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第一章3 『オフorオン』

「あーもう、なんかいろいろと疲れたわ」

 ゲームでは夕霧と呼ばれていた少女は、両腕を天井に突きだして体を伸び伸びとさせながら呟いた。

 手元に置いてあったペットボトルの中身を一気に飲み干す。

「シ・ノ・ネ、シ・ノ、ネ……っと。もしもし?」

 彼女はスマホを手に取ると、親友に電話をかける。

『どうしたの?』

「うん、どうかなーって思って」

『私は結構楽しかったけど』

「そうね、私もよ。また明日も……やろっか?」

『うん』

「おーけー、じゃあまた明日学校でね」

 そう言って通話を切る。

 時計を見ると午前二時。ゲームをすると時が経つのを早く感じる。

「楽しかった……か」

 初めてやるオンラインゲームにゆるゆるなRPGでなく殺伐としたFPSを選んだ理由は特にない。ただ、地域別でユーザーが集まるというから興味を持っただけだ。

 彼女は生まれて一度も銃を触ったことも見たこともない。なのにいきなり襲われて戦闘になるわ、知らない男と知り合いと呼べるほどではないが顔見知りになるわでとても疲れていた。

「暇潰しにはなりそうね」

 大きなあくびを恥じらいもなくすると、ベットに倒れ込み、そのまま眠ってしまった。

 彼女は暇潰しと言った。だが、心の奥底で彼女も楽しいという感情が芽生えていたのかもしれない。

 なぜなら彼女が何度も繰り返した寝言が「くたばれ」「ぶち抜いてやる」など物騒なものだったからだ。




 俺はいま、とあるカラオケの一室で歌も歌わずにガクガクブルブルしていた。

 俺をこの一室に呼んだ張本人である哀川はここにいない。それにあと二人来る予定になっている。その二人は<Warning(ワーニング)>で知り合った夕霧とシノネのことだ。

 彼女たちとフレンド登録した次の日、再び彼女たちはINした。彼女たちからメッセが届いた俺たちは、戦場で生き残るための基礎を教えたり、一緒に狩りをしたりして仲を深めていった。やがて俺とクライムーブ、夕霧とシノネの四人でクラン<Stalwart(ストルワート) Knights(ナイツ)>を設立した。

 だが、いくら仲を深めようと相手はPCのディスプレイを見つめている一人の人間であって直接会っているわけではない。限度というものが存在する。ちょっとした雑談で四人が札幌住まいなのはクランメンバー間で周知のことにはなっていたが、詳細は誰も詮索しなかった。ネットゲームでは、リアル割れといって身元が相手に知れてしまうことを極端に恐れなければいけないからだ。しかし、その一線を飛び越える唯一の手段がある。<オフ会>と呼ばれ、ゲーム内ではなくリアルに会って話をしたりすることだ。

 それを哀川が提案した。初めこそ戸惑いを見せた夕霧とシノネだったが、何かを決心したように首を縦に振った。これが逆の立場なら疑心暗鬼に(おちい)っているところだ。

 こいつ……出会厨か? ってな。

 そろそろ集合時間だ。哀川は急な用事で来れないらしいから後日飯でも(おご)らせるとして、問題はこれから来る二人だ。そもそも来るのかどうかの話だがな。

 脂ぎったおっさんやすぐキレたりするおかしなやつが来たらどうしようか……。そうだ! もしそんなんであればまったく知らない人のふりをすればいいんだ!

なんて呑気(のんき)に考えているとスマホが鳴り出す。夕霧からのメールだ。

『入口にいます。何号室ですか?』

「いちまるごですよ……っと」

 なんで敬語なんだよ……気味悪いな。

 不安な気持ちを抑えながらも返信をすると、すぐに誰かが部屋の戸をノックする。

 俺は意を決してドアを開ける。

「あのー……リルラインさんですか?」

「そうですけど……夕霧さんとシノネさんですか?」

「はい。なんかゲーム以外で会うのって緊張しますよね」

「そうですよね、あははー」

「ふふふ」

「あははー」

「ふふふ」

 お互いにバカにみたいな作り笑いをする。それから一呼吸を置いて――


「なんでお前がここにいるんだよ!」

「学校に来ないでゲームしてたのね!」


 驚いた顔で俺を指す彼女の名前は西条彩夏(さいじょうあやか)。透き通るような白い肌、すらっと伸びた手足、気が強そうに見えるつり目、腰まで伸びた長い茶髪が特徴的な女の子だ。俺とは同じ学校に通うクラスメートであり、委員長を務めている。

「とにかく中入れよ」

「そうさせてもらうわ」

 部屋に入る際、西条のポニーテールが揺れて真っ白なうなじがあらわになる。

 ドギマギする俺のすぐ横を小さな影が横切る。

「東雲さん?」

「こんにちは、春日君」

 彼女は東雲琴音(しののめことね)。クラスでは比較的おとなしい人だ。その幼い顔立ちと物静かな性格に()かれた隠れファンが数多く存在するという。

「悠希、あなたは学校がなにをするところか分かってるの?」

「はいはい、社会で暮らしていくために必要な一般教養を身に付けるため、精神的に大人となるため……だろ?」

「分かってるじゃない。ならなんで来ないのよ」

「その話は何度も聞いた。でもまぁ、そろそろテスト期間だろうから明日から登校してやるよ。文句ないだろ? ところでさ」

 心配そうな表情を浮かべる東雲に向き直る。

「東雲さんはなんでゲームを?」

「えーっと……どう話したらいいんだろう」

「私が話すわ。私と琴音は幼馴染みなの」

「だからなんだよ」

 東雲とのスキンシップを邪魔されて不機嫌だ。言動も自然と素っ気ないものとなる。

「どうしてかというと、私たちの親が自衛隊のお偉いさんだから。お偉いさんはお偉いさんどうしで仲良くするのが好きみたいなのよね。私のお父さんが海将で琴音パパが陸将だったかしら。複雑でよく分からないけど。私たちも将来は諜報部に入れられるらしい。ネットもその一環ね」

「さらっとどえらい話すんなよ。俺消されるかもしれないだろ」

「誰も引きこもりニート君は相手にしないわよー」

「誰が引きこもりニートじゃ! それとよけいなお世話だ」

 背中を丸めて(こうべ)を垂れる。

「あーあ、なんか緊張して損した。デブったおっさんが来ると思ったんだけどなー」

 緊張が解けたせいかもしれない。肩が楽になった気がしていつも通り気楽に話せるようになった。

「初対面でネカマって決めつけてきた人に言われたくないです」

「ごめんごめん、東雲さん。でもリアルとアバターを似せるのは危ないよ?」

「げっ!」

「えっ?」

 揃って驚きの声を上げる西条と東雲。

 フードでアバターを隠しているとはいえ、リアルをモデルにしている俺が言えたことじゃないんだがな。

「お前ら……そんなことも知らなかったのか? リアル割れだけは避けないといけないから気を付けろよ。つりはやるよ、じゃあな」

 千円札を机に置いて立ち上がる。

 もう話すことはないだろう。さっさと帰ってゲームがしたい。

「明日は学校に来なさいよね!」

「へーいへい」

 約束したからにはちゃんと学校には行ってやるさ。有言実行が俺のモットーだからな。

 なんだかオチがないオフ会となったが、俺の私生活には関係ない……はずだ。

 格好つけるつもりで出した千円札を少し惜しみながらも帰路に着いた

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