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第一章4 『黒い旋風』

「PKエリアで警戒もせずに歩くのは自殺行為だって知らないのか? クライムーブは左から、夕霧とシノネは右から回り込め。俺の狙撃が攻撃の合図だ」

「「「了解」」」

 俺も狙撃に最適な場所を見つけてスタンバイする。

 狙撃に最適な場所とは、風が(おだ)やかなところ。それともう一つ、すぐに逃げることのできるところだ。狙撃が成功すれば相手のHPを残すことなくアバターを消滅させることができる。だが失敗すれば敵にこちらの居場所がばれて逆に殲滅されてしまう。一撃必殺の代償というやつだ。だから失敗すれば一度逃げ、再びチャンスをうかがうのがスナイパーの戦いだと思っている。

 敵は八人の中人数チーム。こちらは四人。不利にも見えるこの状況だが、俺のファーストアタックで一番手強そうなやつを消滅させることができれば、敵の混乱を誘うことができるだろう。そうなればこちらの勝ちだ。両翼からの挟撃で慌てふためく敵を蜂の巣にしてフィニッシュ。

 俺の獲物はどうしようか……。

 スコープを覗きながら一人ひとり品定めする。

 どいつもこいつも迷彩柄の衣服で見分けがつかない。銃の危険度でいうなら一番体格のいい男だ。手にしてるのはH&K XM8の百発ドラム系弾倉だ。部品交換によってアサルトライフルにも分隊支援火器にもなりうる銃だ。二十から三十発が通常の弾倉なのだが、ドラム系弾倉に変えることによって味方の後方支援にまわって自由度を上げることができる。弾幕を張られて接近されたら厄介だ。

 無論、ファーストアタックはあいつで決まりだ。なのになんだろう……この胸のざわつきは。

 俺に揺さぶりをかけてくる一人のアバター。そいつは銃を構えるどころか、手になにも持っていないのだ。

「お前はセカンドアタックだ。その余裕を吹き飛ばしてやるぜ」

 舌なめずりをしながら言葉を吐く。照準を体格のいい男に合わせながら息をふぅーと吐き出し、引き金に指をかける。その瞬間、俺の銃口から予測線が生まれた。男は突然現れた予測線に体をビクンと震わせる。警戒してなかった証拠だ。

「あばよ」

 慌てふためく男にさよならを告げる。男に振り向く隙も与えずに引き金を引く。ほどなくして男の上半身が光の欠片となって消滅した。今頃彼は街に戻されているだろう。

 安心しな。すぐにお仲間さんらも送ってやるよ。

 素早くセカンドアタックに移る。幸いなことにまだ居場所はばれていないらしい。クライムーブたちも交戦が始まったようだ。

 照準を合わせて引き金を引く。

 これで不穏分子も排除だ!

 そう思ったのもつかの間、俺が不気味に思っていたアバターが予測線に気付いて避けたのだ。そして振り向く。その時、俺と彼……いや、彼女(・・)の視線が交差した。そいつは男ではなく、女アバターだったのだ。

 俺がネットゲームをやるにあたってもっとも嫌いなもの。それはネカマだ。異性のふりをするかまってちゃんほど嫌いなものはない。だが、いまはそんなこと問題ではない。あいつはやばい。俺の勘がそう告げていた。

 銃を担ぎ上げると一目散に逃げ出す。

 仲間をおいていくことに罪悪感はある。だけど銃撃戦には向かないスナイパーが戦場に立っても邪魔なだけだ。

 逃げ道は九通り用意してあった。特定するには多少の時間がかかる。それなのに――

 なんであいつは俺を追っかけて来てるんだ?

 武器をしまった状態でのスプリント速度が上昇するスキル――逃走術を取得してる俺に追いつけるのは同じ逃走術を取得したやつぐらいだ。でもあいつは銃を構えてる。あれは……スタームルガーMP9!

 ようやく俺は納得した。

 MP9は短機関銃だ。持ち運びや機動力に優れているレアドロップ銃。

 俺の逃走術はスプリントだけみれば一位だが、障害物があれば減速を(まぬが)れない。あいつはおそらく逃走術とは対にある突撃術――銃を構えた状態でのスプリント速度を上昇するスキルと軽業スキルを取得してるのだろう。だからこそ俺の速度に食いつくことができるのだ。

 畜生がっ! なんだってんだよ。

 まだ百メートルは距離がある。それもいずれ詰められてしまう。

 なら迎え撃つか? 否、近接戦闘ではどちらが強いかはっきりしている。でも追いつかれるぐらいなら詰められる前に消す!

 インベントリを操作すると、目の前に小さな長方形の箱が現れた。時限爆弾だ。これで時間を稼いで逃げる。運がよければ倒せるかもしれない。

 来るであろうと予想した場所に爆弾を仕掛ける。そして再び逃走を図ろうと二、三歩歩いた俺の背中に硬いブーツの感触が――

「ぐっ……ハッ!」

「……やっと捕まえた」

 重たい……そして痛い。(あばら)がねじ曲がりそうだ。

「階級はキルログを見ればいいとして……あなた、名前は?」

 どうやら俺はすでにキルされる運命にあるらしい。

「教えてもらう立場のくせに上から目線かよ」

「いますぐあなたの眉間をぶち抜いてあげてもいいのだけど」

「……俺の名はリルライン。あとは勝手にしろ」

 こんなにも足が速いなんて予想外だ。時間を稼ぎながら打開策を探すが……やっぱねえわ。

「あなたはいままでのカス共とは少し違う。だから生かした。最後になにか言い残すことはある?」

「俺は……生きてて楽しいぜ。自分がすっげーやつだってことを知っているからな。今日は頭脳で俺とお前の違いを教えてやる。次会ったときは俺の才能を見せつけてお前に劣等感を抱かせる。その次は実力でぶっ飛ばす! だから……」

「だから?」

「三回目まで待ってください」

「はぁ……そこまで言っといてどうして私があなたを撃たないと思うの? 面白い人」

 ガチャリと銃を構え直す音がする。一筋の予測線が俺の頭を貫通する。

「さよなら、見知らぬ狙撃主さん」

「さよならはこっちの台詞(セリフ)だ」

 その形状から〈アップル・グレード〉と呼ばれたM67破片手榴弾は俺の真上にあった。それは彼女が用意したのではなく、誰かがいるはずもない空から降ってきたのだ。

 普通なら唐突(とうとつ)すぎる手榴弾の存在に呆気(あっけ)にとられるところだが、あろうことか彼女は俺を盾にしようとしてきたのだ。

 俺は背中を強い力で掴まれるたがそれは予想していたことだった。だからこそ俺は地面に指を食い込ませていたのだ。

 それが無理だと分かったのか、受けるダメージを少しでも減らそうと後ろに飛びずさるが、そこには俺が仕掛けておいた時限爆弾が起動し始めていた。

 生に対する執着心がここまで強いとは……。敵ながらあっぱれ。だが悪あがきもここでお終いだ。勝利を俺に! 代償は俺の……命!

「チェックメイトだ」

 地に()いつくばりながら勝ち誇る。どっちが勝者か分からなくなる状況だが。

 目が眩むような閃光がした後、周囲十五メートル以内に殺傷能力のある破片が飛散する。この時、俺たちのHPはほんのわずかも残すことなくきれいさっぱり吹き飛んだ。

 最後に俺は見た。とても悔しそうに顔を歪ませていた彼女を。



「まさかリルリルがやられるなんて思ってもいなかったっすよ、はい」

「私たちを見捨ててまで逃げたのにね」

「どんまいです」

 口々に勝手なことを言う三人。このままなにも言い返さないと格好がつかない。

「俺だって必死だったんだよ。時限爆弾で注意をそらしてる隙に手榴弾を上空に投げる。そして俺の巧みな話術で時間を稼いでフィニッシュだ。そこまでしなきゃ勝てない相手だった」

「リルリルにそこまで言わせるプレイヤーがいるんだな。相討ちだったんならキルログで名前が分かるはずじゃねーの? 階級は?」

「そういやそうだな。ちょっと待ってろよっと……は?」

「もったいぶらないで早く教えなさいよ」

 自分の操作画面は自分にしか見えない。だから見たくても見れない夕霧が()れったそうに銃をカチカチ鳴らす。

 俺は心を落ち着かせ、整ったトーンで告げる。

「名前は『フェイク』、階級は少将……あいつが『解体屋』だったんだ」

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