20 ※番外編4 ゼータ視点
俺とエータとシータ、俺達3人は暗殺者訓練施設に生まれ、壊れかけ、他の子供達と同じように、いずれ処分される存在の筈だった。
時間感覚も意志もないまま、ずっと毎日、訓練をし続けるだけの存在で。
眠ることも上手く出来ず、えずきながらも飲み込んでいた完全栄養食が、段々と飲み込むのも難しくなって来た頃。
部屋の扉を開いて、突然、姉貴がやってきた。
姉貴に一度、何であの日俺達の部屋に来て、寝かしつけてくれたのかを聞いてみた事があったけど「たまたま通りがかって見つけちゃったからよ」と、あまりにも危機感のない、姉貴らしい返事が返って来た。
壊れかけの、総合エリート科が、3人。
相対するのは、体力も筋力も貧弱で体幹もふにゃふにゃの、小さくて細い、姉貴ひとり。しかも、部屋の入り口で装備を外して、丸腰になる始末だ。
何の縁もゆかりも無い、通りがかりに見つけてくれただけの俺達を。
黄昏の琥珀を身につけながら、身の危険を冒してまで。
「美味しい」や「嬉しい」、「幸せ」や「愛してる」を。
たくさんの感情を、教えてくれた。
「生きる」意味も分からなかった俺達は、文字通りそのままの意味でも姉貴に命を救われて、姉貴のために、生きようと思った。
俺達に様々な感情を、生きることを教えてくれた姉貴は、どんな時でも眩しかったけど、成長と共に姉貴はどんどん綺麗になっていった。
優しい茶色のふわふわの髪は、触れるととても柔らかくて、ふにゃふにゃの姉貴の膝に頭を乗せると、温かくて優しい、良い匂いがした。
こんなに眩しくて綺麗な姉貴を、他の奴らも見つけてしまったら、どうなってしまうんだろう。
筋力も体力も無い、小さくて弱い姉貴が、手折られて、傷つけられるかもしれない。
俺達は、まだ弱くて。シグマ先輩よりも、全然弱くて。
危機感無くのんびりしている姉貴を脇目に、俺達は姉貴を守りたくていつも必死だった。
姉貴のミリョクを。眩しさを。見つけてしまった、一番の厄介者は、シグマ先輩だ。
暗殺技術を教わった恩を少しは感じなくもないが、教育と称して今まで散々俺達を痛ぶってきたアイツが、姉貴に近づく事は許せることでは無かった。
姉貴は無防備に、無意識に。冷たい壁の中で訓練だけして育ってきた、人としての感情を何も持たない総合エリート科に。「美味しい」「嬉しい」「温かい」をお裾分けする。
暗くて寒い、狭い部屋に、ぽっと灯りが灯るように。乾き切った身体に、ひと雫の水が与えられるように。
シグマ先輩に。俺達と同じように。姉貴の「優しい」が染み込んでいくのを、俺達は見ていることしかできなかった。
案の定、シグマ先輩を壊してからも、トモスの街に住んでからも、アイツは姉貴に付きまとう。
「安心しろ。俺は、彼女の嫌がることはしないし、万が一何かあれば、肉壁にでもなって彼女を守るから」
「先輩が肉壁になるより、俺達の誰かが側にいた方が、守れるに決まってるだろ!」
「ははっ、それはそうだ」
今まで、ひとを嬲って楽しんでいた先輩が。憑き物が落ちたかのような顔で、笑う。
まあ、屋上で戦っていた時の、死ぬつもりで満足そうに笑っていたあの顔よりは、何倍もマシな表情だ。
「ファイを見てみろ。俺達よりもずっと平民に馴染んでいるぞ。本来のアイツは、あの施設では無くて、こういう場所で生きるはずの存在だったんだな」
姉貴が笑う。先輩が笑う。
ふたりの笑顔を見ていると、導いてもらい、俺達が掴み取ることが出来た生活は。これが最善だったんだな、と改めて満足する。
「お前達も注意しておけ。この街の男共は、割とファイを狙っている。アイツは、綺麗で優しいからな。迫られても、一般人にも冒険者にも負けはしないだろうが、いかんせん、アイツはのんびりしているからな」
全く同意だ。姉貴はもうちょっと、危機感と緊張感を持って欲しい。この街に来て、更に緩んできた節もある。
シグマ先輩が姉貴のところに行って、また姉貴にアプローチしている。
度々先輩が言っている「結婚」は許せないが、ふたりとも、このまま笑顔で生きられればいい。
ついでに、エータもシータも、笑って生きられればいい。
遠くに見える壮大な山々と、麓に広がる広大な森。その中にある一本の大きな木。
暗殺者に祈りなんて柄でもないが。それでも、これからもこんな生活が続けられるよう、皆の笑顔を、幸せを、そっと祈った。
ファイと子供達、シグマ先輩のお話を、ここまでお読みいいただきましてありがとうございました。
彼らの生き様を書ききれて良かったですし、むしろ私が彼らの人生を覗き見させてもらって、楽しませてもらった感覚です。
最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました!




