第一章5 『とある日常の一風景?』
「なー……帰らね?」
ダメもとで言ってみるが相手にすらされない。
「そんなにバス代がもったいないって言うなら歩きで行けばいいじゃない」
「歩きだと何時間かかると思ってるんだよ、まったく……」
やれやれと首を横に振る。
最低でも一時間半は余裕でかかる。それなら家でゲームでもしてた方がとても有意義に過ごせるってもんだ。
「定期を買えばもっと安く済むのになんで持ってないのよ」
「はぁ? 定期なんか買ったらもったいないから毎日学校行かねーといけなくなるだろ。もしかしてお前……バカなのか?」
「バカはあんたじゃない! 学校は毎日通うところよ」
俺には理解できないね。テストでいい点はとってる。べつに人見知りってだけでコミュニケーション能力がないわけじゃない。むしろ頭の悪いやつのために僕の学校生活を分けてあげたいぐらいだ。
「学校は授業受けなくてもいいから来て欲しいな」
「そうは言ってもね、東雲さん。授業は嫌いじゃないんだよ……面倒だけどね。お金もったいなくない? 定期とか必要だろうし」
面倒なのもあるけど金銭的な面もある。俺はそんなことに金を使うぐらいなら旨いものを食いたい。
「悠生君は成績も学年で十番台に入るくらい優秀だから学校から手当てもでてるよね? バイトとかしなくても大丈夫じゃないの?」
「ナニソレ」
「知らないの? ならいままでのやつももらってないってことだよね?」
「アイドントノー」
手当て? そんなもの聞いたことも見たことない。
「この学校で成績上位者に入れば手当てが出るのよ。そんなことも知らなかったの? 毎日引き籠ってるからよ」
呆れた西条が皮肉っぽく言う。
「何度も言ってるだろ。引き籠ってなんかねーよ。外出だって毎日してるしな。それよりも手当ての話を詳しく教えてください」
自慢ではないが学校のテストでは一位以外を取ったことはない。もし順位が良ければ良いほど手当てが出るのならば相当もらえることだろう。
「もらったことがないから分からないけど一年間は十分に暮らせる額だったはずだよ」
「一位なら五十万、二位なら二十五万、三位なら十万。あとは知らない」
行われたテストは二回。最初の一回は学年二位だった。その次は一位。合計で七十五万。お金が欲しい俺には好都合。それだけもらえるなら毎日無駄使いしても遊んで暮らせる。学校に通うことも考えてやってもいいかなーとか思ってしまう。
西条がスマホで時間を確認する。
そういやそろそろ時間がやばいかもしれない。せっかく久しぶりに登校するというのに遅刻するのは不本意だ。
女の子二人と並んで歩く不登校児の俺を、うらやましいのか知らんがチラチラ見てくる他クラスの生徒を無視しながら足を早める。
西条なら分けてやってもいいぞなんて言いたくても言えない。
「休み時間にでも聞きにいってみるわ。それよりもこんなにゆっくり歩いてたら遅刻確定だけど」
「そうね、少し走りましょ」
俺たちは走った。かばんが肩に食い込んで少し痛かった。それでも走り続けた。そして百メートルもしないうちに息切れで倒れた俺だった。
教室に入ると視線が俺に集まるのが分かる。肌がピリピリするからだ。今すぐにでも帰りたい。
周りが視界に入らないようスマホをいじりながら席に着く。
「おっひさー、悠希」
「お前誰だっけ?」
「うひゃーひどい扱い」
「いいから黙れよ」
馴れ馴れしく話しかけてきたのは宮西。下は知らん。高校でできた友人だ。本人いわくSらしいが、俺はドMだと認知している。
「でも悠希が学校に来るなんて久しぶりじゃない? 俺もさびしくてさ、孤独死しそうだったぜ」
「お前が死のうが知ったこっちゃないけどよ、そろそろテストも近いから来てやろうかなってな」
「勉強しなくても点数が取れるのは前回までだ。次はさすがに悠希でも無理でしょ」
「そんなのはやってみないと分かんねえよ」
授業なんて受けなくても寝てれば勝手に耳に入ってくる。分からないところは教科書を見ればいいだけだ。その教科書は春あたりから自宅の本棚で眠っているけどな。
学校のチャイムが鳴って教師がやってくる。
「起立、礼!」
みんなが一斉にお辞儀する。俺は座ってうつ伏せになったままだがな。
出席をとる際に俺を見て意外そうな顔をしたが、何も言わずにホームルームを終えた。
「ちょっくら集金に行ってくるわ」
「ついていこうか?」
「要らん。死んでろ」
「ひっで!」
俺は宮西を冷たい言葉で突き放して学園長室へ向かう。
すでに学校生活のことで呼び出されたりしているため顔見知りだったりする。
「入りまーす」
ふかふかの椅子に深く腰掛けた、体の小さな白いひげを蓄えた老人。彼がここの学園長だ。
「最近の若い子は元気じゃのー……さて、誰じゃったっけ?」
「ボケないように努力しろよ? 今日来たのは手当てのことでだ。ずっと俺に黙ってただろ、いますぐよこせ!」
図々しく聞こえるかもしれない。それでも俺は金が欲しい!
「手当てじゃと? あー……もしかしてずっとここに置いてあった札束のことかの? ほらっ、持って行け」
学園長は札束を机の上に落とす。
こうもあっさり渡されると何かあるんじゃないかと勘繰ってしまう。
「俺は遠慮なんかしないぜ。ありがたく頂戴しまーす」
「ところで春日君、次のテストでも学年トップは取れそうかの?」
なんだよ、名前覚えてんじゃん……。
「それは分かんないっすよ。だって前回もそうですけど、勉強らしいことは何一つしてませんからね」
「授業や出席日数のことは黙認してあげてはいるがな、君が我々に文句を言わせない優秀な成績を取っているからであって甘やかしているわけじゃないからのー。そこは勘違いしちゃいけんぞ?」
「へーいへい、りょーかいでーす。失礼しやしたー」
説教はごめんだ。めんどうなのが嫌いな俺は適当な返事をして部屋を出る。
「性格にやや難があるのー……」
扉を閉める間際に聞こえた老人の呟きは少し嬉しそうで、少し悲しそうだった。




