11 ※番外編2 シータ視点
ボクの名前は、シータ。たぶん、生まれた時から、暗殺者訓練施設の総合エリート科にいる。
ゼータ、エータとボクの3人は、気がつけば一緒に訓練していて、ずっと一緒に過ごして来た。だから、お互いに考えていることは、大体一緒だ。
朝起きて、訓練をして、完全栄養食を口に入れられて、夜意識が落ちるまでベッドに座る。
そんな毎日が、ボク達と、そんなに歳の違わない女の子。姉ちゃんがやって来てから、突然、大きく変わった。
姉ちゃん手づくりの温かいスープを、初めて飲んだ時のことは忘れられない。
優しい味が口いっぱいに広がって、飲み込んだらお腹が、身体が、ぽかぽかとした。
優しいぽかぽかは初めてで、これが「美味しい」だと姉ちゃんに教えてもらった。
ふわふわで、ふにゃふにゃで、柔らかくて温かい姉ちゃんにぎゅっとされると、懐かしいようないい匂いがした。
美味しいとか、嬉しいとか、幸せとか。温かいことは、全部ぜんぶ、姉ちゃんから教えてもらった。
姉ちゃんは、陽だまりのようなひとだった。
毒殺科の訓練が終わって、夕方から部屋に来てくれる姉ちゃんは、いつも入り口で上着を脱いで、装備を外す。
荒事が苦手そうな毒殺科が装備を外して丸腰になるのは危ないことだし、筋肉もなくて体幹ふにゃふにゃな姉ちゃんが薄着をしてると、すぐに風邪をひきそうだ。
シグマ先輩でさえ、時々熱を出しているのだ。
それに、わざわざ装備を外さなくても、ボク達には毒を盛ってもいいし、痛くしてもいいのに。
毎日たくさんの「美味しい」や「嬉しい」をくれる姉ちゃんに、返せるものなんて何もなくて。
ボク達にしたい事をすればいいし、命が欲しければそれでも構わない。
一生懸命ことばを探して伝えるのに、姉ちゃんがボク達に返してくれるのは「大事で、大切で、愛してる」「生きることを諦めないで欲しい」という温かい姉ちゃんの気持ちだ。始末されることも厭わない、姉ちゃんの命だ。
「黄昏の琥珀」を身につけて、ボク達を殺すのではなく、自決する覚悟で一緒にいてくれる姉ちゃんは、温かいけれど、不思議なひとだった。
ボク達は「調べる」事を訓練されているので、まず姉ちゃんを調べた。
4歳くらいに家族を亡くして毒殺科に入っていて、他の施設の子供達と変わらないような生い立ちだった。
ボク達「総合エリート科」は、生まれた時から、総合エリート科の訓練を受けている。途中から施設に来る子達は、それぞれの科に入っていた。
姉ちゃんは、4歳からここで過ごしているのに、悲壮感や、緊張感があまり無い。総合エリート科以外でも、訓練の事故で死んじゃう子もいるのに、平和な世界で生きているような思考と無防備さだ。まるで、魂に染みついているかのように。
姉ちゃんが寝つかせてくれる時に、歌ってくれる優しい歌。ボク達は歌をあまり知らないが、聞いたことのない言葉が、いくつもあった。歌を「調べて」みても、姉ちゃんの歌は、どこにも見つからなかった。
寝る前に、読み聞かせてくれる、姉ちゃんの手作り絵本。これも、同じものはどこにも見つからない。
歌も、絵本も、完成されていて。施設に来る前の小さな姉ちゃんが、覚えていたとは思えなかった。
姉ちゃんの、気持ちは。知識は。ボク達には想像もつかないものばかりで。
そんな陽だまりのような姉ちゃんを。この薄暗くて殺伐とした施設から。命を狙う先輩から。
「守りたい」と、思った。
ボク達の追加訓練を、姉ちゃんが見てしまった日。
中々姉ちゃんが来なくて、3人で心配し始めた頃。
やっと部屋に来た姉ちゃんは、顔中に怪我をしていた。
毒殺科は、あまり戦闘訓練をしないから、姉ちゃんが怪我をする事は、ほとんど無い。
姉ちゃんは、筋肉も体力も無くて、体幹もふにゃふにゃだから、怪我をしたら壊れてしまう気がした。
姉ちゃんが怪我をした事も怖かったし、いつもは陽だまりのような姉ちゃんが、袖がびしゃびしゃに濡れるくらい泣いたことも、つらくて悲しかった。
「…………こんなすり傷。痛く、ないもん……。訓練で、怪我をしてる、あなた達の方が。いつも、痛いもん……」
ボク達は、訓練していて身体はかたいし、怪我に慣れてるから、痛くないよ。
怪我に慣れてない、柔らかい姉ちゃんは、痛いよ。
涙を我慢してる姉ちゃんに、ボク達の前では我慢して欲しくなくて。噛んでいる唇を撫でた。
シグマ先輩が、姉ちゃんを始末すると言ったのが聞こえて、怖かったのかもしれない。
姉ちゃんは、優しくて柔らかくて、荒事が苦手だから。ボク達の訓練が、怖かったのかもしれない。
ボク達がまだ、シグマ先輩より、全然弱いから。ガッカリして、失望したのかもしれない。
もう、ボク達が、嫌いになって。来てくれないかも、しれない。
不安になって、怖くなって。泣いてる姉ちゃんを見つめていたら。
姉ちゃんは、姉ちゃんの身の安全と引き換えに、ボク達が追加訓練を課されているのが、辛いと言った。
ボク達は、辛くないよ。
ボク達は、痛くないよ。
追加訓練でも、何でもやるから。
陽だまりのような姉ちゃんと、ずっと一緒にいたいよ。
ゼータとエータと、姉ちゃんを守るために。
「義兄弟の誓い」をした。
「シータ、おいで」
ボクの中では、姉ちゃんの言うことは、絶対だ。
ボクに何をしても構わないし、命が欲しいと言われても、そのまま差し出してかまわない。
ただ、姉ちゃんは、無防備だったり、自分を大事にしない事があるから、その時は姉ちゃんを優先する。
ボクを呼んだ、姉ちゃんの側に行く。
「姉ちゃん、どうしたの?」
「今日、シータが個別訓練だったって聞いたから」
チラリとゼータとエータの方を見ると、横を向いて知らないフリをしている。
姉ちゃんに心配をかけたくないから、知られたくなかったのに。
「姉ちゃん、ボク、大丈夫だよ」
「お風呂入った後に手当てするけど、怪我が増えてないか確認していい?」
姉ちゃんは、時々鋭い。いつもの無防備なくらいののんびりさを、こう言う時に発揮してくれればいいのに。
「うわ……っ!! すごく、怪我もアザも増えてるじゃん……!!」
姉ちゃんの方が、ボクよりもずっと痛そうな顔をする。
「ボク、防御型だから、よくある事だよ。慣れてるし、痛くないよ」
「痛くないわけ無いと思うけど……おいで」
姉ちゃんが、両手を広げた。
ボクだけを。特別に甘やかしてくれようとしている。
嬉しくなって、そわそわした。
いつもは、ゼータとエータもいるから、姉ちゃんとの時間は3分の1だけど、今は姉ちゃんの温もりは、ボクが独り占めだ。
嬉しい。
うれしい。
だいすき。
姉ちゃんは、ベッドに座って、優しく抱きしめてくれる。
その、温かい胸から。トクトクと優しい音がした。
「今日は、よく頑張ったね。偉かったね、シータ」
姉ちゃんの温かい胸に、顔をすりつける。
姉ちゃんが、いてくれたら。
姉ちゃんが、褒めてくれたら。
ボクは、追加訓練でも、個別訓練でも。
どれだけでも、頑張れちゃうんだ。
怖がりなのに、シグマ先輩に、殺される覚悟をして。
「黄昏の琥珀」まで持ち歩いて。
そんな陽だまりのような姉ちゃんが、当たり前のようにくれる、その優しさを。温かさを。幸せを。
毎日もらうだけで、返すこともできずに積み上がっていく「愛してる」を。
ボク達は、一生をかけて。
姉ちゃんに、返していくんだ。




