一文字様更生計画:序
「ということで、皆にはあっさんに生産職の何たるかを教示してもらいたい。宜しくね」
やって来たるは『花園』のギルドハウスである城の一室。長机と椅子がずらっと並んでいるため、大人数が集まってワイワイしながら生産活動をするときに使われる部屋である。僕ら二人はそこに潜り込むことに成功した。
『花園』は男子禁制のギルド。当然この提案も断られた。爆弾納品のときは仕方ないから入城を許可するが、それ以外のときは近寄るなとすげなく門前払いされる始末。
だからメリットを提示した。
ウサペタ事件を巡り『先駆』と『花園』の仲が険悪になりかけていたが……正直、この状態は双方にとってなんのメリットもない。
『花園』は貴重な素材の確保に苦心することになるし、『先駆』は優秀な武器防具の注文先を失う。それは分業の破綻を意味する。
カネと素材を渡したらNPCが武器をポンと作ってくれるゲームならそれでいいのかもしれないが、これは偏執的なまでに不便さを突き詰めたMMO。現実世界よろしく妥協が必要なのだ。
多少頭を下げることになろうとも、他人との縁を繋いでおかなければ立ち行かなくなる。効率だって落ちる。意地の張り合いは得策ではないのだ。
だから僕が橋渡し役になった。あっさんに支援物資の納品継続を約束させ、ユーリには従来通り受注生産を行う契約を認めさせる。多少のわだかまりは残るだろうが、それをいま完全に解消するのは到底無理だ。時間が解決してくれることを祈るばかりである。
そういうわけで、今回の場は仲直り後のレクリエーションといった意味合いが強い。普通に提案したところで断られるのならば、提案を突っぱねるのを躊躇う状況を作り出してやればいいのだ。
仲直り完了。これから宜しくね。ところで、少しだけ提案があるんだけど……。
ここで否を叩きつけられるかという問題だ。別に無理難題を吹っかけているわけじゃない。一日だけ一緒に生産活動をしてくれ。それだけだ。
これからよろしくやっていこうと決めた直後に些細な提案を無下にするのは気が引ける。こちらを気遣う。妥協する。そうして気付けば交渉のテーブルについているのだ。
まぁ、この程度なら許容範囲か。そう思わせれば勝ちである。
男子禁制という前提をいとも簡単に覆したユーリは僕ら二人を快く迎え入れてくれた。やっぱり質に取るなら相手の良心と損得勘定だよね。少し我慢すれば損することはないという絶妙な塩梅を他人に強いる。いやあ、橋渡し役も楽じゃないね。
ギルドマスター直々に許可したとあっては反対する者はいない。今までの恩もある。邪険にはできない。さすれば返す言葉は一つ。
「よろしゃーす」
「おねしゃーす」
「よろー」
こうなる。
首尾は上々。あっさんには彼女らに混じって生産職としての活動をしつつ一般人としての感覚を取り戻してもらう。
このゲームで感性が一般人に近いのは『花園』の生産職だ。外界から隔離されており、クソのようなモンスターと命のやり取りをすることなく、健全な趣味の延長としてゲームをプレイしている。彼女らの活動を間近で見ることで心にゆとりを取り戻してもらいたいね。
ゆるい雰囲気で迎え入れられたあっさんは一歩前に出て一言。
「理解者」
僕はあっさんの頭をひっぱたいた。
「それやめろって言ってるでしょ」
「貴方たちは漫才しに来たのかしら……?」
ユーリには僕らのやり取りがボケとツッコミに見えたらしいが、あっさんはこれが素だ。空恐ろしい話である。
若干の不安を感じさせる立ち上がりとなったが、計画はまだまだ序盤も序盤。いくらでも舵の切りようはある。気長にやっていこうじゃないか。
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僕はいつもの花火玉作製セットを取り出していつもの作業に取り掛かることにした。爆弾作りに没頭できるのは自宅なのだが、いかんせん邪魔される頻度が高い上に今はマーキングされたせいで気が散ってしまう。今日はここで他のプレイヤーの交流をBGMに頑張るとしようか。
「今日はどうするー?」
「絵でも描こうかな。そっちは?」
「んー、錬金術ってのやってみたいんだよねー」
「あれただ鉱石を練り練りするだけだからあんま楽しくなかったなぁ」
「いいか?」
キャイキャイとはしゃぐプレイヤーの間に割り込んだあっさん。軽く手を挙げ注目を集めたあっさんが能面のような無表情で語る。
「まさかその日の気分で職業を変えているのか? 何故だ。このゲームの生産職のレベルの上げ辛さは知っているだろう。器用貧乏ビルドは時代についていけない。特化型になるべきだ。ネトゲの基本だろう」
「えっ……」
「いや、やりたいことやってるだけなんだけど……」
「ユーリ。どういう教育をしている」
「貴方はどういう教育をされて育ってきたのかしら?」
なんで開始一分で生態系の破壊を試みてギスってるんだよ。才能か。ブラックバスみたいな生き方してんなこの廃人。
「あっさん、僕らは彼女たちの在り方を学びに来たんだ。そこを忘れないようにね」
「だがレベルが」
「レベルについての言及禁止」
「スキルが」
「それも禁止」
「もう手遅れなんじゃないかしら?」
匙を投げるには早い。あっさんだってナチュラルボーン効率厨だったわけじゃない。初めてゲームに触れたときには無駄や粗さがあって、かつそれを楽しむ余裕のようなものがあったはずだ。多分。それを思い出してもらう。
トッププレイヤーの影響力というのは侮れない。何かと話題に上がるあっさんの素行が改良されたら治安の改善に繋がる可能性がある。ヘドロのような実態の『先駆』がクリーンに生まれ変われば尚の事。これはそのための一歩なのだ。根気よく行こう。
「……」
どうやらもう反論はないらしい。納得も理解もしていなさそうだが、コロッと意識の改革が進むはずもなし。じっくりと更生を施そうじゃないか。
「ほら、何でもいいから生産職になるんだ。血なまぐさい思考を捨てて芸術を嗜むのも悪くないよ。創作は己との対話だ」
僕の説得が功を奏したらしく、あっさんはインベントリから煌びやかな光を放つ石をゴロゴロと取り出した。新アイテムだ。
「あーっ! それって鉱山エリアで採れるやつですよね!?」
「レアモンスターが落とすっていう宝石! 『先駆』さんと『検証勢』さんがガメてるから出回らないって噂の!」
「宝飾師でしたっけ? そういうキラキラした系好きなんですかぁ?」
レアアイテムをチラつかせることで耳目を集めたあっさんは研磨剤やヤスリを取り出しながら平坦な声で応えた。
「好き嫌いなんて私情は挟まない。優先順位だ。ゲームで宝石を用いたアクセサリーといえば能力底上げの定番。だから選んだ」
「あ……っすか」
「そ、そう……」
軽い気持ちで歩み寄ったら思わぬカウンターブローを食らった『花園』プレイヤーたちが顔を見合わせてドン引きする。取り付く島もないとはまさにこのこと。
可視化できそうな程に濃密な話しかけるなオーラを纏うあっさん。しかしユーリは臆さずに交渉を持ちかける。
「うちの戦闘職の子たちも頑張ってるけどなかなか宝石獣と出会えないのよねぇ〜。貴方たちが片っ端から狩り尽くしてるってのもあるんでしょうけど。少しくらいうちのギルドにも卸してくれないかしら?」
「構わない。条件を付ける。宝飾師は一人だけだ。一日十時間ログインできるプレイヤーが望ましい。一極集中してレベルを上げてもらう。得たスキルの詳細をレポートして『検証勢』に報告しろ。その後に他職業とのシナジーがあるかの検証を行ってもらう。宝石の粉末を他の創作物に織り込んだ場合。服の装飾に宝石を用いた場合。試せることを全て試した上で成果の有無を調査。無ければそれでいい。あった場合は」
「もういい。やっぱり宝石はいらないわ」
「そうか」
隙あらばギスるのやめろ。僕が心を砕いて懇切丁寧に仲を取り持ったのになんの意味もないじゃないか。
「いい加減作業に取り掛かろうよ。心を無にして没頭するんだ。そうすれば効率に取り憑かれた魂を浄化できる、はず」
「没頭……か」
噛みしめるように呟いたあっさんがすぅと瞳から光を消した。省エネモード……集中するときもこうなるのか。脳波ってなんなんだ。未だにわからない。
「どうやるのかな……」
「宝石のカットって機械でやるイメージなんだけど……」
「難しそう……」
珍しいジョブの作業風景に『花園』のメンバーが注目している。僕も気になる。宝石の切断面は緻密に計算された角度や面積を保たないと見栄えが一気に落ちると聞く。精巧なカットが施された宝石は職人の技ありきなのだ。
まあシステムの補助があるクラフトはそこまでの技術を要求されないから平気だろう。炉がなくても剣は打てるし、専門の知識がなくても花火玉を作れる。システムの補助がないクラフトは設計という前段階があるので地獄だが、補助さえあれば素人でもそれなりのものを作れる。もちろん腕の良し悪しで完成品の出来具合は上下する。戦闘面では文句なしのトッププレイヤーの実力が生産面ではどうなのか見定めさせてもらおう。
「……」
鈍く光る角張った原石をむんずと掴み、ゴツいヤスリをすっと添え当てるあっさん。緊張の一瞬。あっさんの両手がブンとブレる。ラグスイッチの応用。原石とヤスリの摩擦が織り成すハーモニーが木霊する。それは、例えるならばガラスの破片を擦り合わせたようであり、黒板を爪で引っ掻いたようであり、工事現場に顔を突っ込んだかのようであった。うるせぇ!
「ちょ、ストップストップ! うるさいから! 集中できないから!」
「やめてっ! これきつっ……!」
「うあぁ……この音……シラギクさんのバイオリンの音を思い出す……」
『花園』メンバーは耳を塞いで倒れ伏した。
このゲームは暑さ寒さといった不快な要素は極力感じないようになっているが、一部の五感はフィルターがうまく作動せず苦痛に似たフィードバックを寄越す。ワサビの痛覚貫通もその一つだ。現実の肉体が不調になるようなことはないのだが……これは、きつい。
「貴方が持ち込んだ廃人でしょう! 早くやめさせなさい!」
「あっさん! もういい! やめるんだ!」
僕はあっさんの頭をひっぱたいた。しかしまるで動じる気配がない。何という集中力……! ブレた腕が原石をあらゆる角度から削り取り、輝くような切断面を生み出している。これが……宝石職人……?
「匠の技、か……」
「感心してないでなんとかしなさい!」
ここでこの才能の芽を摘むのは惜しいが、やむなし。僕は指を高らかに打ち鳴らして小型爆弾に着火した。あっさんは死んだ。死の間際まで宝石を手放さなかったその背中は歴戦の職人のそれであった。
ことりと音を立てて転がった宝石を拾い上げる。血のように濃い紅を芯に据えながら、表面から溢れるのは瑞々しい果実が纏うような淡光。軽く持ち上げて光に透かす。ほんの少し角度を変えると、寸分違わぬ規格で整えられた切断面が、しかしそれぞれ異なる貌を魅せる。
魔性。これは妄執の一品だ。僕は宝石を内ポケットにしまった。
惜しい。実に惜しい。廃人でさえなければ、その道に進めば、彼は世界に名を轟かせる職人に成っていただろうに。僕は世のままならなさと運命の数奇さを痛いほど感じて目を細めた。城は追い出された。




