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それは退化か、それとも進化か

 うららかな昼下がり。花火玉を作り終えた僕は凝った身体をほぐすようにぐっと伸びをした。

 現実さながらのこの世界では、単純作業に伴う疲労感や伸びをしたときの血流が巡るような感覚まで忠実に再現される。こういう仕様の端々から改めてこのゲームのイカれた技術力を痛感するね。


 ふうと軽く息を吐き、暖かな日差しが降り注いでいる窓に目をやり人心地つく。瞬間、窓にバババンと血の手形が現れた。僕はすぐさま大型爆弾を取り出して起爆する。だが血の手形は消えることはなかった。逃した、か。


 マーキングと呼ばれる行為だ。血のポリゴンが何かに付着した際にできる血痕は、垂れ流したプレイヤーが死ぬかログアウトをしない限り残り続けるので、こうした人の気を害するだけの迷惑行為に活用されている。


 このゲームの文化は99%の悪意と1%の閃きで出来ていると言っていい。倫理観をドブに流してできた隙間をクソで満たしたプレイヤーは、ふとした瞬間になんの生産性もない嫌がらせを思いつき、呼吸のような自然さで実行に移す。それが広く浸透したら一つの文化の成立というわけだ。


 マーキングの意味合いは多岐にわたる。煽りや挑発は基本。頭がイカれてくると本気で殺し合うための挑戦状や犯行予告、仲間内の符丁としても使われたりする。かと思えばなんの気なしに突然マーキングしだすクソ個体もいるから始末に負えない。電柱にしょんべん引っ掛ける犬じゃないんだからさぁ……。


 ()()く爆殺してやりたかったが、逃げられてしまってはそれも敵わない。かといってわざわざ【冷水】で洗い流すのも癪に障る。無視するのもそれはそれで気分が悪い。不快害虫かよっていうね。


 目を瞑り深呼吸を一つ。スッと気分を入れ替えた僕は新たな花火玉を作るべく容れ物を取り出した。

 ガチャリとピッキングの音。僕はすかさず大型爆弾を取り出して着火しようとしたが、ギュンと接近した影が剣の鞘で爆弾の導火線を押さえつけた。


 あっさん。この男は……ついに弾指の隙にまで割り込めるようになったというのか。化け物め。

 風の噂では既に剣士のレベルを最大の25まで上げきったと聞いている。文字通り寝る間も惜しんで経験値獲得に励む正真正銘の廃人。身体能力が上がるとその分だけ意識を身体に馴染ませる必要があるのだが、この男はそれすら終えているのだろう。凡人には到底及びもつかない領域にいる。折り紙付きのトッププレイヤー。


 そんなあっさんが赤潮にやられた魚のような目をしてこちらを見下ろし、呟く。


「新規定着率低。旧態依然。何故」


 僕はすっくと立ち上がりあっさんの頭をひっぱたこうとしたところ腕を取られ、続けざまに脚を刈られて投げ飛ばされた。ビターンと仰向けに倒れ伏した僕の首筋に剣の切っ先がスッと突きつけられる。人間味のない仕草で首を傾げた廃人が一言。


「理解者?」


「ストップストップ! 全チャのクソ文化を日常に持ち込むな。ステータスと引き換えに人間性を削るのはやめろって常日頃から言ってるでしょ」


「最効率」


「ほんとさぁ、そういうとこだよ。隙あらば洗脳を施そうとするの悪いクセだって。便利なのは分かるけどゴリ押しで布教するのはやめろ。そりゃ頭をひっぱたきたくもなるよ」


「……」


 僕はクソのようにバグり散らかしたAIの修復を試みた。すぅと目を瞑ったあっさん。そしてビクンビクンと二、三回痙攣した後に目を開いた。死んだ魚のような眼球に仄かな光が灯る。


「意味が伝わるならば口数は少ないに越したことはないだろう。違うか」


「まだ言うのか。時と場所を選ばないとむしろ効率が悪くなるってそろそろ学びなよ。現にこうして貴重な時間を浪費することになってるでしょ。……これは一度真剣に腹を割って話さなければならないみたいだね。新規の定着率が悪いって? その辺も含めて話し合おうか。分かったらその剣をどけるんだ」


 そう諭すとあっさんは即座に納刀し、ガガガっという音を立てて席についた。移動する、椅子を引く、椅子に座るという動作を極限まで圧縮するとこんなバグった音を出力するらしい。一生役に立つことがなさそうな豆知識である。


 僕は人間味を感じさせるゆったりとした動作で椅子に座り直す。あっさんはじっとしていることに強い抵抗を覚えているのか微振動していた。この廃人はほんとに……。僕は戦々恐々としながら口を開いた。


「さっきも言ったけど、例のクソ言語は使用禁止だ。全チャはもうアレ無しでは成立しない魔境になっちゃったけど、だからといって面と向かって行う会話にまで侵食しだしたら終わりだよ」


「だが効率がいい」


「見てくれが最悪だって言ってるんだ。あれがスタンダードになったら新規が寄り付かなくなるに決まってるだろう」


 一部界隈でN言語、もしくはン語などと呼ばれる中国語もどきの文章は全体チャットが解禁された後に作られたものだ。


 このゲームの全チャはチャンネル制度がなく、エリアチャットや個人チャットといった気の利いた範囲指定の機能もないので、全プレイヤーが一つのチャット欄に文章を発信するという地獄のような仕様となっている。


 ギルド内チャットがあるので最悪の事態は免れたが、それでも数千人が一つのチャット欄を使用するというのは普通に無理があった。


 真っ当なパーティー募集は雑談や悪ふざけの文章の波にさらわれ爆速で流れていく。そこにクソスポ募集やテーブルゲーム募集、簡易式チキンレース募集などのチャットが入り乱れることで全チャは当然のように機能不全を起こした。


 するとどうなるか。殺し合いだ。


 クソみたいな雑談を垂れ流すやつは殺せ。

 文章を三行以上書き込むやつは殺せ。

 場違いな質問をするやつは殺せ。

 スタンプでログを流すやつは念入りに殺せ。


 チャットは発信したプレイヤーの名前が載る。誰がどんなチャットを打ち込んだか一目瞭然なので、いたずらにログを流す迷惑プレイヤーの情報は即座に掲示板で共有されて犯人探しが始まった。これにより何人もの新規やクソスポ民が凶刃に倒れたという。


 そうした自濁作用を経た結果、なんとか全チャは最低限の機能を取り戻した。一般プレイヤーが全チャに寄り付かなくなったとも言う。


 だがここへ来て新たな問題が急浮上した。二行制限を設けてしまったせいでパーティー募集をする際に細かい指定ができなくなってしまったのである。

 文字数を削って職業を指定しなかったらゴミのような職業が群がり、戦法を指定しなかったら並かそれ以下のセンスのプレイヤーが群がり効率が悪い。


 自縄自縛。苦悩するプレイヤーたちはふと一つの結論にたどり着いた。


 ひらがないらなくね?


 N言語台頭の瞬間である。

 最低限の修飾すら排したクソのような文章は、しかし意外なほどに分かりやすかった。有志たちが即座に最適なフォーマットを練り上げた結果、全チャの募集文は人間味を極限まで削ぎ落としたN言語で埋め尽くされることとなったのだ。


 一般人には文字化けのように映るN言語であるが、慣れればむしろ分かりやすいという魔性の魅力を秘めていた。それに頭をやられたのが一部の効率厨や廃人である。

 初めは身内同士の狩りで使用していたのだが、その便利さに気づいた連中は義務教育で培った日本語の妙を破棄。名詞と数詞が文の九割を占める言語に毒されていった。


 そりゃ意味は通じるよ? 『私は学生です』を『私学生』って言っても、アニメにでてくる無口キャラかな? って思いはするけど意味は通じる。

 でもさぁ、皆して使い出したらただのホラーなんだよね。パーティー募集主がカモン機能で合流したメンバーに対して『理解者?』って尋ねた後、参加者が『理解者』と返す絵面は最悪に近い。僕ですらドン引きなのに新規プレイヤーに受けいれられるわけがないだろ。


 そう諭すとあっさんが即座に反論した。


「マジという単語と同じだ。感嘆、疑問、肯定、強調。複数の意味を持つ単語は慣れれば使いやすい。理解者はそれだ。確認しただけで十五の意味を持っている。浸透すれば効率がいい」


「理解者?」


「理解者」


 クソッ! 使いやすい! 僕は頭を抱えた。それには手紙の冒頭に添える長ったらしい時候の挨拶を『前略』の一言で済ませられるような利便性があった。ゲームなんだからこのくらいの適当さでいいでしょという欲が鎌首をもたげるのを感じる。効率至上主義者の連中はこれにやられたのか。


 机をダンと叩きつけて邪気を振り払う。冷静になれ。効率に頭を汚されたら行き着く先は文字通りの廃人だ。頭の隅に根を下ろしかけたN言語を蹴っ飛ばし、思考を正常に戻してから続ける。


「効率がいいのは分かった。認める。けどそれを公の場で使うのはやめよう。新規への威嚇行為にしかなってないよ」


「遅かれ早かれそうなる。染めるなら早い方がいい」


「染まる前に振り落としてるって言ってるんだよ。それにどんなに順応したってあっさんみたいにはならないからね? 普通の移動にまで【踏み込み】使うのは、はっきり言うけど異常だよ」


「それがそもそも分からない。ダッシュ機能があるゲームでは常にダッシュしっぱなしが基本だろう。屋内の移動であろうと変わらない」


「だからって瞬間移動はしないでしょ。なんて言えばいいのかな。徒歩三十秒のコンビニにバイクをかっ飛ばすような感覚だよね。そこまでいくとむしろ効率悪くない? って感じ」


「コンビニには走って行く。食材補充と適度な運動、そして速さが両立できる。最効率だ」


 生々しいリアルやめろ。中途半端に人間アピールするな。


「物の例えだよ。そもそもあっさんが普通に歩いてるところ見たことないんだよね。人の歩きに付いていく時も【踏み込み】使ったホバー移動みたいなムーブしてるしさぁ。あれほんと見てて肝が冷えるよ」


「奇襲警戒と初動制圧を念頭に置いた歩法だ。効率がいい」


「これはゲームなんだからさぁ……。ほら、窓のアレ見なよ。マーキングだ。他のプレイヤーはああいうクソみたいな遊びにも楽しみを見出してる。あそこまでクズになれとは言わないけど、もう少し心にゆとりを持ったらどうなのさ」


「非効率は好かない」


 口を開けば効率ときた。人生哲学に効率の二文字を躊躇いなく掲げる廃人はこれだから。自らを顧みない。他人からどう思われようが気にしない。結果として新規どころか既存プレイヤーすらドン引きさせる魔境の創造に一役買うことになるのだ。


「決めた。あっさん、今後は屋内で【踏み込み】の使用は禁止だ」


「……? それになんの意味がある」


「今のあっさんに何を言っても新規の気持ちは分からないだろうから、まずは効率に毒された考えを矯正する。客観的視点の獲得を目指そう。そのためには他のプレイヤーと歩調を合わせる必要がある。屋内では普通に歩く。それがはじめの一歩だ。歩くんだよ、あっさん。ほら早く!」


 訝る表情のあっさんを急かす。渋っていたあっさんであったが、これ以上揉めるのは効率が悪いと判断したのかガッと音を立てて椅子を蹴立った。


「歩く……」


 ポツリと漏らしたあっさん。そしてぐいっともも上げのように右足を上げ、出来の悪いクレーンゲームのように足を伸ばし、水平のままの足をドシンとおろした。

 苦しそうな表情をしたあっさんが次いで左足を同じように上げたため制止に入る。


「止めだ止めだ! もういい! なんでそうなる! 現実でどうやって生活してるのか心配になるレベルじゃないか!」


「現実とVRではキーコンフィグが違うだろう」


「真顔で意味分かんないこと言うのやめよう?」


 常々この廃人はどこか普通ではないと思っていたが、どうやら想像を遥かに凌駕する脳内構造をしているようだ。現実のキーコンフィグってなんだよ。頭の中にゲームコントローラーでも埋め込んでらっしゃる?


「矯正と言ったけど、訂正しよう。あっさんには更生が必要だ。客観的視点なんかよりもまず社会性を獲得してもらう必要がある」


 このゲームのトッププレイヤーがこれじゃ格好がつかないよ。まずは体内にこびりついた闇を浄化する。

 一文字様更生計画、始動。

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― 新着の感想 ―
あっさん多分、ほどよく引き締まった体つきなんだろうな……。不摂生は長時間のプレイに支障が出るとかそういう理由で
最近話題になった「対多」とかいう偽中国語snsを思い出した でも会話文でやるのは違うんじゃないかなぁ
[良い点] 私理解此処肥溜 [一言] 現実でもVRでも同じ脳波だろうにキーコンってなんだよあっさん…
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