12 屋外訓練
毒殺科の訓練の後、子供達とご飯を食べながら夜を過ごし、その後自分の寮の部屋に帰り、定期的にシグマ先輩の追加訓練を受ける。そんな日々を過ごし、始末をされないまま私は13歳になった。子供達は私の3歳年下なので、10歳になる。
3人の背もぐんぐん伸びて、身長も大分近づいた。私がチビなのではない。彼らの身長が高くなったのだ。
以前は昼食を完全栄養食で済ませていた子供達は、昼食時は食堂で食べるようになった。私がシグマ先輩の特別訓練を受ける日に、私の代わりに食堂まで夕食を取りに行ってくれるようになったので、徐々に食堂に慣れたようだった。
総合エリート科の訓練施設と寮との往復の生活で、露出の少なかった彼らだが、食堂に顔を出すようになってからは、注目を集めるようになっていた。
肩より少し長めの青緑の髪をひとつに結んで、翠色の瞳を持つ、ゼータ。
ふわふわの短い癖っ毛に、左の目の下に涙ぼくろがある、紫の髪にラベンダー色の瞳、エータ。
肩まである水色の髪に、蒼色の瞳、シータ。
私は、子供達が痩せていて、髪がボサボサの頃から彼らの全てが可愛いくて。結構親バカだなぁと思っていたが、施設の他の子達の反応を見るに、傍から見てもどうやら彼らは見目が整っているらしかった。
しかも、総合エリート科の3人が揃っている姿を見ることが出来るのは貴重な機会なので、男子も女子も其々の反応をしながら3人の一挙一動を見つめていた。
私は、昼食は同じ毒殺科で同室の友人、クシーと食堂で食べていたが、そこに子供達も加わる形となった。彼らが昼食も温かいご飯を食べるようになったのは、私としては嬉しい成長だと思っている。
「姉貴!!」
テーブルに座っている私とクシーを見つけたゼータが、大きく手を振って近づいて来る。
人混みの中、まるで人がいないような凄い速さで近づいて来るのは、さすが総合エリート科だ。
「クシー先輩も、こんにちは」
シータが、クシーにも挨拶をしてくれる。お昼を共にするようになってから、クシーを紹介しつつ毎日一緒に顔を合わせているので、私の友人としても顔馴染みだ。
クシーが頬杖をつきながら、3人に話しかける。
「今日のメニューはまた美味しそうだから、まずはご飯を取っておいでよ。……ところで、そこのお三方。今日のファイの面白話。聞きたくない……?」
「……!! 姉さんの、面白くて可愛い話……!! クシー先輩。是非……!!」
「ふふふ、さっきの毒殺科の訓練でね……? この続きは、ご飯を取って来たら教えてあげる」
「ちょっとちょっと……!! クシー、それは恥ずかしいから……!!」
クシーは、寮の部屋や毒殺科での私の話を子供達に振り、彼らがわくわくしながら話を聞くという構図がいつの間にか出来上がってしまっている。
きゃっきゃと盛り上がっているあちら側は置いといて、私は斜め上を見ながらご飯を食べる。
暗殺者訓練施設で過ごす中でも、平和な時間だった。
子供達が大きくなって、総合エリート科ではまとまった期間を施設の外で過ごす、屋外訓練が度々行われるようになった。不定期に外での訓練が行われて、一週間くらい帰ってこない。
屋外訓練も個別訓練の時ようにとても大変らしく、3人が埃と泥にまみれて帰ってきた時には少し痩せて傷も増え、お風呂で汚れを落として傷の手当をした後は、3人揃ってよくベッドに突っ伏している。
「3人共、屋外訓練お疲れ様。夕食、食べられる? どうする……?」
「……姉貴の、スープだけ、たべたい……」
「……僕も……」
「……姉ちゃんに、スープ……あーんして欲しい」
「……!? シータ、ズリぃ!! 俺も、俺も!!」
「……僕も……」
初めて口にした「美味しい」は特別なのか、3人は絶対にどんな時でも手作りスープを食べることを欠かさない。
ちゃんと、甘えたい事を口に出来るようになった彼らの成長を喜ばしく感じながら、そういう夜は一週間分甘やかすつもりで労わった。
「あんたが、毒殺科のファイだね」
「総合エリート科の3人と馴れ馴れしくして」
「シグマ先輩ともこっそり会ってるみたいじゃない」
「どんな色目を使ったのよ!!」
「とても色目を使えるような見た目をしてないじゃない。何その冴えない茶色と真っ平らな身体」
貶された後にクスクス笑われる。
子供達が屋外訓練に行くようになってから、総合エリート科に憧れる先輩女子から、絡まれる事が増えた。
大体こういう事をするのは、体力が余っている戦闘科だ。
私が子供達と一緒にいるのを目にすることはあっても、義兄弟の誓いをしている事までは知らないのだ。
毒殺科の場合、運動神経が悪くて引きこもり体質なので、堂々と言いがかりは付けてこない。また、暗殺者訓練施設は基本的に他人とつるむ事も少なく個人で行動する事が多いのだが、時々鬱憤ばらしにこういう事もある。
ちなみに、諜報科は情報に明るく義兄弟の誓いの事を知っているし、房中術科は美男美女が多く地味でツルペタな容姿の私は眼中に無い。
「鈍臭い毒殺科が生意気だよねー。ちょっと躾けてあげよっか」
先輩女子達が身構え始めた。戦闘科は実力行使をして来るから厄介だ。
暗殺者訓練施設は、施設内では訓練で命を落とす事も日常茶飯事であり、多少の殺傷沙汰も問題にならない。シグマ先輩も気軽に私を始末出来る理由のひとつである。
戦闘科女子達は始末するとまではいかなくとも、気に入らないからちょっと痛めつけようと、度々3人の居ないタイミングで襲って来る事があった。
総合エリート科を敵に回したく無いのか「3人の居ないタイミング」と言うのがミソである。
「お前の立場を分からせてあげる……ッ!!」
戦闘科女子の1人が拳を振り上げ、襲いかかって来る。
振り下ろされる拳を最小限の動きで避けて、角度を意識しながら足を払う。
バランスを崩し転倒した彼女に、睡眠薬の粉を振りかけた。
そのまま、ハンカチ片手に自分の鼻と口を覆い、残りの女子達に向かって広範囲に同じ薬を振り撒く。
彼女らはそのまま床に転がって、これでお終いだ。
この睡眠薬は最近開発されたばかりのものだから、彼女らに薬の耐性はついていないだろう。少しだけ毒を混ぜておいたから、目が覚めたら少し気分が悪いはず。ささやかな私の仕返しだ。
毒殺科の毒と薬の情報は、どこよりも一番早いのだ。
シグマ先輩が追加訓練で私を分析した結果、体格、体力、筋力は絶望的だが、動体視力は少し良い事が分かった。最大限それを使って、最小限の動きで攻撃を交わす訓練を中心に、繰り返し練習させられている。
私の訓練相手はあのシグマ先輩なので、当然戦闘科よりも動きが早い。
シグマ先輩が予想していたのかいないのか、追加訓練が実際に役立っているのが悔しいところだ。
「ファイ。また戦闘科女子に絡まれた? そして撃退したんだって……?」
呆れた顔をしたクシーに、目を逸らしてとぼけてみる。
「……シグマ先輩の追加訓練も、役に立ってないことは無いみたいで。別に、天敵に近づきたくはなかったんだけど。クシーと、クッキー作りながら、やってる甲斐もあるってもんだよね……?」
今だにシグマ先輩は追加訓練の度に、毎回私のクッキーを欲しがる。シグマ先輩のクッキー作りを毎回手伝ってくれているのは、同室のクシーだ。
「運動神経ゼロのファイが戦闘科を撃退出来てるのは、シグマ先輩様々なんだけど。本当、戦闘科にも、シグマ先輩にも。気をつけてよ」
「ファイには心配しかないわー」と言いながら、クシーが私の頭をぐしゃぐしゃにしながら撫でてくれる。
本当、一方的に心配ばかりかけているクシーには、いつも頭が上がらないのだ。
子供達が屋外訓練でいない一週間は、毒殺科の訓練の後、寮でクシーと一緒に過ごす。
それは、子供達と出会う前の生活のようで。
身軽な独り身の、自由さがあるようで。
賑やかな笑顔と子供達の温もりが無い、寂しい夜のようで。
普段3人からもらっている温度と幸せが無くて、身がスカスカするような気持ちを抱えたまま、彼らが帰って来るまで自分の部屋で、子供達の居ない夜を過ごすのだ。




