06 義兄弟の誓い
「姉さん、座って。姉さんの顔の手当が終わるまで、僕たち、夜ご飯食べないから」
真剣な顔で3人に見つめられて、仕方なくベッドに座る。エータが薬箱を持ってきて、3人で私の顔を手当し始めた。
「姉さん、体感ふにゃふにゃなんだから、高い窓から出たら危ないよ」
「うわぁ、姉貴。額と鼻が特にズルむけじゃん」
「姉ちゃん、痛い……?」
「…………こんなすり傷。痛く、ないもん……。訓練で、怪我をしてる、あなた達の方が。いつも、痛いもん……」
泣きそうになるけど、唇を噛んで涙を堪える。いつも、いつも、私のせいで。もっと痛くて泣きたいのは、彼らの方だ。
「姉ちゃん、今は訓練じゃないから。ボク達の前では我慢しなくていいから、お口噛んじゃだめよ。お口が傷つくと、しばらく痛いよ」
シータが、噛み締めている唇をそっと撫でてくれる。我慢できなくなって、涙が溢れた。
「姉さん。今日、僕達の追加訓練のあたりで……話、聞こえちゃったよね」
「始末とか、聞こえて。姉ちゃん怖かったよね。ごめんね」
「姉貴が近くにいるの、気配で分かってて……。俺、追加訓練で我慢しようと思ってたんだけど、我慢、しきれなくて……。俺達が弱いから……姉貴、ガッカリして、俺達のこと。嫌いになった……?」
ハッとして、俯いていた視線を上げると、3人が不安そうな顔をして私を見ていた。
「嫌いになんか、なる訳ないじゃない……!! 姉さんの知らない所で。姉さんが、あなた達に関わったせいで……。あなた達が厳しい追加訓練をさせられてるのが……本当に申し訳なくて、知らなかったのが、悔しくて……」
どうにも涙が止まらなくなって、両手で顔を覆う。彼らの顔を、見る勇気もなかった。
「姉さんのせいじゃないよ。アイツが口実にしてるだけで、姉さんがいなくても、訓練の内容は変わらないよ」
「アイツ、性格悪いから。姉貴がいるのを分かってて、わざと聞こえるように言ったんだよ」
「姉ちゃん。訓練がたくさん増えても、姉ちゃんと一緒にいたいよ」
感情が身体の年齢に引っ張られているのか、もう、思考がぐちゃぐちゃで、どうしたらいいのか分からない。愛しい、大好きな3人をぎゅうと抱きしめていると、腕の中のエータが、ポツリと言った。
「姉さん。義兄弟の誓い、しようか」
ギョッとして驚いて、泣き顔のまま、エータを見る。
「エータ……! 義兄弟の誓いは、破棄する事が出来ないんだよ!? 片方がやられたら、命をかけて敵討ちをするんだよ……? あなた達はまだ小さいし、まだまだこれから未来があるんだから、よく考えて……!?」
「姉貴! 俺達、ずっと考えてたんだよ! 義兄弟の誓いをすれば俺達が敵討ちするから、アイツも表立って姉貴を始末しようと動けなくなるし……!」
「姉ちゃん……。ずっと、ボク達と、一緒……」
嬉しい。とても嬉しいけど、嫌だ。
「姉さんは、あなた達の幸せな未来のために、命をかけられるよ……。でも、小さなあなた達には、姉さんのために命をかけて欲しくない……。幸せに、なって欲しいの……」
ふと、子供達を見てみると。キラキラとした、澄んだ3人の瞳が。真っ直ぐに私を見つめていた。
「姉ちゃんが、ボク達が痛いのが嫌なように。ボク達も姉ちゃんが痛いのは、嫌だよ」
「義兄弟の誓いをしなくても。姉貴がやられたらどちらにしたって敵討ちに行くしな!」
「姉さんが僕達の幸せを願ってくれるように。僕達も姉さんの幸せを願ってるんだよ」
私が、子供達の世話をしているつもりで。いつから、私が支えられていたのだろう。
「……本当に、いいの……?」
3人はそれぞれ、満面の笑みだったり照れたようなはにかんだ笑みだったり。それぞれの答えを表情に乗せて、笑い返してくれる。
「本当の、家族になろうよ」
義兄弟の誓いは、お互いの血を交換する儀式だ。大人が行う事が多いので、本来ならワインとかに一滴垂らして交換し合うのがカッコいいのだろうけど……
「血を混ぜる飲み物って……、水、じゃカッコつかないわよね……」
「スープ?」
「スープに血を混ぜるの、気持ち悪くない……?」
「みんなの血を、ペロリと舐めればいいんでしょ?」
色々考えた結果、血を滲ませた指をお互いに合わせて、それをペロリと舐める事にした。
「カッコつかないわよねー。姉さんの顔はぐちゃぐちゃだし」
「顔に怪我をしてても、姉さんは可愛いよ」
「姉ちゃんは、ボク達があちこち怪我してたら、カッコわるいと、思う……?」
「一生懸命頑張った証でしょ! 最高にカッコいいわよ!! 大好き……!!」
とりとめもない事を話しながら、少し灯りを落として、消毒した針を持ってテーブルに座る。
「姉ちゃん、これ。義兄弟の誓いのことば」
「えぇ……、あなた達、本当にいいの? 姉さん弱いから、シグマ先輩の事がなくても、すぐ死んじゃうかもしれないよ」
「姉貴、そう言う事言うなよ……! 俺達、ずっと一緒にいるんだから」
「むしろ、僕達が姉さんを巻き込んじゃいそうな気がしてきた……」
「大丈夫!! あなた達に何かあったら、姉さん全力で敵討ちに行くから!!」
3人から生暖かい視線が寄せられたが、気にしない。
針で一滴、右手の親指に血を滲ませて、お互いの親指を重ね合わせる。
「我ら、神の祝福に背くとも。この血にかけて誓う」
私達、暗殺者用の。義兄弟の誓いの言葉だ。
言葉を重ねて、誓いを紡ぐ。
「生まれや歳は違えども」
「全てを敵に回せども」
「怨嗟、汚濁を共に分け合い」
「欺かず、約束を違えず」
「背中を預け、命を預ける」
「永遠の呪いであり、我らが絆」
「義兄弟の誓い」
そっと親指を離して、自分の指をペロリと舐める。
これで、義兄弟の誓いと、血の交換の儀式は終了だ。
「これで、みんな嘘はつけないし、隠し事も出来なくなったね」
先ほどの誓いの「欺かず」に該当する。
エータが圧のある笑顔で私の方を向く。7歳で圧のある笑顔が作れるなんて、さすが総合エリート科だ。
「僕達ね、ずっと姉さんに聞きたいことがあったんだ。いつも姉さんが身につけてる『黄昏の琥珀』のことなんだけど……」
今日はまだ上着も装備も外していない。エータの小さい手がするりと首元をなでて、シャラリと小瓶型のネックレスを取り出した。
「僕達、調べたんだ。姉さん、コレ。毒殺科女子の。流行りじゃ、ないよね」
エータは、圧のある笑顔で。
ゼータは、半眼で。
シータは、真っ直ぐに。
3人に見つめられて、誤魔化し笑いをしながら目を逸らす。
「……黙秘は……?」
「隠しごと、ダメ」
大きくため息をついて、両手を顔の高さまで上げて、観念する。
「毒を小瓶に入れて持ち歩くのは、毒殺科の流行りじゃないわ」
「何で、こんな一瞬で死ぬような強い毒を、持ち歩いてるの? しかも、肌身離さず身につけて」
「……お守りよ」
「何の、お守り?」
じっと私を見つめる3人が、一歩も引く気がない。
この先は言いたくないんだけど、義兄弟の誓いをしたからもはや隠すことは出来ない。
もう一度、観念のため息を吐く。
「……あなた達に命はかけられるけど、シグマ先輩に始末されるのは、怖いじゃない。嬲られるより楽に自決したい、弱虫な私の逃げ道よ」
彼らは、最初から答えを分かっていて、それでも私の口から聞きたかったのだろう。
「それじゃあ、コレはもういらないよね」
「義兄弟の誓いしたから、アイツが姉貴を始末しようとしたら俺達がアイツを殺りに行くし」
「姉ちゃん。自決用に『黄昏の琥珀』の毒の耐性、つけてないよね。これから少しずつ、慣らしていかないと」
3人に小瓶を処分されそうになり、慌てて取り返す。
「『黄昏の琥珀』の耐性つけるから! 出来るだけ使わないから! お守りに持つことだけは見逃して!! 嬲られるの、怖いじゃん……!!」
歳上の尊厳をかなぐり捨てて、半泣きになって子供達に懇願すると、そろって難しい顔をされる。
「姉さん。『黄昏の琥珀』は、本当に危ない毒なんだよ」
「姉貴、今日も窓から、しかも顔から落ちただろ。その拍子に瓶が割れて、ちょっとでも口に入ってたらお終いだったんだぞ」
「姉ちゃん。ボクたちに、いきることを諦めて欲しくないって、いった。姉ちゃんも、これを飲むんじゃなくて。いきることを、諦めて欲しくない」
ラベンダー、翠、蒼色の。私の命以上に大切な。真摯な6つの瞳に見つめられて。
「……姉さん。寝る前に、シュミレーション……いっぱいして、嬲られる覚悟を決めるから……。もう少し、時間をちょうだい……」
前世の記憶があっても。私は、ヘタレだった。
一気に呆れ顔になった子供達が、頭を突き合わせてひそひそと話し始めた。
「これはもう、俺達が姉貴が納得するお守りを作るしかないか……?」
「とりあえず嬲られることを想定した、鎮痛効果と痛覚を鈍くする薬を混ぜて……」
「姉ちゃん、ふにゃふにゃだから、いちじてきな筋力ぞうきょうの薬は……」
子供達が、何だか私が嬲られた時専用の薬を開発しようとしているが。
『黄昏の琥珀』の秘密を暴かれた、私にも。実はやってみたかった事が、ある。
「ねえねえ、ゼータ、エータ、シータ。姉さんもね、『義兄弟の誓い』をしたから。やってみたかったことが、あるんだけど……」
形勢逆転。ニッコリ笑って子供達に話しかけた瞬間、顔を引き攣らせたゼータとエータが、素早く逃げた。
逃げ遅れたシータの腕を取り、ベッドへ連れて行って寝転がす。
「あなた達の泣き顔、見たことないのに。姉さんの泣き顔ばかり見られて。『義兄弟の誓い』をしたから、もう遠慮なく。あなた達を泣かそうと、思って」
手をわきわきさせながらにこやかに言うと、あえて抵抗せずにベッドに転がされてくれたシータが、ぼんやりとした顔で私を見つめる。
「身体の力は抜いておいてね」
彼らは厳しい訓練の成果か、いつ何時でも身体を動かせるよう、常に戦闘態勢を維持する癖がついている。
身体に力が入った状態で我慢をされたら、効果が発揮できないかもしれない。優しいシータは、言う通りにふにゃりと身体の力を抜いてくれた。
「ボク。痛くしても、なかないよ」
それは、どうかな。
暴れて蹴られたら体感ふにゃふにゃな私は吹っ飛んで行きかねないので、シータの横にポジションを取る。
「シータ……!! 覚悟……っっ!!」
シータの脇腹を、脇を。お腹や胸全体を。全力でくすぐりまくる。
「ひゃは……っ、あははは……っ、ひゃ……っっ?」
「くすぐりの刑だ……っっ!! どうだ、くすぐったいでしょ……っっ!!」
「ひゃ……っっ、あは……っっ、くすぐった……、くすぐった……? あははは……っっ」
ひーひー言いながら、身を捩って、シータが笑い転げる。
涙が滲んで来た辺りで、私の復讐は完了だ。
彼らは多分「くすぐったい」を体験した事が無さそうだったので、全力で機会を狙っていたのだ。子供達はみんな大好き、くすぐりの刑だ。
横を見ると、わくわくキラキラした瞳で、ゼータとエータが見ている。
「ふふふ、ふたりとも、ベッドに転がって。身体の力は抜いておくのよ」
期待と、初めての事に少しの緊張を混ぜた顔で、ふたりともベッドに転がる。
「ゼータも、エータも!! 覚悟……っっ!!!」




