18 ※番外編3 シグマ視点
朝起きて訓練して、ずっと訓練して、外が暗くなり、訓練が終わったらベッドで寝る。
総合エリート科の訓練場所は主に屋内鍛錬場なので、早朝から訓練して、いつの間にか日が落ちている。
起きている間はずっと訓練をする毎日に、時間や日にちの感覚はほとんど無かった。
小さい頃の記憶を辿ってみても、訓練をしていた記憶しかないので、他の総合エリート科の子供達と同じように、赤子の頃からここにいるに違いない。
ここでの訓練は、暗殺者訓練施設にある「戦闘科」「諜報科」「毒殺科」「房中術科」全ての訓練と、総合エリート科だけにある訓練を合わせて幼少期から教育が始まる。
他の科は、暗殺者になった際、任務に失敗したら自決に至る事が多いが「諜報科」と「総合エリート科」は情報を持ち帰る必要がある為、たとえ失敗しても戻る前提の訓練が課されている。
「諜報科」は、そもそもが深入りせずに失敗を悟ったら逃げ切れるように。
「総合エリート科」は基礎能力が高いので、捕まっても自力で抜け出すか、同じ総合エリート科から助けが入り、ギルドに戻れるように。
その為、捕えられている間の尋問に耐えられるような訓練も日常的に課されている。結果、年齢の小さなうちは、身体的よりも精神的に壊れていく子供達も多かった。
同じくらいの年齢の子が、隣で虚な目をしながら、口に入れられた完全栄養食を吐いている。
「こいつも、このまま壊れるかな?」
「今月でふたり目か?」
「まあ、これからずっと暗殺を生業としていくんだから、これでダメだったら、生きていく術もないからな。ただ、ここまで生き残ったのに、惜しいなあ」
ここでは、日常的にひとは死んでいく。
事故も起こるし、精神的に壊れて食べられなくなった子供達は、最終的には処分される。これが、俺達の当たり前だった。
「シグマ。お前は壊れないし、飲み込みも早くて身体能力も高いから、良い暗殺者になれるんじゃないか?」
いつからか、専任で教える先輩が俺に付いて、付きっきりで指導を受けていた。細身で、くすんだ灰色の長い髪を後ろで一括りにしている、年上の先輩だ。
「『シグマ』これが今回の機密ワードだ。尋問を受ける訓練だから、言っちゃダメだぞー。ほら、始めるな」
「…………っ!!」
「喋ってた方が気が紛れるから、喋りながらやるなー。お前『好き』って、知ってるか?」
訳の分からない事を聞いてくる。総合エリート科の先輩も同じくここで育ったはずで、そんな感情を知っているはずもないだろう。
「ここだと縁が無いような気がするけどなー。『好き』って、知っといた方がいいぞー。あー、もうちょっと強くするな」
「…………ッッ!!」
「何が『好き』でも、良いもんだぞー。食べ物が好き。ひとが好き。ぼくがシグマを教えてるみたいに、後輩を教えてもいい」
「ぼくは、お前が好きだぞー」と軽く笑って言いながら、更に強くされる。
先輩の、理解が難しい言葉と訓練の強い痛みに、意味が上手く飲み込めない。
「お前も『好き』を、見つけられるといいなー」
そう教えてくれた先輩は、しばらくして総合エリート科からいなくなった。
先輩の「お前の『好き』を探せ」という言葉は、ずっと心に引っかかり、忘れることが出来なかった。
食事は完全栄養食で済ませ、訓練を先取りして時間を作り、先輩の真似をして後輩を育ててみる事にした。
暗殺技術を教えてみても、子供達はすぐに壊れた。
どの子も身体能力や技術は身についていくのに、精神面で壊れて完全栄養食を食べられなくなるのだ。
幾度か試行錯誤を重ねて、同時期に総合エリート科で育てられた3人の子供達を教え始めた。緑と、紫と、水色の子供達だ。彼らも、他の子達と、自分と同じく、その表情に感情を映すことはなかったが、3人とも身体能力も技術面も素質のある子供達だった。
攻撃、撹乱、防御で、3人チームで動かせば強くなるかもしれない。
そう思った時には、3人共、完全栄養食を受け付けなくなっていた。
ここまで生き残って技術を教え込んできた、見どころのある3人なのに。ここで、壊れるのか。
そう、思った時だった。
ある日を境に。突然、子供達が生気を取り戻し始めた。
身体に力が入るのか、今まで以上に、動きが、スピードが、持久力が、格段に向上した。
ボサボサで埃だらけだった姿が身綺麗になり、その目と表情には意思が宿るようになった。
日に日に身体が出来上がり、今までの分を取り戻すかのような速さで成長していった。
教えられる事が格段に増え、元々高かった技術と身体能力の向上が凄まじい。
「好き」とは違うが、叩き込めば叩き込んだだけ、壊れずに吸収する彼らに、教える「面白さ」は感じていた。
子供達の変化に彼らの周辺を調べてみたら、どうやら「毒殺科のファイ」という子供が3人の世話を焼き始めたようだった。3人はその女に大分懐いているようだ。
試しに訓練で、3人にその女のことで鎌をかけてみた。
「お前達。最近、女に甘やかされてるらしいな。『毒殺科のファイ』だったか?」
瞬間、3人が睨みつけるような表情を俺に向けた。初めて向けられる感情だ、面白い。
「大事な女か? お前達が動けるようになったのは、その女に甘やかされているからか? 甘ったれるなら、すぐにでも始末してやろうか」
言い終わらないうちに、ゼータがナイフを片手に飛び出して来る。動きも判断も甘すぎて笑いを堪えながら、片手で首元に手刀を入れて床に叩き落とした。
「そんな顔で俺に反抗するのは初めてだな、面白い。お前達じゃ全く俺に敵わないのはわかってるだろ? 女が大事なら、大人しく俺の言う事を聞いておく事だな。追加訓練を、大幅に増やしてやる」
首元を抑えて起き上がるゼータと、エータ、シータが、悔しそうにこちらを見た。
例の女と「義兄弟の誓い」までした、子供達。
興味が湧いて、運動場に呼び出してみた茶色い女は、生きているのが不思議なくらい、貧弱だった。
体力が無い。筋力が無い。体幹はふにゃふにゃだ。俺達の準備体操序盤で力尽きる。総合エリート科の、どの幼児よりも弱すぎる。それなのに。
「殺す」と鎌をかけても、震えながら反抗してくる。
慣れてきたら、生意気な口を叩きながら、怖がりさえしなくなった。
まるで、よほど平和な環境で生きてでもいるように、緊張感や恐怖心が剥離している。
それでいて「黄昏の琥珀」を常に身につけ、いつでも殺される覚悟をしている。
こんな、小さくて、弱くて、何もかもバランスの悪い女が。
アイツらに「嬉しい」や「美味しい」感情を教えている。
面白い。興味が尽きない。
子供達を暗殺者に仕上げる為には、必ず殺さなければいけない女。少しは抵抗してもらわないと嬲り甲斐もないので、ペットに芸を仕込むような、遊ぶような感覚で鍛え始めた。
弱くて、少し触れれば壊れそうなアイツを。丁寧に探りながら、少しずつ、少しずつ、訓練する。
そのうち、アイツがクッキーを持ってくるようになった。
口に入れると、甘くて、サクサクとして、優しい味がした。初めて「毎日食べたい」と思った。
これは、多分「美味しい」で。
ひとつ目の「好き」になった。
熱を出した時に、アイツが来るようになった。
弱いくせに丸腰で部屋に入ってくるアイツは、甘っちょろくて呆れるしかなかったが、作ってもらったスープは「美味しい」と思った。
ふたつ目の「好き」を見つけた。
始末されるかもしれない天敵を、幼児のように寝かしつけようなんて理解に苦しむしかなかったが、その歌と手のリズムはとても落ち着き、気持ちがいいものだった。
三つ目の「好き」だった。
アイツの手によって、どんどん「好き」が増えていく。
そのうちに、ファイと子供達が楽しそうに話す姿が、眩しく感じるようになった。
ああ、あの空間は、壊したくないな。
そう、思う頃には。
ファイも「好き」なのだと、自覚していた。
子供達を暗殺者に仕上げるためには、ファイは殺さなければならない。
そして、俺も、アイツらも。暗殺者として、ひとを殺して、これからをずっと過ごすのだ。
あの、眩しい空間を壊してまで。
折角見つけた「好き」を壊してまで。
俺は、暗殺者になりたいのか?
アイツらは、暗殺者になりたいのか?
どれだけ考えても、「否」としか、答えが出ない。
俺は、ひとを殺す事が好きな訳ではない。
アイツらは、ファイと未来を生きるために、施設を出る手段を探し始めている。
ファイを。アイツらを。俺の「好き」を。
眩しいままで、未来に繋いでいくためには。
その為の、一番の障害は。
「俺、だな」
笑いが込み上げてくる。
「好き」を見つけても、「好き」を生かす為には、俺の命が必要だ。
「好き」を教えてくれた先輩も。己の「好き」のために、命を落としたのだろうか。
「まあ、別に。俺の意思で、暗殺者になりたかった訳じゃ無いからな」
片手で前髪をかき上げて、ずるずると椅子にだらしなく沈む。
「『好き』を見つけましたよ、先輩。命と引き換えとは、中々業が深いですね。それでも『好き』は良いものでした。教えてくださって、ありがとうございます」
ひとりごちながら。ファイのクッキーを、一口齧った。
この後、エピローグ、ゼータ視点の番外編4で、このお話は完結です。
あと少し、最後までお付き合い頂けますと幸いです。




