02 スープ
「ファイ、遅かったね。どこ行ってたの?」
3人を寝かしつけて、食堂で夕食を取ってから寮の部屋に戻ると、同室のクシーに声をかけられる。クシーは赤毛をショートカットにした、サバサバしたタイプの同じ歳の女の子だ。同じ毒殺科で、今世唯一の友達と言える存在である。
「ちょっとお節介をして、小さい子達の世話をしてたの」
「ふうん、小さい子ねぇ」
クシーが頬杖をつきながら私を心配そうに見る。
「ファイは何となく隙があるというか、お人好しだから。ここじゃ、小さい子から大きな子まで簡単に死んでいくんだから、あんま感情移入しちゃダメだよ」
「うん、分かってる。ありがと」
答えながらも、もう遅いんだよねと心の中で返事をする。
私はあの子達を人生かけて構うつもりだし、すぐにでもシグマ先輩に始末されるかもしれない。
それでも、あの3人が笑いながら、少しでも自分の手で。未来を掴めるといいな、と思うのだ。
次の日の夕方。私は食糧庫から持って来た食材を抱えて、3人の部屋へ向かった。
「こんばんは、毒殺科のファイです。お部屋にお邪魔しますね」
今日は閉まっているドアをノックして、返事を待たずに中に入る。3人は相変わらず反応せずに、感情が抜け落ちた顔で虚空を見つめてベッドに座っていたが、昨日よりも少しだけ、クマが薄い気がする。
昨日は良く眠れたのかな。一歩前進だ。
「今日も上着とベルトは外して、机に置いておきますね」
彼らにとってまだまだ不審者だろう私は、とりあえず信用してもらう為に声がけをしてから、装備一式を外して机に置く。その隣には、相変わらず手をつけられていない固形の完全栄養食が、そのまま置いてある。
装備を外した私は、上下黒のピッタリしたインナー状態でこれはこれで不審者のような格好だと思うが、安心と信用には変えられない。
「今日は、寝るお手伝いの前に、軽くキッチンをお借りしますね」
反応の無い子達に一応声をかけて、包丁やらまな板やら鍋やらを掘り出して一度丸洗いをする。包丁も扱うのだが、恐らく総合エリート科のこの子達は今の段階で私よりも強いと思うので、怖がらないだろうと思う事にする。
持ってきたじゃがいもや人参、玉ねぎとベーコンを、弱った胃でも食べやすいように細かく刻む。後はほぐして洗ったキノコを入れて、何から作られているのか分からないスープ用の固形出汁を入れて煮込めば、簡単な具沢山のスープの出来上がりだ。
今世は貴族の生まれだったので料理と縁は無かったが、食材が前世とほぼ一緒なので、前の知識そのままに料理が出来て助かった。
机の上のものを寄せて、スープを入れた器とスプーンを4つ並べる。湯気が出ていて、作っている時からいい匂いがして美味しそうだ。
訓練が終わって夕食を食べる前のこの時間は、お腹ペコペコなんだよね。と思っていたら、後ろから小さくお腹が鳴る音がした。後ろを振り向くと、子供達が無表情のまま、匂いに釣られてスープの器を見つめている。
この子達を食堂で見かけたことが無いから、もしかしたらずっと固形の完全栄養食で食事を済ませていたのだろうか。温かいスープなんて、ほとんど食べたことが無いのかもしれない。
「石鹸でよく手を洗って、机の横の椅子に座ってもらえますか?」
子供達がのそのそと動き出す。指示された事には従順に従う人形のように育てられたのだろう。エリート暗殺者としては、その方が効率的で、結果的には生きるのが楽なのかもしれない。
それでも私は、この子達に。少しでも心を、人間らしさを取り戻した上で、自分で未来を選び取ってもらいたい。
嬉しいとか、幸せの感情を知り、そして自分の意思を伝えられるところまで。彼らの閉ざされた心を溶かして、育んでいければいいのだが。
私がシグマ先輩に、始末される前までに。
子供達が手を洗い、ゆっくりと椅子に座った。
「これは、私が作ったスープなので、よければ食べてください。昨日も夕食を食べていなかったようですし、食欲が無いかもしれませんが。身体を使った訓練の後だと、少しでも食べておいた方が良いと思うので」
子供達は無表情でスープの器を見つめるだけで、スプーンを手に取る気配も無い。紫の子はその表情に、若干警戒の色さえ混じっている。
「まあ、よく知らない人が作ったスープは何が入っているか不安ですよね。ひとつずつ毒味しますので、失礼しますね」
まず、隣に座っている緑の子のスプーンを持ち、彼の前の器のスープを一口含む。目の前でゴクンと飲み込んでみせた後、同じスプーンで一口分スープを掬い、緑の子の口元へ持っていく。
「はい、お口を開けてください」
おずおずと開かれたその口へ、スプーンをそっと差し入れる。
スープを口に含んだ緑の子は、ゆっくりと目を見開き、手渡したスプーンで自分から2口目を口にした。
次に反対隣の水色の子も、スープの毒味をし、口を開けてもらい、スプーンをそっと口に入れた。表情はそのまま、ふわっと頬が赤く色づき、ゆっくりと食べ始める。
一度席を立って、紫の子の隣に座る。スープを食べ始めたふたりの変わりように、更に警戒を強めた顔をしているが、毒味をした後口を開けるようにお願いすると、やはり従順におずおずと口を開く。逆らうという意思を完全に叩き潰されている感じがして心が痛むが、それはそれとしてスープを口に運ぶ。
こくんと飲み込んだ紫の子は、スープの温かさが染み込んでいくように、ゆっくりと少しだけ表情が緩む。そしてやはり2口目からは渡したスプーンで、ゆっくりと自分からスープを食べてくれた。
私は嬉しくて、席に着いてにへにへしながら自分のスープを食べる。うん、温かい。普通のスープ!
子供達は食べ終わったようで、じっとスープの器を見ている。表情は変わらないが何となく名残惜しげな雰囲気を醸し出していて、そっと声をかけてみる。
「スープ。まだまだ沢山ありますけど、おかわりして食べますか?」
子供達は、ゆっくりと顔を上げ、初めて私の顔を見て。
小さくこくんと頷いた。
明日の朝食用にスープを3つの器に入れて、3人によくよくその事を伝えつつ、キッチンに備え付けてある空っぽの冷蔵庫に入れた。魔石を使った冷蔵の魔道具だ。魔石、便利。
夕食にスープだけでは足りないはずで、完全栄養食も食べるか聞いてみたが、3人とも小さく首を振った。この様子だと朝食も食べていない気がして、昼食にシグマ先輩に無理やり完全栄養食を口に入れられているのかもしれないと思った。明日は、パンも沢山持ってこよう。
温かいスープをおかわりして、気持ち満足げな雰囲気の3人にお風呂を勧めたがやはり無反応なので、今夜はそのまま寝つかせる事にする。
何となく昨日から緑の子を一番にしているので、緑の子から膝枕とトントンをして寝つかせはじめる。子守歌は今日も雨降りのバス停にいるずぶ濡れおばけの歌だ。私も好きな歌だし、しばらくこれでいくことにする。
緑の子を寝つかせている最中に残りのふたりを見ると、紫の子がチラリとこちらを見る。
これは……? 羨ましくてソワソワしながら順番を待っている……?
水色の子は満足げな雰囲気で無表情のままぼんやりしているので、次は紫の子を寝つかせる事にした。
寝ついた緑の子の頭を枕に乗せて、紫の子を膝枕して優しくトントンしはじめる。温かいスープを沢山飲んだからか、昨日よりポカポカしていて子供らしい。
嬉しくてニコニコしながら子守歌を歌っていると、紫の子が小さくポツリとささやいた。
「ありがと」
ぶわっと感動が全身を巡り、鳥肌が立つ。
初めて声を聞かせてくれた……!!
しかも、お礼を言ってくれた…………!?
「どういたしまして……!!」
嬉しくて、調子に乗って、もうひとつおねだりしてみる。
「……頭をなでて、いいですか……?」
暗殺者の卵だらけの施設で、知らないひとに頭を触られるのは怖かろうと、なでなでしたいのを我慢してきたのだ。
紫の子が、小さくこくんと頷いた。
子守歌を歌いながら膝枕をして、背中をトントンしながら優しく頭をなでる。
前世の子育てを思い出す、懐かしくも優しい時間だ。
ストンと眠りに落ちた紫の子の後に、ベッドの上でぼんやりしている水色の子の隣に行く。
ゆっくりと顔を上げた水色の子が、無表情のまま私と目を合わせた。
目の下のクマは少し薄れ、虚ろだった蒼色の瞳には、少しだけ光が宿った気がした。
「ありがと」
紫の子の真似をしたのか、水色の子からもポツリとお礼が溢れた。
嬉しくて、口をムズムズさせながら水色の子にそっと聞いてみる。
「どういたしまして。……頭をなでていいですか?」
聞き慣れない言葉を理解するような間のあと、小さくこくりと頷かれる。
そっと手を伸ばして頭をなでると、水色の子は気持ちよさそうに目を閉じた。
……2日目にして!可愛いすぎる!!
そのまま彼をそっと私の膝に横たえて、歌を口ずさみつつトントンしてなでていると、やはりストンと眠りに落ちた。
毛布をかけ直して灯りを落とし、おやすみなさいと小さく呟いて部屋を出る。
廊下の窓からは、今日は欠けた月と雲間からポツリポツリと星が見える。
この暗殺者訓練施設での生活で、こんな嬉しさと温かさを感じられるとは思わなかった。子供達のスープを口に入れた時の顔と、紫と水色の子のありがとうを何度も思い出しては、可愛さに身悶えする。
私は、あの子達を幸せにしたいのではなく、自分の幸せを求めて子供達を構い始めたのかもしれない。とても自己中心的な行いかもしれないが、それでも。
彼らの幸せを願う気持ちは本物だ。
この後は、遅くまで開いている食堂で夕食を食べて、これまた遅くまで使用してもいい毒殺科の自習室に行く。一番楽な自決用の薬を作るためだ。
昨夜、寝る時に自分の布団でよくよく考えたのだが、シグマ先輩が3人の育成を邪魔されて私を始末しに来たとして、楽に引導を渡してくれるかは分からない。
子供達の幸せを願う気持ちは本当だし、始末される覚悟もある。しかし、暗殺者はその特性的に性格も色々なので、ねちっこく時間をかけて痛めつけられる可能性もあるし、覚悟とは別にそんなのは怖すぎる。
どうせ近くにやって来るかもしれない未来なら、その時用にサクッと自決できる毒薬を作っておいて、いつでも使えるように身につけておこうと思ったのだ。毒殺科なのでそんな毒薬も作りやすいし、確か可愛い小瓶を使ったネックレスとかもあったはずだ。今日のうちに作っておいて、明日から肌身離さず持ち歩いておけば安心だ。
何を作ろうか候補を考えてルンルンと廊下を歩くあたり、私も少しはこの暗殺者訓練施設に馴染んでいるようだった。




