサッと何かを手渡す。それはオペラグラスだった。
なるほど、道具を使って視力を補うのね。
さすがシリウス様、用意がいいわ。
「アリシアの分もあるけど、いる?」
視力的には不要だけど、初めて見るオペラグラスに私の好奇心は掻き立てられた。
「その、観劇を観るためは必要ないのですが、どのように見えるのか気になるので借りてもいいですか?」
「もちろん。はい、どうぞ」
シリウス様から手渡された金色に輝くオペラグラスは綺麗な装飾が施してあって、それを見ているだけでも満たされるものがあった。
けれど、これはオペラグラス。
その真価は装飾ではない。
(そこから見える視界は、どのようなものなのかしら?)
好奇心がくすぐられた私は、手にしたオペラグラスを覗く。
フォーカスしたようにレンズに収まる視界、それが拡大して見えた。
あ、あの柱には獅子の彫刻が施されているわ。
まぁ、あんな所にも絵が描いてあったのね!
ふと客席を見れば、チラホラと人が座り始めていた。
その中には、私と同じようにオペラグラスを手にしている人達もいる。
私は更に色々な場所へとレンズを向けて、拡大された世界を味わった。
(あ、オースケトラピットに人が入って来て、譜面を広げ始めているわ)
う~ん、これはこれで楽しいのだけど……でも、やっぱり全体を見渡せないのは残念ね。それに何だかクラクラするような?
一頻りレンズの先に見える風景を堪能した私は、満足したとオペラグラスをシリウス様に返す。その時、大きなブザーの音が鳴り響いた。
え、何事?!
吃驚してキョロキョロと私は視線を泳がせるが、横にいたシリウス様は平然としている。そんな私の挙動不審に気付いたのか、シリウス様は先程のブザーの意味を明かしてくれた。
「今のは1ベルで着席を促す合図だよ。5分後には開演の合図の本ベルが鳴るからね」
「そうだったのですね」
なるほど、合図のブザー音だったのね。
知らなかったとはいえ、驚いてしまったことが恥ずかしいわ。
羞恥から僅かに熱くなった頬に手を添えていると、様々な楽器の音が聞こえてきた。
あ、これが『音合わせ』というものかしら?
何だか、素敵だわ!
耳を傾けていた音合わせの音が止むと、再びブザーの音が鳴り響く。
今度は驚かないわよ。
ふふふ、いよいよ舞台が始まるのね。
私はソワソワしながら姿勢を正す。
初めての劇場と舞台にウキウキと躍る心が止まらない。
そんな私を、ずっとシリウス様がニコニコと微笑ましそうに見ていたなんて気づきもしなかった。
えぇ、そうです。ずっとシリウスはアリシアを笑顔で見つめていて、連れて来て良かった!と歓喜しているのです(笑




