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毒殺科に転生したので、暗殺者訓練施設で3人の子供達を育てます!〜私を殺すはずのラスボスが、何故か楽しげに近寄ってくるのですが〜  作者: たんぽぽ


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10/20

10 体調不良

 シグマ先輩との訓練の日は、私を気遣って子供達が色々手伝ってくれるのだが、毎日を過ごす中で、時々子供達が酷く疲れている時もある。

 今日もそんな夜だった。


「エータ。今日は、訓練大変だった? いつもより元気がない気がするし、顔色も良くないよ」

「……姉さん。そんな事は無いよ、大丈……」

「エータ。今日、個別訓練、あった」


 シータの言葉に、両手でエータの頬をそっと挟んで、その澄んだラベンダー色の瞳と目を合わせる。気まずげにうろうろと逸らされた瞳。

 心なしか、いつもより体温が低いような気もする。


「今日は俺とシータでスープ作っとくから、エータは姉貴に甘えとけって」

「エータ。この部屋では我慢しないし、隠し事も無しだよ。ほら、おいで」


 私の開げた両腕の中にふらふらとエータが近寄り、ぽすんと腕の中に収まる。優しく抱きしめて労るように頭をなでながら、ベッドに座る。


「個別訓練、頑張ったね。疲れた? 具合悪い?」

「……姉さん、じつは……ちょっと、気持ち、わるくて……」

「吐きそう?」

「……少し。姉さん、くっついてると、汚しちゃうかも……」

「姉貴、器持ってきた」

「ゼータ、ありがとう。エータ、吐いても、汚してもいいよ。どこかなでて欲しい? 背中? お腹?」

「……せなか。もう少し、した……」


 力を抜いてぐったりと私の胸元にもたれかかるエータは、背中の下の方を優しくなでると、深く息を吐いた。

 スープ作りはゼータとシータに任せて、そのままなで続けていると、エータがうとうととし始める。

 その夜は、スープを少し飲んだエータは早めに眠り、手伝ってくれたゼータとシータにもお礼を言つつ、いつも以上に甘やかしながら寝つかせた。




「シグマ先輩が発熱!?」


 私とシグマ先輩の定期訓練の日。先輩が発熱で今日は来られないと、子供達から言伝をもらった。


「あんな人間では無いようなエリート代表のシグマ先輩でも、熱を出す時があるんだね……。シグマ先輩も人だったんだ……」

「シグマ先輩は、時々過労が過ぎて倒れるように熱を出すんだよ」

「俺達は、ちょっとだけ訓練が軽くなって嬉しいけどな!」

「先輩、やる事多くて、いつも忙しい」


 私達は寮暮らしだから、シグマ先輩は部屋でひとりで具合悪く過ごしているんだろうな。

 彼は14歳。前世で言えば、中学生。

 総合エリート科といえども。

 具合の悪い時に。暗い部屋に、ひとりきり。


「あーっ!! もう……っっ!!」


 前世の常識が、こう言う時には邪魔をする。

 私を殺したい相手を心配してどうする……!

 

 いずれ私は始末されるだろうが、今は真面目に訓練メニューを組んでもらったり、呆れた顔で貧弱な運動神経に根気よく付き合ってもらったり、軽口や悪口を言い合う関係でもあるのだ。しかも私は、彼の仕事を増やしている要因のひとつでもある。

 

 もう一度、暗い部屋でひとりきり。具合悪く寝込んでいる彼を想像して、大きくため息を吐いた。


「ゼータ、エータ、シータ。姉さん、シグマ先輩の部屋に顔を出してくるから、先に部屋に戻ってていいわよ」

「……何となく、姉さんなら、そう言うと思ったんだよね……」

「あねきー、姉貴を狙うヤツを看病してどうするんだよ」

「姉ちゃんの、悪いところ。でも、良いところでもあって、そんな姉ちゃんだから、好き」

「姉さんを、ひとりで行かせられないよね」

「仕方ねえよな。姉貴に付き合うよ」


 甘っちょろい事は自覚している。「わがままに付き合わせてごめんね!」と3人をぎゅむっと抱きしめてから、シグマ先輩の部屋を訪ねる準備をし始めた。




 シグマ先輩の部屋は、子供達の部屋の2つ上の階にある。

 寮の中でも上の方の階で、あまり人も通らないフロアだ。

 その廊下を通り、鍋や食材、薬やらを持って子供達とシグマ先輩の部屋へ向かう。


「あなた達、シグマ先輩の部屋を訪ねた事、ある?」

「あるよ」

「じゃあ、ノックして入るの、任せていい? 女子が、男子の部屋を訪ねるの。あまり良くないよね……?」

「命を狙われている側が、命を狙う側を看病に行くんだから、もう、男女とか関係無くない……?」


 コソコソと話をしながら、ノックをして返事を待たずに扉を開けた。


 余計な物の何も無い、暗い部屋。

 分厚い難しそうな本が並んでる本棚と、机には書きかけの書類と筆記用具が散らばっていた。その隅には、いくつかの固形の完全栄養食。

 総合エリート科は、完全栄養食でしか食事をしないのだろうか。そう言えば、クッキーひとつに感動し、初めて「美味しい」を知ったような顔をしていたから、もしかしたらシグマ先輩は「美味しい」「嬉しい」を知る前の子供達と同じような状態なのかもない。


「……何をしに来た、お前たち……」


 部屋の奥のベッドから、弱々しくも、ごもっともな言葉が聞こえてくる。


「熱を出したと聞いたので。図々しくも押しかけ看病に来たんですよ。間違っても弱ってる先輩に何かしようと思って無いんで。ほら、私、装備ゼロの丸腰ですし」


 両手を上げて、インナーの上に部屋着のワンピースを着ただけの姿を見せる。服にポケットも何もないし、黄昏の琥珀も外して来た。


「……お前は、バカなのか……? 熱があったとしても、俺は、お前を、片手で殺せるぞ。そんな奴のところに、丸腰で来る奴が、いるか……」

「はいはい。とりあえず私はシグマ先輩に何もしないんで、寝てて下さい。ゼータ、エータ、シータ。時短を考えて私達の分も合わせてスープを作っちゃうけど、あなた達はどうする? 隅で休んでおく?」

「姉さん。僕達は隅でシグマ先輩が何か仕掛けないか見ておくよ。この状態でも、僕達3人より、強いから」

「ボクは『防御型』で『守り』だから。姉ちゃんの、側にいる」


 子供達は「シグマ先輩の部屋」という彼のテリトリーで、私が襲われないように最大限に警戒をしてくれている。

 私のわがままに付き合わせて、本当に申し訳ない。


 勝手にキッチンを借りて、いつものスープを作り始める。

 熱が高そうだから、シグマ先輩の分はパンも細かく千切って浸して、パン粥のような感じにした方が食べやすいかもしれない。

 手負いの獣が警戒しているような状態のシグマ先輩に、果たしてこれは看病になるんだろうかと思いつつも、一旦棚上げしておいた。


「姉貴のスープは、俺達の! 俺達以外に、姉貴のスープ!  食べさせたくない!」

「わかったわかった。でも、病気の人はスープが食べやすいからね。今だけは譲ってちょうだい」

「ちぇー。本当に、熱出た時だけだからな!」

「うん、ありがとう」


 唇を尖らせるゼータの頭をひと撫でして、シグマ先輩のパン入りスープを器に入れる。


「シグマ先輩。完全栄養食じゃ食べづらいと思うので、良ければどうぞ」


 シグマ先輩は、トレーに乗せたスープを怪訝な表情で見つめる。初めてスープを目にした時の子供達を思い出して、可笑しいような、少し懐かしいような気持ちになる。


「はいはい、毒味もしますね。私は食べ物に毒は盛りませんよ。暗殺のお仕事ならともかく、安心して食べられないご飯は、ご飯じゃないですからね」


 シグマ先輩と子供達が「毒殺科とは毒を盛ることが仕事では無かったか」みたいな顔をしているけど、気にせずシグマ先輩の器のスープを、スプーンで掬って一口食べた。

 そのまま、私が口付けたスプーンをシグマ先輩に渡す。


「これで、毒は大丈夫ですよね。まずは一口、どうぞ」


 色々考えてそうな顔をしているシグマ先輩だが、とりあえず食べてみる気になったのか、スプーンに手を伸ばした。

 スープをひと匙掬って、そっと一口。口に含む。

 時間をかけてこくんと飲み込み、しばらくスープを見つめていた。

 

「…………うまい……」


 小さく、小さく。口から言葉が溢(こぼ)れる。


「シグマ先輩。ここに薬を置いておきますね。子供達から聞いた症状をシグマ先輩の身長体重に合わせて処方したので。一日3回、食後に、瓶に付いてる匙一杯分を飲んでください」


「一応毒味しますね」と瓶に付いてる匙で少し粉薬を掬って、自分の掌に乗せて口に入れる。


 シグマ先輩のスープの器が空になり、薬を飲んだのを見届けたら、最後の仕上げだ。


「さあ、シグマ先輩。寝つかせて差し上げますので、横になってください」

「えー! 姉貴、寝つかせもやるの!?」

「姉さんは、僕達だけの姉さんなのに……」

「姉ちゃんのおひざ……ボク達だけのおひざ……」


 3人に、服の袖やら裾やらを掴まれて、不満を滲ませた泣きそうな顔で抗議される。


「シグマ先輩は大きいし、流石に膝枕はしないから……! トントンと歌だけだから……!」


 渋々引き下がった子供達に心の中で謝りながら、シグマ先輩のベッドの横に椅子を持って来て座った。


「貧弱で丸腰の私はシグマ先輩に何も出来ないので、力を抜いておいて大丈夫ですよ」


 熱が高くて顔の赤い先輩にそう言いながら、子守歌を何にしようか考える。

 シグマ先輩は14歳だから、丁度年齢も合いそうな「両親の思い出を胸に天空の城へ行く郷愁を誘う名曲」にしようかと思ったが、今は弱っているからやはり「雨降りのバス停にずぶ濡れおばけがいる」優しい歌にした。

 小さい声で歌いながら、シグマ先輩の背中を優しくトントンと叩く。


「……おばけ、とは、何だ……?」

「ああ、歌詞に出てくるおばけは、この世界だと、知能の高い魔獣……? 物語に出てくる聖獣のようなものですかね?」


 片手を口元に当てて考えつつ、歌とトントンを再開する。

 警戒するのも馬鹿らしくなったのか、力を抜いた先輩の瞼が少しずつ下がり始める。

 ぱちり、ぱちりとゆっくり瞬きをしながら、先輩がポツリと溢(こぼ)した。


「……お前は、おかしなやつだな……」


 やがて、寝息と共に先輩が眠りに落ちた後。机の上の薬瓶の隣に、クッキーの袋もひとつ、置いておいた。

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