09 クッキー
毒殺科の訓練の後、4日おきくらいでシグマ先輩の都合がつく日に、屋外の人目のある運動場で追加訓練を受けるようになった。
私の2回目の追加訓練からは、子供達がシグマ先輩を睨みながら運動場の隅に控えるようになった。
シグマ先輩の追加訓練でひぃひぃ言いながらしごかれてる様を見られるのは、姉として恥ずかしいと子供達に言ったのだが
「姉貴は、俺達の怪我は弱くて恥ずかしものじゃ無くて『訓練を頑張っててカッコいい傷』って言ってくれた。俺達も、姉貴が訓練してる姿は、頑張ってると思う」
と、真摯な瞳で言葉を返されて、何も言えなくなった。
訓練を始めて最初の2、3回は、組み直した訓練メニューにもすぐバテる私に、シグマ先輩は悔しそうにしていた。
「くっ……! この程度でもダメか……!」
「そんな内容、姉貴が出来るわけないじゃん!」
「姉さんの筋肉は、腕がこのくらいで、足が……」
「姉ちゃんのこと、ボク達の方が、よく知ってる……」
「おまえ達、こんな貧弱者と何年も隣で過ごして、よくこの女を壊さないな……!!」
失礼な。ちゃんと毒殺科のちょっとした戦闘訓練は落第しない程度にこなせてるし、前世よりはちょっとだけ体力があるはずだ。前世も運動苦手だったけど。
「僕達は、姉さんと知り合ったばかりの先輩とは違うんです」
「ボク達、くすぐられても、姉ちゃん、怪我させない」
「そうだよな! 足の裏くすぐられたって、蹴らないしな!」
シグマ先輩が、怪訝な顔をする。
「……くすぐる?」
子供達は胸を張り、自慢げにシグマ先輩に言う。
「先輩『くすぐったい』を知らないだろ!」
「『くすぐる』という行為は知っている。脇とか脇腹とかがくすぐったいんだろ」
「知ってるのは、知識だけですよね」
「知ってると、体感、全然違う。くすぐったい、すごい」
理解が出来ないような顔をした先輩に、子供達がくすぐりを体感させようとわらわらと近づく。
「体の、ちから、抜く」
「いくぜー、せーのっ」
「こちょこちょこちょ……」
「……っ!? ちょっと、待っ……あは、あははは……っ待っ……!?」
大人は割とくすぐられても我慢できるものだが。シグマ先輩、14歳。くすぐられて笑って悶える様は、割とくすぐったがりのようだった。
普段の仕返しとばかりに容赦なくくすぐられた先輩は、息を乱しながら膝をつく。
「……お前達……コレをされて、あの貧弱な女に、本当に怪我をさせてないのか……?」
「僕達。身体の制御、出来てるんで」
「足の裏くすぐられても、姉貴、蹴らないよな!」
「ボク達、練習した」
3人でくすぐり合ってたのは、仲良くじゃれて遊んでただけじゃなくて、身体の制御の練習もしてたんだ……!?
悔しげに子供達を睨みながら起き上がった先輩は、後日、くすぐられても我慢できるようになっていた。少しだけ。
4〜5回目くらいからは、さすが子供達を長年教えて来たスペシャリスト、エリート科。私に合わせた特別メニューを作り出し、体力筋力をやや底上げしつつ、それに合わせた効率的な戦い方を、意外にも丁寧に根気強く指導された。
始末する側とされる側、教える側と教わる側で相反する関係だが、回を重ねてくると宿敵と言えども慣れてきて距離感が近くなり、気さくに嫌味の応酬などもするようになっていた。
元々年齢は近めだし、私は身体は10歳でも大人の記憶があるので、歳上と話すのは楽なのだ。私を始末すると公言する相手なら尚更、遠慮せずに嫌味も言える。
「シグマ先輩。追加訓練で、もっと性格悪く、ねちねちと陰険に嫌がらせしてくると思ったんですが、意外とちゃんと教えてくれるんですね」
「お前を追加訓練で痛ぶって遊びたいのは山々だが、人目がある上に、痛ぶると貧弱すぎてすぐ死にそうだからな。それに、アイツら……」
シグマ先輩が運動場の隅を顎でしゃくる。
「敵の動きを把握しておけ」と言われた子供達が、相も変わらず、運動場の隅からシグマ先輩を睨んでいる。
「お前を嬲らないか見張ってるお子ちゃま達がいるからな。お前でじっくり遊ぶのは、始末する時の楽しみに取っておくさ」
シグマ先輩は、悪者っぽくニヤリと笑う。
人気者のイメージとは真逆の笑い方だ。
追加訓練は、最終的に私が一晩眠れば次の日に響かない程度に調整された。疲れを引きずると毒殺科の訓練で死にかねないと、シグマ先輩が私の貧弱さを恐れたからだ。
私のシグマ先輩との追加訓練の日は、いつも代わる代わる子供達が、食堂から食事を持って来てくれて、スープを作り、マッサージをしてくれた。
「もうそんなにへたばらないから、姉さんがやるのに……」
「追加訓練の日は、姉貴に負荷がかかる日だから。甘えとけって」
「姉ちゃんのからだ、いつもより、疲れてる」
「こういう時は、僕達に任せてよ。その代わり、僕達が疲れてる時は、いつも以上に甘えさせてもらうから」
子供達に仕事をさせてもらえず、お言葉に甘えて部屋のベッドでぐったりさせてもらう。その分、子供達が特別疲れている時は、思いっきり甘やかそうと思った。
「ふうん。初回から比べれば、少しだけ体力と筋力が付いたようだな、少しだけ」
シグマ先輩が口元に片手を当てて、独り言のように溢す。私の訓練データを書き込んだ書類を見ながら、私の二の腕やふくらはぎをもにもにと確認し始めた。
「お前のような貧弱な身体でも、一応やれば向上するんだな。些細な数値だが」
「貧弱ですいませんでしたねー。あと、女子の体を気軽にもにもにしないでもらえますー?」
「教える側と教わる側で、女子もへったくれもあるものか。お前なんて『ペット』で十分だ」
「ペットに芸を教えてる感覚ですか……!? ムカつく……っ!!」
「これなら、次からはお前の身体に合わせた暗殺技術にも行けるか……いや、まずは生き残るのに、回避が先か……?」
「何から生き残る前提ですか?」
「俺からに決まってるだろう。いずれは俺がお前を始末するんだから、お前が抵抗できた方が嬲るのが楽しいだろう?」
「はあ……、ですよねー」
もう何回したか分からない、始末する側とされる側の軽口を叩き合う。ため息を吐いた後ふと顔を上げると、シグマ先輩の目の下にクマがあるのに気がついた。
「シグマ先輩、クマがありますよ。ちゃんと寝てます?」
「お前は、お前を始末する敵にそんな事を聞いてどうする……? 俺は、これでも結構忙しいんだ」
「じゃあ、こうやって私の訓練の計画を立てたり、訓練する時間を休憩に当てたらどうなんです?」
「この時間は、ペットに芸を教える、俺の数少ない遊びの時間なんだ。取り上げるなよ」
はあ、と何回目かのため息を吐いて、私は鞄を取ってきて中身を取り出す。
「そのお美しいお顔にクマ付きのシグマ先輩。昨夜、寮の同室の子と作ったクッキーでも食べます?」
「…………クッキー……?」
「あ、始末される側の毒殺科からもらう食べ物は、怪しいですよね」
クッキーの小袋を、紐を解いて先輩の掌に載せる。
「毒味するので、その袋からランダムに一枚取って渡してください」
シグマ先輩は怪訝な顔をしながら、掌のクッキーと私を交互に見る。
「……お前、始末する側の俺が、クッキーを掴む時に毒を盛るとか思わないのか? こっそり指に付けた毒を塗るとか、何とでもやりようがあるぞ……?」
「でも、この運動場では殺さないんですよね?」
大きくため息を吐いた先輩が、掌のクッキーをひとつ私の口に押し込むと、自分でも一枚口に入れる。
先輩が訝しげな顔をしながらサクリとひと噛みし、その後ゆっくり咀嚼する。
一瞬動きを止めたのち、ゆっくりと目を見開いて。頬にふわっと赤みが刺した。
一枚目のクッキーを飲み込んだ後、もう一枚取り出して、今度は少しずつ、ゆっくりと食べる。
「あーっ! ズルい!! 俺達も食べたい!!」
隅で見ていた子供達がわらわらと寄ってくる。
「そう言うと思ったから、もう一袋あるわよ。仲良く分けて食べるのよ」
「はーい!」と嬉しそうにお返事を返した子供達も、クッキーを食べ始める。
「シグマ先輩、知らないだろ。これは『美味しい』んだぜ!」
「姉ちゃんの作った、食べもの。『美味しい』し『嬉しい』」
「……美味しい、嬉しい……」
自慢げな子供達に、不思議そうな顔をしたシグマ先輩が大事そうに少しずつ、クッキーを食べ進める。何だか、初めてスープを飲んだ子供達の反応を思い出した。
「シグマ先輩の訓練の日、今はシグマ先輩の予定に合わせて突発で不定期ですけど。クッキーが好きでしたら、4日間隔とか前もって日にちを決めてもらえれば、毎回作ってきても良いですよ」
「では、4日間隔にしよう」
即答だった。シグマ先輩。そんなに毎回、クッキーが食べたいのか。
子供達もお気に入りのスープは毎日欠かさないし、総合エリート科は、好きな食べ物への執着が強いのかもしれない。
「クッキーが足りない! ズルい!」と言う子供達に、クッキーを一緒に作る約束をしている間も、シグマ先輩は少しずつ、ゆっくりと。クッキーを口に入れていた。




