04 黄昏の琥珀
「ファイ、最近帰りが遅すぎない?」
寮の部屋に帰ると、クシーがのそっとベッドから顔を出して心配気に話しかけてくる。
「起こしちゃった? ごめんね!」
「いや、まだ寝てなかったからいいんだけどさ。ファイ、この後も毒殺科の予習復習するんでしょ。睡眠時間大丈夫?」
そう、私は暗殺者訓練施設にいる割には壊滅的に運動神経が悪いので、座学だけはと成績を維持するようにしていた。総合エリート科のような天才枠ではないので、日々の努力は必須なのだ。
「まあ、もう少しで軌道にのるから。新しい生活リズムが作れれば、もう少し効率よく出来ると思うんだよね。大丈夫だよ、ありがと」
「……シグマ先輩が教えてる、3人の子供」
ボソッと言葉を返すクシーに、図星すぎて肩が跳ねる。
「ファイ、隠し事下手すぎ。どうすんの、シグマ先輩に許可無くお節介してんでしょ。危ない橋渡って、そのうちシグマ先輩に指一本で始末されちゃうよ」
もう、全くその通りだったので、反論の余地も無い。
悪戯がバレた時のような気持ちでクシーから目を逸らしていると、クシーがベッドから降りて来て、ぎゅっと抱きついてきた。
「頭の良いファイだから、全部覚悟の上でやってると思うんだけど。友達が無理してたり、目をつけられて痛めつけられたり、始末されたりしたら。私は悲しいよ」
クシーの指が私の首元をなぞり、シャラリと音を立てて小瓶のついたネックレスを取り出す。
「これ『黄昏の琥珀』でしょ。一瞬で楽に自決できる毒を持ち歩いて。いつの間にそんな覚悟まで決めて、何やっちゃってるの……?」
「これ、毒殺科女子のアクセサリーとして、流行ってるって事にしといてくれる……?」
「流行らないわよ、そんなもん……」とボソリと言いながら、アホの子を見るような目でこちらを見る。
「私は、あの子達の事はクシーに話さないようにするから、巻き込まれないように気をつけて」
「もう、本当に無理しないでよ。ファイに何かあったら、私の唯一の友達がいなくなったら。私、泣いちゃうんだからね」
ありがと、と小さい声でお礼を言って、私からクシーをぎゅっと抱きしめた。
「おねえさん、このねっくれすの小瓶、なに……?」
彼らのスープを作ったり世話をするのに、毒物や暗器を纏ってるのは危ないので、未だ部屋に入って一番に装備を解いて持ち込んだ籠に入れているのだが、一緒に外して服の間に挟んでおいた小瓶のネックレスがエータに見つかってしまった。
「エータ、その籠は危ないよ!」
籠を覗き込むエータを、よっこいしょと持ち上げて籠から離す。
「姉さんは毒殺科だから、服やベルトに色々な毒が入ってて危ないからね。籠に近づいちゃダメだよ」
しゃがんでエータと目線を合わせて、優しく話す。
「おねえさん、いつもインナーじゃさむいでしょ。ふく、着たらいいと思って。おねさんになら、どく、入れられてもいいよ」
「ぼくたち、どくの耐性ついてるから、ほとんどのどく、効かないんだけど……」と、口元に手を当ててそんな事を言う小さなエータを、そっと抱きしめた。
「あなた達に、毒を盛るわけ、ないじゃない……!!」
抱きしめても嫌がるそぶりを見せないので、もう少し力を入れてぎゅうっと抱きしめた。
わらわらと、ゼータとシータも近づいてくる。
「じゃあ、なんで『たそがれのこはく』があるの? おねえさんは、いつも首からかけてるの? あれは、強いどくだよ?」
『黄昏の琥珀』と聞いて、ゼータとシータも少しだけギョッとしてる。流石、総合エリート科。こんなに小さくても『黄昏の琥珀』を知っているのか。
「あれはね、毒殺科女子の流行りなのよ。オシャレの代わりに、お気に入りの毒をネックレスにするの。あの琥珀色、綺麗でしょ?」
子供達が難しい顔をして、みんなそろって小首を傾げている。可愛い光景だが、女子のオシャレを理解してくれた様子は無い。
「こんな施設で生活していて、口で言っても信じられないかもしれないけど。姉さんは、あなた達を絶対に傷つけないわ」
「何ならお部屋に入ってきた時に、徹底的に身体検査して脱いだ服ごと籠を隠していいわよ」と言うと、3人揃ってふるふると首を振る。本当にひとつひとつの仕草が可愛らしい。
「姉さんはね。あなた達に幸せになって欲しいの。今は厳しい訓練の毎日で、先のことは考えられないかもしれないけど。大きくなったら、自分の意思で出来ることが増えるわ」
側にいるゼータとシータもまとめてぎゅっと抱きしめる。
「この施設の外の世界は広いのよ。一面に広がる海や、広大な森、圧倒されるような山々。大きくなったら、綺麗な景色を見たり、好きな食べ物を食べたり、自分で楽しい事を見つけられるようになるわ。今は訓練が厳しくても、辛いことがあっても。生きることを、諦めて欲しくないの」
初めて会った時のように。何も感じず、全てを諦めたような状態に戻らないように。
例え、私が始末されていなくなっても。
それまでは、全力で愛情を注ぐから。
「なんで、そこまで。やさしくしてくれるの?」
ポツリと腕の中から聞こえる問いかけに、即座に答える。
「まだ出会えてそんなに時間は経っていないから、説得力が無いかもしれないけど。あなた達が、大事で。大切で。愛してるからよ」
すぐに始末されるかもしれない私の言葉は、彼らにとっては毒にも呪いにもなるかもしれない。
それでも、自分の手で人生を選べるようになるまでは。生きる事を諦めて欲しくなかった。
私の背中に回っている子供達の手に、きゅっと力が入る。
抱きしめた腕の中から、ポロリと溢された誰とも分からない小さな小さな囁きに、私は気が付かなかった。
「…………あなたのために、いきるから……」
3人をお風呂に入れたあと、スープを作って夕食にする。今日はスープとパンの他に、食堂から持って来た私の分の食事をみんなで分けて味見した。子供達も食堂のご飯を食べる事が出来そうで、明日から夕食は食堂のご飯とスープで良さそうだった。これで、総合エリート科の栄養バランス的にも一安心だ。
明日の朝食用に残したパンとスープを冷蔵庫にしまうが、総合エリート科の朝食には心許なさすぎる。明日は朝食用に、卵と分厚いハムかウインナーを、追加で持って来た方がいいかもしれない。
彼らは、訓練が厳しく運動量も多いからか、ベッドでトントンするとすぐに眠りに落ちる。
今日の子守歌は少し郷愁を誘う、両親の思い出を胸に大事なひとを探しに天空の城へ行く少年の名曲だ。この世界では、私だけが知っている歌。
歌は記憶に刻まれやすいので、将来ふとした辛い時に少しでも慰めになるように、沢山伝えてあげたいと思う。
この施設では情操教育も不足しているから、おやすみ前に読む為の絵本を作って来てもいいかもしれない。悲しい、辛いような負の感情も名前を知っていれば対処出来ることがあるかもしれないし、嬉しい、楽しい、幸せは、彼らに沢山感じて欲しい感情だ。
ぼんやりと考えつつ、歌いながらトントンなでなでしていると、気がつけば3人とも眠りの世界に旅立っていた。
上着と装備を付け直し、灯りを落としてそっと部屋の扉を潜る。窓から見える今日の空は、雲もなくて欠けた月が綺麗に見える。
先ほどまで腕の中にあった温もりがまだ残っているような気がして、ぎゅっと自分の腕を抱きしめた。




