03 ゼータ、エータ、シータ
翌日の夕方。毒殺科の訓練が終わってから、子供達の部屋へ向かった。今日はスープの具材の他にパン、その他生活道具を沢山持って来たので、大荷物を入れた籠を両手でえっちらおっちら持って歩く。
昨日の夜に毒殺科で作った、少量でスッとお空へ旅立てる強い薬も小瓶に入れてネックレスにし、首にかけてある。お守りのようなものだが、小瓶に入れた液体はとろりと琥珀色をしていて、とても綺麗だ。
子供達の部屋の前に着いたので、昨日と同じようにノックをしてからドアを開ける。
「こんばんは、毒殺科のファイです。お部屋にお邪魔しますね」
今日もキングサイズのベッドに座っている3人だが、それぞれチラリと視線をくれる。嬉しく思いながらも、今日はキッチンを使う前にやりたい事があった。
「今日は、食事の前にお風呂に入りませんか?」
ちょっと目の下のクマが薄くなった3人は、厳しい訓練の後で、ボサボサの髪に埃だらけのままだ。今日から子供達のお風呂計画発動だ。
初日から汚れは気になっていたのだが、最初から無防備に裸に剥いてじゃぶじゃぶ洗うのは難しいだろうと遠慮していたのだ。
若干ぎょっとした様子の子供達に構わず、部屋に備え付けられているお風呂場を見回して、シャンプーやトリートメント、石鹸などを設置していく。お風呂の椅子も3つあり、広さもあるので3人一気に洗えそうだ。
まず、私から丸腰を主張する為に服を脱ぎ始める。8歳と5歳だから、子供同士のお風呂でまだ許されるだろう。
服を脱ぎ始めた私に更にぎょっとした様子の子供達を一人ずつ脱がし、包帯やガーゼをそっと剥がしていく。
動揺しつつも従順に従う彼らを、3人まとめてお風呂へ連れて行った。
何とこの世界には浴槽があり、お湯に浸かる習慣もある。元日本人としては、とてもありがたいことだ。
お湯を張った浴槽に子供達をつけて、一人ずつ洗っていく。怪我をしている箇所には気をつけて、溜まった汚れを落とすように擦っていく。
3人を洗い終えたら、自分もジャバっとお風呂を済ませてしまう。実は、結構この部屋で夜の時間を使っているので、自分の睡眠時間確保のためだ。
ほこほこと湯気を立てながら綺麗になった3人にバスタオルを渡すと、それぞれぎこちなく身体を拭き始める。
緑の子からお風呂上がりのお世話をする事にした。
緑の子の頭をよく拭いて、服を着る前に怪我の手当をしていく。浅い切り傷があちこちにあり、打ち身のような青あざなんかは大小合わせて数えきれないくらいある。
元々手当てをされていた箇所は覚えているので、とりあえず薬を塗って同じように包帯やガーゼで手当てしていく。
私の所属は毒殺科。毒と薬は表裏一体なので、まずは薬や手当から習うのだ。
ほかほかの緑の子の右腕に包帯を巻きながら、返事は期待せずに声をかていく。お風呂で裸の付き合いを済ませたので、敬語から少し言葉を崩していく。
「傷がいっぱいだね。痛い? 沢山訓練頑張っていて、えらいね」
彼は話しかけられて、少し息を呑んでから何かを言おうとしたが、言葉にならずに口を閉じた。
「私の名前はファイだよ。もしよければ、お名前を教えてもらえると嬉しいな」
今度は左手の甲にガーゼを貼りながら、返事を期待せずに一方的におしゃべりをする。
「ふぁい……」
緑の子の初めて聞けた一言目だ。小さく私の名前を呟く彼に嬉しくなりながら、そっと濡れた頭をなでる。
「ファイでも、お姉さんでも。何と呼んでもいいよ」
手当てが終わったので、彼の上下の寝衣を着せる。
さて、緑の子が終わったから、次……、と思って立とうとすると、くんっとインナーの袖を引かれた。
どうしたのかな? と思って緑の子を見ると、虚空を見ていた時よりも少しだけ光を宿した翠の瞳で、ジッと私を見つめている。
その瞳に、私も目を合わせてしっかりと見つめ返すと、ポツリと言葉がその口から溢れた。
「……ゼータ。おれの名前。あねき。たくさん、ありがと」
ゼータ……!! 姉貴……!!
名前を教えてくれた嬉しさと、姉と呼んでくれた感動に、震えながら口を押さえる。
「ゼータ!! 名前を教えてくれてありがとう!! カッコいい名前だね……!!」
ゼータの手を握って大喜びしていると、紫の子と水色の子もバスタオルをかぶってひょこひょこ近くにやって来る。
「ぼく、エータ……! おねえさん、次、ぼくがいい」
「……おねえちゃん。ボク、シータ」
次が良いとちゃんと言えた、紫の子のエータ。
ぼんやりとした雰囲気を保ちつつ、名前を教えてくれた水色の子、シータ。
自分から名前を教えてくれたのが嬉しくて、3人の名前を知れたのが嬉しくて、姉と呼んでくれたのも嬉しくて。
感動しすぎて涙が滲んできたけれど、泣いてる場合ではない。
3人の濡れてる頭をぐしゃぐしゃとなでつつ、エータとシータの手当もやり始めた。
スープ用の食材を細切りにし煮込んでいる間に、子供達の髪をドライヤー的な魔道具で乾かす。
洗い立てのふわふわの髪とさっぱりとした身体。少し生気が戻ってきた子供達は、とても愛らしかった。
肩より少し長い青緑の髪に翠色の瞳、男の子っぽくちょっとだけやんちゃっぽい雰囲気の、ゼータ。
短めの、少し癖のある紫の髪にラベンダー色の瞳、左目の下には泣きぼくろがある。少し警戒心は強めだが懐くともじもじしながらも積極的に甘えてくる、エータ。
肩にかかるくらいの水色の髪に蒼色の瞳、ぼんやりと表情に出る感情の起伏は少なめだが、マイペースに甘えてくる、シータ。
可愛くて嬉しくて、鼻歌を歌いながらスープを混ぜて器によそう。後ろで、お風呂上がりでうとうとしかけたシータをエータが小突いて起こしてあげているのも、また可愛い。
今日はパンも持ってきたので、私もここで一緒にスープとパンで夕食だ。
机に座って食事の挨拶をしたら、私の毒味も待たずに早々にスープとパンを食べ始める子供達。恐る恐る食べていた昨日とは違う子供らしい光景に、私は大満足だ。
夢中で食事をする3人の細い腕を見て、ダメ元で提案してみる。
「ゼータ、エータ、シータ。食堂のごはんを食べてみる気はない? 食堂のごはんも、その固形の完全栄養食よりかは温かくて美味しいよ」
ピタリと食事の手を止めて、子供達が私の方を見る。
「あねきの、スープがたべたい」
「おねえさんのスープがいい」
「おねえちゃんの、スープ……」
3人が同時に私のスープを所望する。本当になんの変哲もない、ただのスープなのだが。
「スープを毎日作るのは全然かまわないし、その他の料理も作れなくはないんだけど。あなた達は総合エリート科で毎日厳しい訓練をしてるから、姉さんのお料理じゃ栄養が足りないと思うんだよね」
一般家庭の夕食ならともかく、総合エリート科は前世のアスリートのような厳しさと運動量のはずだ。私の料理だけでは心許なさすぎる。主に、肉とか、タンパク質とか、肉とか。
うーん、と考え込む子供達。食べなかった頃を考えると、食べるようになっただけ、大いなる進歩ではあるんだが。
「じゃあ、こういうのはどうかな? 明日食堂のごはんを私の分だけここに持って来るから、味見してみない? 食堂のごはんを食べても食べなくても、スープは毎日作るから」
子供達は、私のスープがあるのなら……というような雰囲気で、とりあえずこくりと頷いた。
今夜の寝つかせは、お風呂に入れたからかそれぞれ入眠がとても早かった。
しっかりと眠れるようになってきたのか、目元のクマも日に日に薄くなっている。
このまま、彼らが何事もなく、子供らしい日々を。少しでも長く過ごせることを願うばかりだった。




