論破(物理)
▷立論:賛成派
「まず第一に主張したいことがある。これはゲームだ」
シンシアの発言。まあそう来るだろうな、という感想だ。まずは残虐行為を容認させるための土台を作りに来ている。
「1と0なんだよ。別にカッコつけてるわけじゃない。事実としてありのままを述べている。極限まで現実に近づけたといっても、所詮はゲームなんだ。そしてプレイヤーもそれを心の底で理解している。プレイヤーキルをしている人間が現実でも殺人を犯すかと言えば、そうではないだろう? 同じことだ。どんなに愛くるしい見た目をしていようとデータの集合体に過ぎない。そもそも殺すという表現が当てはまるのかすら怪しい。ウサペタは手段であって目的じゃない。狩りゲーに似ている。モンスターを狩ることで得られる素材があるならば、それがたとえ愛くるしい見た目をしていたとしても狩るだろう。それが必要だからだ」
主目的はあくまで別にある。シンシアはコロコロしたいからコロコロしている訳ではないという立場を明確にした上で続けた。
「そこに『可哀想だから』なんて私情を挟んでしまったら、殺しがシステムに組み込まれている全てのゲームが成立しなくなる。もう一度言おう。これはゲームだ。創作物だから、フィクションだからこそ許される行為というものがあって然るべきという認識を持ってもらいたい。それが無かったら……プレイヤーキルなんて真っ先に許されない行為として弾劾されるべきなのだから、ね」
最後にそう付け加え、シンシアはわざとらしくシリアとノルマキさんに目配せした。やはりこのキャスティングには悪意が見え隠れしている。反論できるのが僕とビストロさんしかいないじゃないか。
どうするか。ビストロさんとアイコンタクトを取る。クイッと顎でサインをされた。僕にいけと。まずは潰しておいた方がいい、か。分かった。僕が行こう。
▷否定派:質疑
「まずは確認したいことが。ウサペタをしているのはそれが必要だから、との主張をされていましたが……本当にそれは必要な行為なのですか?」
「必要で」
食い付いて来たことを確認したらわざと話を遮って続ける。さも話は終わっていないぞと言わんばかりに。
「『先駆』の方々の腕の程はほとんどのプレイヤーが知る所。だとすれば疑問に思うのは当然でしょう。ウサペタなどという非道な行為に手を染めて効率を上げずとも……強化個体を狩る程度造作もないことなのではないか、と。実態はどうなのかお聞かせ願えますか?」
攻める箇所はモラル云々ではなく廃人の矜持だ。
ウサペタに頼らなくても余裕で勝てるはず。勝てないだなんて言わせない。否、言えないだろう。トッププレイヤー集団の二番手が、いくら茶番放送の場と言えど、自分らの組織の株を下げるような発言をするとは思えない。
「……まあ、ウサペタを使わなくても普通に勝てますが」
「やはり素晴らしい狩りの腕ですね。ちなみにウサペタをすればどの程度の時間短縮になるので?」
「……だいたい、二分から三分」
「おっと、まさかそれだけなのですか?」
「いやいや、積み重なれば膨大な時間短縮になるだろう!」
「それは今後も同じ数だけペットの屍を積み上げるという宣言と捉えても宜しいですか?」
「ッ……」
反論材料を探すシンシア。だが隙は与えない。コツは感情論をぶつけることじゃない。聴衆をどれだけ感情的にさせるかだ。僕は努めて穏やかな笑顔を浮かべて言った。
「確かにこれはゲームです。ですが、ゲームだからといって為す行動全てに無感動でいられるわけではないでしょう。小動物の命を一つの単位と割り切って使い潰す前提に据えるのは……少々度が過ぎるかと。自分からは以上です。ありがとうございました」
まだ時間はあるが強引に締める。議論は言いたい放題言ってから締めるのが強い。印象に残りやすいからだ。投票日に選挙カーを走らせてはいけない理屈と同じ。声のデカさは支持層の厚さに直結する。故にここで締める。ぬかりは無い。流れは持ってきた。後は任せたよ。
▷否定派:立論
ここでネタ枠のシリアを切ることにした。流れはこちらへと傾いている。多少穴のある発言をしたところでフィフティーフィフティーまで持っていくのがやっとだろう。地雷は先に潰しておく。
んっと咳払いしたシリアが口を開く。
「えっとぉ、やっぱりぃ、かわいい動物を殺すのはいけないことだと思いまぁす! 以上で〜す!」
シリア……ッ! 僕は歯軋りした。こいつ……ふざけるのも大概にしろ!
あのわざとらしい顔……そうか、あいつウサペタ賛成派だな? 賛成派に参加して擁護するのではなく、何食わぬ顔して否定派に潜り込んで内部からの崩壊を目論んだ……ゴミめ。
認識が甘かった。居ないものとして扱うのではなく、端から敵だと認識しておくべきだった。やつは人の悪感情を食んで愉しむ妖怪。そこを履き違えてはならなかったのだ。
よほど爆殺してやりたかったが、ここでの実力行使は議論に響く。やむなし。後で覚えてろ。
こうなったらビストロさんとノルマキさんに賭けるしかない。負け戦感が漂い始めたが……諦めるのはまだ早い。何故なら相手にはホシノが居るのだから。
▷賛成派:質疑
「俺にはどうしても受け入れられねぇ性格ってもんがある。それはな、ぶりっ子だ」
ホシノが持論を語る。
「語源は何だったか。たしか、かわい子ぶるとか良い子ぶるって感じだったと思う。ここまで言えば薄々察してるやつもいると思うが……俺はSNSでウサペタ事件を頭ごなしに批判してる連中のことをクソだと思ってる。何故ならやつらの大半はこんなクソゲーのことなんて実のところはどうでもよくて、ウサギが可哀想だからやめなよって不特定多数に向けて発信する自分に酔ってるだけだからだ。似た例として、カワイイって言ってる私カワイイがある。これは有名だな。感受性豊かだと思わせておいて実は、ってやつだ。だがこれはいい。駆け引きの一つとしてありだと思う。むしろ基本に忠実すぎて好感を持てる。ウサペタ批判連中に話を戻そうか。やつらにはな、核がねぇんだ。こんなクソゲーで何が起きようが心底どうでもよくて、それでもSNSで話題になったからって理由だけで流れに乗って騒ぎ立てる。クソみてぇな連中だぜ。優れてるのは自分がどれだけ気持ちよくなれるかを嗅ぎ分ける嗅覚だけだ。承認欲求の犬と言っていい。やつらにとっちゃウサペタ事件なんてのは異を唱えるだけで気持ちよくなれるボーナスステージみてぇなもんだ。現によぉ、いまウサペタ事件について真剣に語ってるやつがいるか? いねぇだろ。そういうことだ。一過性の話題をあげつらって言いたい放題するだけの流され屋。それがやつらの正体だ。俺んときもそうだった……あのクソども……! 俺がテメェらに何か迷惑かけたのか? あ゛!? 安全圏から石を投げつけて気持ちよくなってるクソどもはよぉ、いっぺん自分の行為を見直してみたらどうなんだ? えぇおい。てめぇらは文明の利器を手にしただけの原始人だぜ。賢しらぶってるだけの猿と変わらねぇ。大体よぉ、ゲーム内で生き物を殺すのを反対するんだったら鬼やら猪をブチ殺す様にも言及しろよ。するわけねぇよな? 表面を浚って気持ちよくなるのが目的なんだからよ。底が浅え。その一言に尽きる。こんなカワイイ生き物を殺すなんて信じられないって騒いでる連中は、ブサイクな生物なら殺していいって言ってるようなもんだぜ。極論だが、裏を返したらそうなるってこった。なぁ、承認欲求に眩んであんま頭の悪い発信をするもんじゃねぇぞ。ゲームで口説くなんて人間性が終わってるとか、リアルだと話す前に必ず『あっ』て言ってそうとか、禿げてそうとか、そういうコメントしてるやつらに言ってんだよ。俺は禿げてねぇ。クソが。死ね。俺からは以上だ」
カメラに向かってピッと中指を立てたホシノは、それで満足したと言わんばかりに腕と足を組んでふんぞり返った。
ホシノ……あいつ、討論というそもそもの目的をまるっと無視して視聴者に喧嘩をふっかけやがった……! さすがだぁ……。本名バレをしても動じることのない佇まいは貫禄すら帯びる。画面に映るだけで数字が稼げる男の異名は伊達じゃない。
ホシノが質疑応答の時間を全て自分語りで終わらせるというスタンドプレーを披露したので議論の行方が分からなくなってきた。ネタ枠二人の消化を終え、討論は後半戦に突入した。
▷否定派:反駁
ノルマキさんがマイクを握る。
ここで求められるのは総合力だ。相手からの批判を躱しつつ、ボロを出した部分を容赦なく突く。そして自分たちの主張を確固たるものにする。手腕が問われるターンだ。
故にノルマキさんを起用した。彼は泣く子も殴り倒す企業戦士。踏んできた場数が違う。このまま大きく引き離し、余裕を持った状態で最後のビストロさんに繋いでもらいたい。
軽く声を出してマイクチェックをしたノルマキさんが話し始める。
「まず一つ。ウサペタ反対派は一枚岩じゃない。ゆえ、これから挙げる理由は私個人の意見になるが……」
そう前置きし、一泊の溜め。すうと呼吸音を響かせて続けた。
「ウサペタはやめようよ。ウサちゃんがかわいそうだよ」
!?
な……何を……? そんな、まさか、初手感情論ぶっぱだと……? 負け筋一直線の愚策……! 僕はバッと隣のノルマキさんを見た。非常に真面目な表情をしている。なぜだ……なぜこんな暴挙を……。
「いまスターライトくんがブサイクな生き物なら殺してもいいのか、と言っていたが……まあ、正直そんなもんだろう。見てて癒やされるか否か。人のエゴだ。何が悪い」
相手の意見を認めた上で開き直る……!? 駄目だ。駄目だよそれは。試合放棄に等しい。白旗をブン回しているようなものじゃないか……! 僕はノルマキさんの足を小突いた。正気に戻ってくれ!
「害獣は殺す。益があるなら生かす。時代の沿革にはいつだってエゴが付いて回ってきた。そして現代では小動物に癒やしという益を見出した。要はそれだけのことだろう」
話の規模が壮大すぎる! くそっ、闇を溜め込みすぎたんだ! 僕は小声で話しかけた。
「ノルマキさん……! その主張はまずいです! ウサペタの利益を容認してしまいます……!」
「それがどうした。初めに言っただろう、私の個人的な意見だと」
ノルマキさんがすっと瞳から光を消した。まずい。
「プレイヤーキルが真っ先に許されない行為になると言われていたが、それはどうかな。私はむしろプレイヤーをこそ積極的に抹殺していくべきなのではないかと考えている。プレイヤーは可愛くないからだ。癒やしをもたらさない。宇宙船地球号などと言うが、その船の破壊に腐心している種族がそんな言葉を使うなんておこがましいと思わないか? 印象に残っている小話がある。ある日創造主が降臨し、最も票を集めた願いを叶えてくれることになったという話だ。人は結託して前向きな願いを欲したが、地球上の他の生き物は環境保護を切望したため人間が消滅したというオチは秀逸の一言に尽きる。人という種のエゴを徹底まで掘り下げていると思わないか? そして私はそれを否定しない。人間とはエゴの生き物だからだ。取り繕うのはやめようじゃないか。私はウサちゃんがかわいそうだと思ったからウサペタを否定する。以上だ」
僕は机に突っ伏した。
闇が……深すぎる。そこまで言われたら僕にはもうどうすることもできないよノルマキさん。僕は……無力だ。
▷賛成派:反駁
フレイヤたんが何か言ってる。僕はもう上の空だった。勝ちの目が消えたからだ。
シリアのおふざけとノルマキさんの闇のしわ寄せを受けるのはビストロさんである。うまいこと纏められるかというと、無理だろうというのが率直な感想だ。僕でも無理。
▷否定派:最終弁論
「あー、つまりだなァ……かわいいウサちゃんを効率のために使い潰すってのは宜しくなくて、それで、人には癒やしが必要で……」
負けである。僕は確信した。
まさかノルマキさんがこんな方向で闇を解放するとは思わなかったよ。これは僕の判断ミスと、ビストロさんの経験不足と、シリアのクソのせいだ。
▷賛成派:最終弁論
「博愛精神の重要性は我々も知っての通りだ。だが、それは尊重するものであって押し付けるものではない。法の適用範囲外であるゲームならば尚の事。その点を履き違えた時点でそれはゲームデザインの否定に繋がる主張となり――」
消化試合だ。むしろ勝ち筋など端から無かったのかもしれない。『先駆』と『検証勢』と『ケーサツ』の癒着を形にしたのがこの茶番劇だ。たとえ僕らが優勢に事を進めていても結果はウサペタ賛成派の勝利になっていたかもしれない。
結果だ。それで黙らせられる。
外部への広報の大部分を『ケーサツ』が握っている現状は印象操作がし易いことを意味する。『ケーサツ』が白と言えば白なのだ。偏向報道の極地である。
いずれウサペタ事件は風化する。いや、文化の一つとして日常に組み込まれると言ったほうが正しいか。
挨拶代わりに人を殺す行為が浸透しているイカれた世界。どうして小動物の命が顧みられるというのか。
もう止めようがない。
諦めかけたその時、目が合った。
白い毛並み。丸みを帯びた身体。ピンと立った耳。
ウサギだ。『花園』や『食物連鎖』、その他プレイヤーが会場に駆けつけ、己のペットを抱きかかえ、瞳を潤ませてこちらを見つめていた。
他にもいる。ハムスターにリス。カメ、もぐら。オオサンショウウオを抱えているレッドまで。ペットを愛する者たちがみな一堂に会し、声なき抗議の声を挙げていた。そして何かを期待するような目で僕を見ている。や、やめろ……そんな目で見るな……僕たちは負けたんだ。僕にできることなんて、もう何も……。
肩に手が置かれる。
「まだやれることがあるだろう」
「ノルマキさん……」
「街の中ではペットへの攻撃は無効化される。やるといい」
「おい! 早く結果を発表しろ! 私たちの勝ちだろう!」
「ッ! 結果発表! 勝者は――」
僕は中型爆弾を取り出した。指を鳴らして着火する。物凄い勢いで離脱したノルマキさんとシリアを除いたメンバーは全員死んだ。
結果は発表されていない。それが全てだ。
団結したウサペタ否定派が大規模なデモを決行したことで茶番放送はその場で打ち切り。声のデカさで賛成派を黙らせることに成功。NGOではウサペタ否定派が主流として幅を利かせることとなったのであった。
ウサペタ事件。NGOの中でも指折りの闇を感じさせる一連の騒動はこうして幕を閉じた。小動物の命を道具として扱う悪は滅び、博愛精神に溢れるプレイヤーが生き残ったのだ。
やはり人は心あってこそだよ。それは仮想現実の世界でも変わらない。ドブに捨てられがちな価値観を雪ぐいい機会になったんじゃないか。事が終わった今、強くそう思う。
ちなみに僕は廃人主導のもと処刑された。やっぱ人類ってクソだわ。いつか正義の鉄槌を下さねばなるまいね。




