19 エピローグ
暗殺者訓練施設を出てから、一年が経った。
17歳になった私と14歳になった子供達は、今は国境の街、トモスにいる。
街を出た向こう側には広大な深い森が広がり、その奥には険しい山々がある。その先は隣国だ。
隣国とは交流もあり諍いも特に無いので、国境とはいえ穏やかな土地である。
この街を選んだのは子供達だが、その理由としては暗殺者訓練施設から遠く離れていること、広大な森と山の近くで冒険者ギルドが活発なこと、そして森の中に大きな木が一本あるからだそうだ。
「『雨降りのバス停にずぶ濡れおばけ』の歌の聖獣は、大きな木に住んでるんだよね」
「この森、古くからある森。聖獣、いるかもしれない」
「子供の時にだけ会えるんだよな……俺達、まだギリギリいけるよな……?」
寝つかせで散々歌った子守歌の、聖獣に会いたいそうなのだ。どれだけ歌が刷り込まれたのか。可愛いすぎる。
私達は冒険者ギルドに冒険者として登録し、私は薬草の採集を中心にして小さな薬屋を営み、元総合エリート科最強の子供達は、14歳にして冒険者の頭角を現し始めている。
初めて冒険者ギルドの入り口を潜り冒険者登録する時は、周囲の視線を集めたものだ。
何せ、17歳の背の低い女と、14歳の少年達。パッと見、姉と弟が3人。未成年の4人姉弟だ。
「お嬢ちゃん。ここはガキの遊び場じゃあねえんだ。おうちに帰ってねんねしてな」
テンプレのように、頭に傷のあるデカいスキンヘッドが片手を振り上げて脅して来た。
即ギレしそうな子供達を制して、サックリ避けて睡眠薬を振りかける。
一瞬で崩れたスキンヘッドに、冒険者ギルドは騒然としていた。
あの睡眠薬には、少し下剤も混ぜてある。トイレとお友達になるといい。
一般人は毒や薬の耐性をつけていないので、面白いほどに薬が効く。
頭の中のやる事リストに、薬の効果を一般人用に再計算する事を追加した。
閉鎖的な暗殺者訓練施設を出てから、今生きている世界の事を改め体感した。
この世界には、魔王はいないが魔獣はいる。悪のしもべ的な生き物ではなく、魔力を持っている強めの獣だ。
基本的に魔法は使えないのだが魔石という存在があり、魔獣も魔石を内包している。その他の素材としては、肉や毛皮、ツノなどがあり、冒険者達は魔獣を獲物として常に狩猟しているようだ。ちなみに、魔石は魔力の高い鉱山からも取れるらしい。
私達は、街の外れ、広めの庭のある一軒家で生活していた。
庭では、端の畑で薬草を育てつつ、早朝から子供達が鍛錬している。長年の癖で、鍛錬しておかないと体力が余るのだそうだ。
「姉さんも、鍛錬しておこう?」
ニッコリとエータに手を引かれる。
「姉さん、鍛錬、しなくて良くない……?」
「姉貴ー。やっとかないと、姉貴の筋肉。すぐ無くなっちゃうじゃん」
「姉ちゃん、頑張ろ? ボク達、一緒にやるから」
子供達に正論で打ち負かされ、仕方なく私も簡単な鍛錬を続けている。
子供達が冒険者として森に入り、その間私は薬を作りながら、薬屋の店番をしている。
毒と薬は表裏一体。表向きには、私は薬師だ。
子供達は3人で森に行けばいいのに、必ずひとりは残って、交代で薬屋の手伝いをしてくれている。
「姉さん、一応、一般人には負けないから。3人で森に行って来ても良いのに」
「今回の依頼も、3人揃って行くほどのもんじゃないからな!」
今日の居残りは、ゼータだ。毒殺科の訓練も収めている彼は、手際良く薬を作っていく。
そんな時、入り口のベルが鳴り、扉が開いた。
「ファイ、おはよう。今日も盛況か?」
ゼータが、入口の方を見て、とても嫌そうな顔をした。
何故か、この街に。
深手を追って施設から出された、シグマ先輩が住み着いている。この薬屋の仕入れをする商会で働き始めたらしい。
納品があっても無くても、用があっても無くても。
毎日のように、顔を出す。
「先輩……毎日毎日来やがって。ちょっとは遠慮を覚えろよ!」
「俺は、ファイが『好き』で、ついでにお前らも『好き』だからな。ファイ、今日の納品だ」
先輩が大きめの肩掛け鞄から、薬の瓶や包装紙を出してカウンターに置いてくれる。身体が一度壊れているので、ゆっくりと歩きながら、あまり重い荷物を持たなくて済むような生活の仕方をしているらしい。
「先輩、ありがとうございます。あ、これ。今日の分のクッキーです」
「ありがとう」
素の表情で、先輩が笑う。この街に来てから、よくこの笑顔を見るようなった。平民の生活をしていて、シグマ先輩は幸せそうだ。
「姉貴ー。シグマ先輩に甘すぎるぞー」
「羨ましいか、ゼータ。俺はファイを『好き』だからな。男と女が『好き』になれば、結婚も出来るんだぞ。ファイ、今の俺は、お前よりも力が弱いし、お前が嫌がる事は何ひとつ出来ない。俺は、お前にとって、世界で一番安全な男だ。俺と結婚しないか?」
「…………っっ!! もう一回、壊してやろうか……!!」
「シグマ先輩。私は今世、恋愛するつもりないんで」
「コンセ……? 新しい『感情』か……?」
つい口が滑って両手で口を押さえていると、シグマ先輩がゼータの方を向きながら、会話を続けている。
「ゼータ。お前達なら、また俺を壊してもいいぞ? お前達のことは長い訓練期間で、散々嬲って痛ぶってきたからな。お前達は今までの分を、俺にやり返す権利がある」
当たり前のような顔をして、シグマ先輩がそんな事を言う。
「や、やらねえよ……っ!! 施設の外じゃ、暴力は犯罪だろ!!」
「バレないようにやれば良いじゃないか。暗殺は本分だろ?」
「やんねえったら、やんねえよ……!! 姉貴が怖がるし、泣いちゃうだろ!! 姉貴が好きなら、それくらい分かれよ!!」
「ふむ、そうか。ファイはこういうのは嫌いか。覚えておこう」
ここでの生活は平和だが、まだまだ暗殺者思考を塗り替えるには、時間がかかるようだった。
「ファイ、それではまた明日!」と言いながら、シグマ先輩は大事そうに、幸せそうに、クッキーを仕舞って帰って行った。
「…………っていう事があったんだよ! シグマ先輩、超ムカつく……!!」
エータもシータも帰って来て、夜ご飯を食べながらゼータがブツブツ文句を言う。
夜ご飯には、毎日当たり前のようにスープが並ぶ。本当に先輩も子供達も、似た物同士だ。
「姉貴。そう言えば、先輩と話してた時に言ってた『コンセ』って何?」
「コンセ?」
「こんせ?」
子供達が、3人そろって首を傾げる。彼らは、大きくなっても可愛らしい。
「えっと、特に意味はないと言うか、なんというか……」
上手く誤魔化せずにしどろもどろに言い訳をしていると、エータが半眼になって私を見てくる。
「小さい頃から思ってたけど。姉さん、昔から不思議な言葉を使うよね」
「えーっと、そうかな……? そんなことも、あるような、ないような……?」
「雨降りバス停のずぶ濡れおばけ」
「聖獣、会いたい。バス停、何? おばけ、何?」
「姉貴の子守歌とか、絵本とか! 探したけど、どこにもねえよな!」
聡い子供達に本気で追求されたら、誤魔化し下手の私には隠すことなんて出来るわけがない。
「姉さんの、秘密、ひとつだけあるんだけど。多分、話しても、わからないよ……?」
「わからなくても、聞きたいな」
「義兄弟の誓い! 隠し事はなし!」
「姉ちゃんのこと、知りたいよ?」
額に片手を当てて、観念する。
「……姉さんね。生まれる前の記憶が、少しあるの。ここと全然違う世界で、生きていた記憶」
「違う」
「世界の」
「きおく?」
子供達が、私の言葉を理解をしようと、しっかりと目を合わせてくる。キラキラとした翠と、澄んだラベンダーと、深い蒼。6つの瞳に見つめられて、言葉を探す。
「平和で、戦うことも争いも無くて。優しい両親がいて、美味しいご飯を食べて。小さい子供がいた記憶よ」
3人は、むーんと考え込んでいる。
それはそうだ。この世界には、前世とか今世とか。そんな概念は無い。
「姉さん。やっと、腑に落ちたよ。姉さんの話す、知らない言葉は『前世』の言葉で」
「姉ちゃんが、小さい頃から。ご飯を作れるのも、歌や、トントンを知ってるのも。『温かい』を、知ってたからで」
「いつまで経っても、危機感や緊張感が身につかないのも! そのせいかよ……!?」
うんうんと頷いたり、納得したように夜ご飯を見つめたり、テーブルに突っ伏したり。それぞれの反応をしながらも、スッキリとした顔をしている。
「姉さん、変じゃ、ない……? 嫌いに、ならない……??」
恐る恐る聞いてみると、パッと3人が顔を上げた。
「姉貴が変なのは、昔からだしな!」
「姉さんは小さい頃から色々知ってて、驚かされっぱなしだよ」
「ずっと、全力で、優しくしてくれた姉ちゃんを。ボク達は、大好きだよ」
子供達が、満面の笑顔で笑いかけてくれる。
私も、安心して。嬉しくて。子供達に笑い返した。
自分の手で未来を掴んで、大きくなった子供達。
明るい部屋に、温かい夜ご飯。
笑い声と、満面の笑顔。
想像もしていなかった、幸せは。祈りは。
今、目の前に。全て、そろっていた。
次の番外編4、ゼータ視点でこのお話は完結です。
あと1話、最後までお付き合い頂けますと幸いです。




